鬼道忍法帖その4 

「さぁ、構え――!よし!!」

「たぁ!」

「やぁ!!」

ざくざくとわら人形に竹やりを突き刺した。全員女性であった。一人忍び装束を着た女性の掛け声で、女たちは竹やりを突く練習をしていた。

彼女の名は鶴。歳は30くらいで、体格は良く、顔は仁王のようであった。女傑と言う言葉がよく似合っていた。

彼女は上忍雹の下についている中忍である。この鬼哭村には5人の上忍がいる。

木の嵐王。

火の火邑。

土の泰山。

金の御神槌。

水の雹。

陰陽五行をモチーフにした5つのグループに分かれている。ただ雹は非常な人間嫌いで、御屋形さまの九角天戒や嵐王以外はあまり話さない。雹のグループは全員が女性である。ほとんどは鶴が水の下忍たちの指揮を取っていた。

鶴は面倒見のよい女性である。村の女性たちはほとんどが彼女を信頼していた。彼女も村に来る前はつらい過去があるらしく、誰にもその話しをしようとしなかった。無論この村には人の過去など知ろうともしないし、関係ない。この村には村八分などいない。

「菊、あんたはしばらく休んだらどうだい?」

「え・・・?いえ、わたしは・・・」

「そんなに気が散っていたのじゃ鍛錬にもなりやしない。しばらくは子供の面倒と家事にいそしんでいればいいさ」

菊には大助という夫がいた。だが如月(旧暦で3月)から内藤新宿にいったきり帰ってこないのだ。唯一戻った辰という若者はショックを受けたのかしばらく寝たきりであった。そして3日前やっと起きたのだが意識がぼうっとしているようである。人間は長時間脳を動かさなければ退化する生き物だ。ちなみに足などの筋肉も使わなければ衰える一方だ。現に起きたばかりの辰の体は針金のように細く、起き上がるのもやっとであった。嵐王の用意したリハビリ用具で、リハビリの真っ最中である。詳しい情報を聞き出すにはまだ時間がかかるのである。

鶴は鍛錬を終え、風呂に入っていた。村の子供たちも一緒である。きゃっきゃと走り回り、湯船にどぼんと飛び込んだりと、はしゃいでいた。鶴はそんな子供たちを一人ひとり丹念に体を洗っていた。彼女は子供が大好きなのである。中忍である彼女は仕事も多い。特にこの村では警備の仕事に、畑仕事などもしなくてはならない。女たちも一応手伝ってはいるが、彼女たちは鶴が体を壊さないかと心配しているのだ。

「ねぇ、おばちゃんには子供はいないの?」

男の子が何気にたずねた。鶴の表情は曇る。

ぽか!

女の一人が男の子の頭を叩いた。

「痛いよ〜」

「こら、梅。小平の頭を叩くんじゃないよ」

鶴が嗜めた。梅と呼ばれた女性は顔をしかめた。小平は下忍の大助の子供である。菊は夕餉の仕度で忙しいので鶴に頼んで風呂に入れてもらったのだ。

「でも鶴姉さん・・・」

「いいから!早く子供たちを洗っておくれ」

鶴は子供たちの泥を洗い始めた。どうやら鶴の前で子供の話はタブーのようである。

鶴には家族はいない。いつも一人で暮らしている。とはいえ彼女は毎晩子供たちと一緒に寝ていた。主に親のいない子供たちが中心である。鶴の家には神棚に古びた産着が置かれてあった。その持ち主の話をすると、鶴は悲しそうな顔になる。それでもう話はおしまいである。おそらくはあまりいい話ではないだろう、この村では鶴の前で子供の話しをするのはタブーになった。

 

さて村の一軒家に下忍たちが集まっていた。いつもの寄り合いである。主に龍閃組と戦った者たちが集まっていた。

「辰は目覚めたが・・・、話をするにはまだ時間がかかると嵐王さまがおっしゃっておった」

御神槌の中忍陣内が言った。

「当面の敵は龍閃組だと思うな。あいつらはなぜか御屋形さまの計画を先回りしやがる。しかも邪魔ばかりしやがるんだ、許せないな」

「だがな、豆六。あいつらは誰一人俺たちを殺してないんだ。殺されてもいないのに殺すのはどうかと思うがな、そうじゃないのか?」

守太郎が酒を飲みながら答える。直に龍閃組と戦ったから言えるのだ。

「おい、おっさんよぅ。あんたは命を助けられたからいいかもしれんがな、幕府のやつらは生かしてはおけないぜ。現に吾郎も殺されちまったし、黒兵衛も舌噛んで死んだ。大助の行方も知れないんだぜ?辰だって殺されかけたんだ!!」

酔っているのか、左金太が守太郎につかみかかった。それを豆六や平次らが止めようとした。

「離せ!このあまちゃんをなぐらないと気がすまねぇ!!」

「ばか!落ち着け左金太!!頭を冷やせ!!!」

左金太は豆六たちに引っ張られ、小屋から出て行った。

「ふぅ・・・。みんな気が立っているな・・・。おや?小平がやってきたぞ?」

何気なく陣内が外を見てみると、子供が一人歩いてきた。大助の子供、小平である。

「おや?菊はどうしたんだい?子供はもう寝る時間だぞ?」

陣内が優しく訊ねた。

「うん、あのね。さっきくどうさまたちが帰ってきたんだよ?」

「ああ、九桐さまが帰ってきたな。確か王子に行っていたっけ」

「確かあそこには九桐さまがひいきにしてる店があったなぁ、卯月か如月だったか・・・、それがどうしたんだい?」

陣内は小平の頭を優しくなでた。

「うん。その後ろにね、知らないおじいさんがついていったんだよ?」

何気ない小平の言葉に一瞬小屋の中の空気が冷たくなった。

「小平・・・。それは本当か?」

「うん。たまたま外に出ていたら、くどうさまたちが帰ってきたの。それでその後ろに知らないおじいさんが歩いていたんだよ?」

その瞬間小屋の人間は外に出て行った。小平の話が正しければこの村には不法侵入者が入り込んだのだ。陣内はまず鐘を鳴らさせ、村に警戒を強めるよう駆け回った。

「おや、どうしたんだ?」

一人の僧侶が来た。一見ただの僧侶に見えるが、袈裟は着ておらず、物々しい槍を持っている。九角の従兄弟、九桐尚雲である。

「く、九桐さま!!侵入者です、侵入者が!!」

「ああ、もう気づいたのか。さすがだな」

「いえ・・・。情けないことに気づいたのはわれわれではなく小平でして・・・」

陣内たちはばつが悪そうに頭をかいている。当の小平はきょとんとしていた。

 

「で、結局、侵入者は誰だったんだい?」

鶴が着替えをしながら、梅に聞いた。鶴は子供たちとともに眠っていたので、騒ぎに気づかなかったのだ。

「起こしてくれればよかったのに」

「そんな。鶴姉さんが気持ちよく寝ているのを起こせませんよ。ああ、話を戻しますね。昨日村にやってきたのは、飛水流という忍びだそうです」

「飛水?聞いたことないねぇ。お庭番とかは聞いたことはあるのだけど」

「公儀隠密の、さらに隠密だそうで、あまり知られていないそうです。桔梗さまも町で幕臣の会話を偶然耳にしたことがあるくらいで、詳しくは知らないんです」

「なるほどねぇ。そういやなんか屋敷のほうが騒がしいけど何かあるのかい?」

「はい。なんでも桔梗さまたちが王子で聞き込みをしたそうなのです。そこで鍛冶屋の男が役人に切りかかって小塚原刑場で処刑されるとか・・・」

鶴の顔が曇った。小塚原刑場とは磔や獄門を中心とした刑場である。1873年まで20万人以上の罪人が処刑されたそうだ。磔は罪人を括りつけ細い槍で30回突くのが決まりだそうだ。余談だがかの有名な義賊ねずみ小僧次郎吉も小塚原で処刑されている。

「・・・、なんでその鍛冶屋は役人に斬りかかったんだい?」

「え〜と、確か桔梗さまが話していましたが、理由が定かではないそうです。その鍛冶屋はおかみさんを早くに亡くして、男一手で子供二人を育てていました。子供の成長が楽しみな人で、とても乱心するとは思えないのだそうです」

「・・・。それで、それと鬼道衆とどういう関係があるんだい?」

鶴の顔が険しくなった。梅が子供二人と言った途端、ぴくんと反応したのだ。梅は言い知れぬ迫力に押されがちだったが、やっと口を開くことが出来た。

「御屋形さまの考えでは、3日後に行われる処刑を妨害し、鍛冶屋の男を助けるそうです。そのあと役人たちを殺して、小塚原の怨念を解き放つと、桔梗さまが教えてくれました。嵐王さまは不服だったそうですが」

「・・・」

鶴は黙ったままだった。冷たい空気が彼女たちの周りを重くしている。

「陣内さんたちが手伝いに行くそうです。女の私たちは留守番だそうで・・・」

「・・・」

「あ、あの。今日はこれくらいにしましょう・・・。すべては3日後です・・・」

梅はその場から去った。あとには冷たい風が吹いた。

 

「突けぇぇ!」

「えいぃぃ!!」

ざく、ざく!ざくぅ!!

鶴の掛け声で、女たちが竹槍を突き刺した。定期の訓練である。あれから3日、いつもと同じ日々が続いていた。ただ、鶴は時々物思いにふけるときが多かった。

「・・・」

「鶴姉さん」

「・・・・・・」

「鶴姉さん?」

「・・・・・・・・・」

「鶴姉さんてば!!」

鶴はびくっとした。よほど驚いたのか、はぁはぁと息を切らしている。声をかけたのは梅であった。

「いよいよ、今日ですね」

「そうだな・・・」

「・・・」

どことなく虚ろであった。言葉につまる梅。

「なぁ、梅。あたしたちで鍛冶屋を助けないか?」

「え?でもそれは桔梗さまが・・・」

「命令をそむくのはわかっている。でもね、そうでなきゃあたしの気がすまないのさ・・・」

「・・・わかりました。罰を受けるのはわたしも一緒です。行きましょう!」

そういうことになった。

 

夕方、小塚原には処刑を見ようとして人が大勢集まっていた。人が死ぬのが珍しいのか、平和ボケなのかはわからない。すでに桔梗たちは待機していた。鶴と梅たちは無宿人に変装してやってきた。役人たちがそれを見つけるとあっちいけと追い払った。

「めぐんでくだせぇ、めぐんでくだせぇぇ」

鶴は泥を顔に塗り、わらに身をつけていた。役人の手を引っ張る姿はまるで白痴の女であった。ひっひと笑い、踊りだした。

「うわぁ、きたない無宿人め!たたっきってやる!!」

役人は刀を抜き出した。すると鶴は奇声を上げながら、まるで野良犬のように四つんばいになりながら走り去った。役人たちは怒って追いかけると、木の上から何から落ちてきた。それは下忍の女であった。彼女らは役人の上に落ち気絶させると縄で縛って茂みに隠した。

「よし、成功したね。早く鍛冶屋を助けに行くよ・・・」

鶴は顔の泥を落とすと、用意した鬼の面をつけた。梅を含め全員戦闘準備が整っている。

「ほう・・・、鬼が人を助けに行くとはなぁ・・・」

鶴の後ろに一人の老人が立っていた。全員いつ老人がそこに立っていたのか気づかなかった。小柄な老人はその様子を見てふぉっふぉっふぉと笑った。

「愕くことはないだろう。私のことはもう知っているのではないか?」

そういうと老人はいきなり背を伸ばした。そして右手で顔を皮をいきなりばりばりはがしたのである。そこには一人の青年がいた。女たちはその異様な風景に呆気をとられていた。

「えっと・・・。もしかして、あんたが飛水の?」

「・・・奈涸だ。それ以外の何者でもない。ところでお前たちは何しに来た?俺は囮としてここにいる。お前らの上官は今頃鍛冶屋を助けているはずだが?」

「・・・あたしらは、いやあたしは御屋形さまの命令でここに来たんじゃない。自分の意思で来たのさ。あんたはなんで幕府の公儀隠密でありながら、鬼道衆に力を貸すんだい?」

「・・・お前らが鬼の皮をかぶった人だからさ・・・」

「え?」

「話は後だ。敵が来たようだぞ?」

奈涸が指差した先には6人の男女が立っていた。

巨漢の坊主。

着流しの浪人。

弓を持つ少女。

上品そうな少女。

無手の若者。

そして、冷たいまなざしで奈涸を見据える少女。彼女の手には暗器が握られていた。

「見つけたぞ奈涸!!この裏切り者め!!」

少女は暗器を奈涸に投げた。ひょいとかわした。いつの間にか雨が降っていた。

少女は奈涸に向かって走り出した。彼女は奈涸を殺そうとしている。しかし、奈涸は立ったままで動こうともしない。少女と奈涸の距離がどんどん縮んでいく。そして、

「お覚悟!!」

少女の手にはくないが握られていた。彼女はそれを奈涸ののど笛めがけて突き刺そうとした!

かきぃん!!

くないがはじかれた。はじいたのは鶴であった。

「あんた!囮になるとか言っていたけど、囮は死ねばいいもんじゃない、必ず生きて帰らなきゃならないんだよ!!」

他の女たちも刀を構えた。嵐王特製の女性でも扱える忍び刀だ。

「!?声の調子からするとお前ら女かよ!けっ、鬼道衆は女にも人殺しをさせるのか!!」

着流しの浪人が履き捨てるように言った。

「・・・!?ふざけんじゃないよ!あたしらは命令されてやってんじゃない、自分たちの意思でやってるんだ!!あんたら行くよ!!!」

鶴は語尾を荒げた。まるで鬼道衆をばかにされたようで、くやしいのだ。鶴の掛け声で下忍たちは一斉に斬りかかった!!

「ちぃ!女を斬るわけにはいかねぇ!雄慶、龍斗!!」

坊主と無手の使い手が動いた!女たちはバカ正直に突っ込むわけではない。主力戦力をおびき寄せ、その隙に弓使いの女たちを殺すのである。

だが、それは無手の使い手に読まれていた。女たちは一瞬のうちに気絶してしまった。

「か、かくなるうえは・・・」

鶴は舌を噛んで死のうとした。その瞬間無手の男が彼女の口に人差し指と中指を突っ込んだ。がりっと指を噛まれ、血がにじみ出た。

「悪いが君たちを死なせないよ。我々は鬼を斬る集まりじゃない。人を救うために集まったんだ」

無手の男は鶴の鳩尾を殴った。ぐったりと気絶する鶴。他の女たちもなにやら薬を嗅がされたのか眠りこけていた。

 

鶴が起きたのは茂みの中だった。他の女たちもいる。皆無事のようだった。一人も死んでいなかった。彼らが龍閃組なのだろうか?

さて彼女たちは村へ帰る途中、様々な噂話を聞いた。鍛冶屋は役人に嵌められたが疑いが晴れ無罪放免になったという。その役人は市内引き回しの上流刑されるということだ。なんでも鍛冶屋は鬼たちに縄を解いてもらったそうだが、鍛冶屋は逃げず、改めて公儀に訴えたという。

「そういえば鶴姉さんはどうして鍛冶屋を助けようとしたんですか?」

梅が道中何気なく尋ねた。

「あたしもね、子供がいたのさ。男の子と女の子二人づつね」

鶴の話によれば彼女は昔ある武家屋敷に奉公していたそうだ。その時跡取りの嫡男と恋仲になり、子供を二人生んだ。表向きは同じ屋敷で働いていた男の子供と偽っていた。彼女は暇をもらい、子供を連れてとある茶屋で働いていた。彼女にとって惚れた男の子供がいるだけで嬉しかったのだ。鶴と子供たちはは仲睦まじく楽しく暮らしていた。

ところがそれをめちゃくちゃにしたものがいた。男の後室、つまり母親が鶴の子供を奪ったのである。あの後男は別の女性と結婚したが男は病により亡くなってしまった。それで奉公人から鶴と嫡男は恋仲で、生んだ子供は嫡男の子とわかり、跡取りとして連れて行ってしまったのだ。鶴は猛烈に反対したが、所詮は女の細腕で叶うはずがなかった。そして、娘は兄と離れ離れになったショックのためか病気で死んだ。鶴自身も生ける屍と化し、彼女を救ったのが旅の途中であった九桐尚雲その人であったのだ。

「だからかね、兄弟が離れ離れになっちゃいけないと思ったのさ。でも、こいつはあたしの自己満足だ。命令違反には変わりない」

「何言ってるんですか、それはわたしたちも同罪ですよ。罰を受けるならわたしらも同じです!!」

その後村へ帰ったが、鶴たちは当分謹慎だけの処罰を受けた。ちなみにあの隠密奈涸も鬼道衆の仲間になった。聞けば彼は今まで王子にある如月骨董品店で老店主に化けていたというから驚きである。彼はなんでも涼浬という自分の妹をかばい、怪我をしたという。それに立腹した里長が涼浬を始末する話を聞き、彼女を守るために里長を殺し、抜けたのだという。

「それにしてもあの連中…、御神槌さまや桔梗さまを退けた龍閃組だったとは…。不思議な奴らだね」

「それにしてもあの品のよさそうな娘なんとなく御屋形さまに似てないですか?」

「梅、あんたもそう思うかい?不思議なこともあるもんさ」

彼女たちは取り留めない話をしたが、この会話がのちに重要視されるとは、今の彼女たちに知る由はなかった。

続く

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