エピソード201(組長の命令)
一家の親分の他に各組の組長がいるのだが、組長の命令にも絶対服従しなければならない。
俺の場合は親分から組長の言う事は聞かなくても良いから兄貴分(若頭)の言う事だけを良く聞いて組を盛り立ててくれと言われていた。
しかしある日の事、組長が工務店を始めたいとおっしゃられ会社を興したのだったが建設現場に作業員を車で乗せて行く奴がいないし作業員の人数も足りないと言い出し兄貴分にまでなんと建設現場に行って連れて行った他の作業員と一緒に働けとの命令が下った。普段は一流ブランドの衣服と高級外車、髪型だってビシッと決めている兄貴分が作業着を着てヘルメットをかぶり安全帯というベルトを腰に巻き…。そうなると当然の事ながら俺も兄貴分と一緒に職人になりすまして建設現場に行かなければならなかった。産まれてから一度も職人という仕事をした事がなかった俺は初めは足袋を履くのにも戸惑って時間がかかった。いざ現場に着いてから、ところで一体何をする職人なんだ?と思ったら…なんと屋根の取り付けや壁の取り付けをやる職人だったのだ。工事現場の朝の朝礼を受けてさて仕事だぁと思い足場を工具を持ってどんどん上って行ったのだが、屋根の取り付けという事は最上階まで上がっていくと足場は無くなった。そう、鉄筋の骨組みだけの上を足場のように掴まる所も無く工具を持って歩かなければならなかったのだ。幼い頃から高層マンションに住んでいた俺は自分は高い所は平気だと勝手にずうっと思い込んでいたのだがいざ鉄筋の上に片足を下ろし立って下を見た瞬間に足が石のように固まって一歩も歩けなかったのだ(笑)。
産まれて初めて自分が高所恐怖症だとわかった一瞬だった。それを見ていた建設会社の偉い人などに、「なんだ兄ちゃん、怖くて歩けないんか?下を見ないで真っ直ぐ前だけを見て歩けよ。」と笑いながら言われてしまった。まぁ、この現場作業員という貴重な体験は後にも先にも一ヶ月間だけの
事で兄貴分と共にこんなもんやってられっかよ!と何だかんだ組長に言い訳をして辞めたのだが、一ヶ月間のうち、俺は3週間くらい鉄筋の上を歩く練習だけでイッパイイッパイだった(爆)。
エピソード202(ワープ)
この話は俺が覚醒剤などの麻薬に手を出す前の話である。
ある日、自宅でのんびりしていると、兄貴分から電話があり大至急本部に来てくれとの事だった。急いで車に乗り込み飛ばしたのだが…いつもの行き慣れている道を通って走っている筈だったのだが自宅からすぐの所のガソリンスタンドを右折するはずなのに何故か?見慣れたスタンドが何処にも無いのだった。そんな筈が無い、土地勘もあるのだから…。しかし、ただ真っ直ぐ走っているだけなのに急に昼間だというのに人気(ひとけ)が無くなり
一度も通った事の無い景色になってしまったのだ。思わず不安がよぎりパニック状態に陥った俺は車のスピードを落とし頭の中では「一体何が起こったんだ?時空を越えてしまって俺の知らない世界に来てしまったんだろうか?もし、俺が二人存在していたらどうしよう?」とか今考えると笑ってしまう
ような事を真剣に考えた。ひとまず深呼吸してとにかく真っ直ぐ走っていれば何処か知っている所に行けるかもしれないと半分泣きそうになりながら…しばらくすると見慣れた国道に出たのだが、驚いた事に自宅を出てから目的地に向かって、とりあえず真っ直ぐ走っていたのに正反対の場所でしかも渡ったはずも無い国道をまたいで俺の車は目的地方面へ頭を向けている状態だったのだ。
兄貴分からは大至急来てくれと言われたのに、よりによって目的地からずいぶんと遠ざかってしまったのだからますます俺は焦りを覚えると同時に遅くなった理由を信じてもらえるのだろうか?と色々考えながら何とか無事に本部に到着した。
事務所に入るなり怒鳴られる前に「スミマセン!実はここに来る途中にワープしてしまいまして…。」とにかくもうマシンガンのように俺は興奮してありのままを話し続けた。すると、兄貴分は俺があまりにも真剣にそんな話をするものだから一言「わかった。」とおっしゃられ笑っておられた。そう、普通に考えれば遅れた理由を渋滞に巻き込まれたとか何とかもうちょっとマシな言い訳をするはずなのに遅れた理由が「ワープ」じゃ怒るに怒れなかったのだろう(笑)
この話は友人のおふくろさんだけが信じてくれたのだが…いや信じたふりをしてくれたのかもしれないけれど、とにかく俺にとって摩訶不思議な出来事だった。
兄貴分にはそれ以来、俺が運転する車に乗られる度に「おい!哀川、今日は大事な用事だから頼むから途中でワープしないでくれよっ!」とからかわれた(笑)今でも俺は車を運転している時、ワープするんじゃないかと思ったりするのだがあの日以来今のところ無い(笑)
エピソード203(電報)
この御時世に娑婆で電報など使う機会はそんなに無いと思うのだが、拘置所などでは娑婆の人間と連絡を取る方法の一つとして手紙の他に電報を使うという手段がある。もちろん有料なのだが、手紙と同じで電報も送る内容を刑務官にチェックされ事件に関する事や法に触れる内容や脅迫状とみなされる物は全て却下される。
もちろん、外部から塀の中に居る人間に対しての手紙や電報の内容も全て刑務官による厳しいチェックを通ってから手渡される。
しかし、中には巧妙な手口で脅迫状を送ってくるものも実際にあった。同じ部屋で裁判の日を迎える為に収監されていたM君は、関東の某指定暴力団所属だったのだが組織を裏切り取調べの際に決して話してはいけない事を刑事に話してしまったそうなのだが、彼の元に一通の電報が届いた。内容は「出たら良いものあげるから」だけだった。
これだけなら刑務官の検閲も楽に通って本人のもとに電報は届いたのだが、受け取った本人は内容を見て恐怖で顔が真っ青になっていた。そりゃあそうだ、出たら=出所したら。良いもの=・・・仮に執行猶予を貰って刑務所に行く事無く娑婆に出られたとしても外では恐怖の良いものが待っているのだから…。彼の出所後がどうなったかは俺の知る由もないが。
エピソード204(怪しいコーラ)
ある事件の取り調べ中、共犯者が複数いたし絶対白状してはいけない事を組織から言い含められ逃亡先から警察署に出頭したのだが、口を割らないというのは案外大変な事で刑事もあの手この手でしゃべらせようとした。世間話やら誘導尋問(お前の仲間はこう言ってるぞetc)、肝心な事の真相の核心部分に話が進むと俺もとぼけてみせたりとノラリクラリとしていたのだが、遂に刑事もしびれを切らしたのか「ちょっと待ってろ」と言って取調室を出て行き数分後、コーラを手に戻ってきた。
「哀川、たまには炭酸も飲みたいだろう?コーラ買ってきてやったから飲めや。」・・・
確かにノドから手が出るくらい飲みたかったが何故か最初から蓋が開けられていた缶コーラの飲み口には黄色い変な液体が付いていた。これが、噂の自白剤(認められてはいないが)なのだろうか?俺の脳裏の中は「確か以前聞いた話では絶対口を割らない極道の中には一切取調べ中に出された飲食物には手をつけないってのがあったなぁ…」なんて事が思い出されて結局大好きなコーラに一度も口をつけずに「どうして飲まないんだ?」としつこく言ってくる刑事に俺は、「いやぁ自分は炭酸苦手なんすよ。」と言ってその場を切り抜けた。結果、事件の核心部分はバレる事無く万事うまくいったのだが、毎日のようにジュースやコーヒーを出されても一切口をつける事無く秘密を守るのは大変だった(笑)。
エピソード205(俺はヤクザだっ)
懲役などに行くと当然電話料金や税金関係などほとんどの支払い関係は滞納状態になる。
大抵娑婆に戻ると督促状の類がウンザリするくらいくるのだが、先ず電話なんかは加入権没収の挙句に二度とNTTを利用する事はできないとまで言われ、それなのに滞納金は必ず納めろなどとムチャクチャな事を言われる。
税金関係などはあまり無視をしていれば家財道具を差し押さえるとまで言ってくるのだ。
そんな時、何度も同じ手で切り抜けてきたのだが、決まってNTTや役所に一度足を運び窓口で必ず滞納の理由を聞かれると「俺はヤクザだっ!懲役はつきものなんだから払いたくても払えるわけがねぇだろっ!」と少々大きな声で周りの人に聞こえるように言うのだ(笑)。
すると、大抵奥から偉いのが出てきて「お話は奥でゆっくり聞きましょう。」とかなんとか言って、結局、没収されて無効のはずの電話加入権も無事手に戻り、税金関係なんかは年数をさかのぼって時効分は全て払わなくても良いという事になったりした。社会不在というのは本当に大変なのは娑婆に出てからなのである。ちなみに今は延滞する事無く納める事が辛うじてできている(笑)。