鬼道忍法帖その7

 

師走(12月)の下旬、とある廃村で5人の子供が住んでいた。いや、住み着いていたというべきか。彼らは血の繋がった兄弟であった。ろくな食べ物も着物もなく、彼らはまるで野良犬のようにぶるぶると震え、暖めようと体を寄り添っていた。だが脂分も少ない彼らには何の意味もなかった。

「寒いよ、おなかが空いたよぉ」

女の子が泣いていた。寒さで涙も凍り付いている。一番上の兄らしき少年が少女をぎゅっと抱きしめ、寒さでぼろぼろなった手で彼女の体をこすりだした。

「蛍、ごめんよ。もう冬だから山にも食べ物がないんだ・・・」

少年の片方の目は見えない。侍に刀で斬られたからだ。少年はその部分を布で巻いてた。

子供たちのうち、一人は筵に包まっていた。彼は自分で起き上がることができなかった。なぜなら両腕も、両足もないのだ。人一倍体の弱い少年は両手両足を寒さで腐り落ちてしまったのだ。

もう一人はずいぶん体の丸い子供であった。だが頭は禿げ上がり、顔は醜く歪み、まるで見世物小屋に出てくるような子供であった。

「末吉、寒いかい?もっとこっちへおいで」

少女が末吉と呼んだ子供を抱き寄せる。そして、芋虫のような少年と一緒に体を温めあった。

「ねえちゃん・・・、ねえちゃん・・・」

芋虫の少年が小声でつぶやいた。その声はまるで蟻の鳴き声のように聞き取りづらかった。

「おいらを殺して・・・、おいらを殺してよ・・・・」

「ばか!火三郎あきらめるんじゃない!あきらめたら、あきらめ・・・、たら」

少女も段々と力がなくなってきたようだ。外は吹雪き始めた。家には囲炉裏があるのだが、蛍という少女は火を異常に怖がった。村が焼かれた記憶が蘇るためだ。彼女だけ除け者にして自分たちだけで暖を取るのは許されないと思った。

「ねえ、おいらたちが悪いの?おいらたちが悪い子だから父ちゃんたちが死んじゃったの?」

芋虫の少年が誰に尋ねるわけでもなく、つぶやいた。

彼らの村は3ヶ月前に幕府に焼かれた。倒幕の志士をかくまったとの話だそうだが、幼い彼らに理解できるはずもなかった。彼らの父親は幕府に逆らい、斬られた。母親も一緒にだ。彼らは村の外で遊んでいたから難を逃れたが、その後の彼らの人生は目を覆うものであった。

一番上の兄は生きるためなら何でもやった。盗みもやった、殺しもやった。すべて兄弟のためにやったことだ。だがその代償も大きく、少年の目は侍に斬られた。一番下の末吉は昔はまともだったのに、野菜を盗む際に店主に頭を殴られ、以来おかくしなってしまったのだ。交通事故で体のどこかが壊され、異常に太りだす傾向もある。たぶん末吉も同じことが起きたのだろう。

「ばか!俺たちが悪いわけがない!悪いのは幕府だ!あいつらが俺たちの村を、村・・・を」

もう少年にも力は残っていなかった。この村は前にも書いたとおり廃村だ。おそらく幕府に滅ぼされたのだろう。雨風は防げても染み出す寒さには勝てなかった。食べ物も燻製にしたりと保存して貯めていたが、それでも子供のやることには限界がある。しかも5人ならあっという間になくなってしまったのだ。紅之介は長男だから自分の食べ物は兄弟に分け与えていた。

「俺たちはもうすぐ死ぬかもしれない。でも、寂しくないんだぜ?だってあの世には父ちゃんたちがまっているんだ。それに死ぬときは俺たちも一緒なんだ。さあ、手を繋ぐんだ。もうすぐお迎えが来る・・・」

「残念だが・・・」

突然声がした。少年は残った力を振り絞り、声のした方向へ首を動かした。

そこには死神が立っていた。鳥の仮面をつけた黒装束の死神であった。

「地獄の鬼がお前たちを迎えに来たのだよ」

 

火の中忍、紅之介は戦闘の担当をしていた。2年前長州の志士で、蛤御門の変の生き残り火邑に戦闘の指揮や、戦術などを学んだのである。火邑は紅之介と比べれば若輩者だが、戦士としては一流であった。彼はこの村へ来た時にはすでに両腕がなかった。だが戦う意志だけは炎のごとく燃え上がっていた。村の発明家嵐王の作った義手により、彼はまた生き返った。もちろん、最初からうまくいくわけもなく、失敗続き。だが執念というものは恐ろしく、火邑はみるみるうちに頭角をあらわしたのである。

彼の行為は同じく身体障害者たちに勇気を与えた。火邑さまのようになりたい。火邑さまのように自分の体を動かしたいと。今まで腕や足をなくしたものは無気力であった。腕のないものは足で、足のないものは針仕事などをしていたが、どうにも人生に希望を見出せなかった。それが火邑という一人の男が希望の光を灯したのである。そうなれば嵐王の工房にはわれもわれもと身体障害者たちが集まり、自分にも義手をくれ、義足をくれとてんやわんやであった。

無論背が弓のように曲がったものや、頭は大人で体は子供のような先天的障害者たちも、自分に合った武器をくれと殺到したものである。そういうわけか火忍たちはそういった者たちが多いのである。その火邑は数人の下忍を従え、徳川の第2次長州征伐の邪魔をしに行って留守である。火邑は一度戦えば女子供も容赦ないが、仲間の内では気のいい、豪気な人柄だとわかるのだ。

よく火邑は紅之介兄弟と酒を交わすことが多い。火邑の使う義手には大砲もあるが、その火薬を調合しているのが紅之介の妹蛍である。火邑は蛍が調合した火薬でなければ使う気になれないと宴の中で豪語したことがあった。そのとき蛍が赤く頬を染めたのは言うまでもない。火邑は火を使う力を持っているが、彼の力のみに限ると蛍も発作を起こさなくなるのだ。

紅之介はもう一人妹がおり、名前は椛というのだが、彼女は女性のみで編成された水忍に入らず、兄の紅之介の下で働いていた。弟の火三郎や末吉たちの面倒を見ながら彼女は男がやる仕事に従事していた。彼女は女を捨てた。のちの幕府の復讐のために。

 

「・・・というわけで今宵大宇宙党を誘ってみようかと思う」

村の広場では家臣の一人九桐尚雲が下忍たちを集め、相談していた。

折りしも江戸では一つの噂が流れていた。

義賊大宇宙党。3人一組で、紅、黒、桃の色の衣装を着ているとのことだ。

彼らは悪徳商人や役人を狙って襲撃し、奪った金品を庶民に分け与えているという。以前花園神社で茶屋の娘が大宇宙党からもらったお金で炊き出しをしていたのだ。さて噂によれば彼らの体は鉄砲の弾や、刀をも弾くと言われている。無論、そんな人間がいるわけがない、何かしらトリックがあるに違いないのである。

「こいつらが徳川に恨みを持つものなら仲間に、そうでないなら放っておくまでだ。一応幕府の嫌がることをしているからな」

「ですが、九桐さま。それならなぜお一人でなく、我々も同行させるのですか?はっきり言えば我らがいなくとも九桐さま一人なら・・・」

口を挟むのは紅之介だ。他には土忍の石海たちもいた。

昔紅之介は九桐に喧嘩を売ったことがある。天戒の信頼を一身に受ける九桐が気に入らなかった。もちろん最初から天戒に心頭していたわけでなく、少しづつ信頼を重ねたが。天戒の従兄弟というだけで、重大な会議に出席しているのも気に入らなかった。

紅之介は戦いを挑んだ。結果は負けた。紅之介自身片目は見えないのだが、その隙を補う訓練はつんでいた。畑仕事に訓練と、目の回るスケジュールにも負けず、紅之介は火忍の上忍となったのである。九桐は槍を使うただの坊主だと思い込んだ。だが彼の圧倒な力の前に敗れた。しかも、紅之介が編み出した必殺剣を九桐はコピー機でコピーするが如く真似られたのである。以来紅之介は九桐に尊敬の念を抱くようになった。紅之介は自分の間違いを素直に認められる男なのだ。もちろん昔は火邑にも戦いを挑み負けた。その後彼は火邑を上忍とし、自分はサポートする側に回ったのである。

「うむ、実は俺の勘だがこの件に龍閃組が関わる可能性があるのだ・・・」

「龍閃組ですか・・・」

紅之介は以前この村に連れてこられた美里藍を思い出した。あの女はよりにもよって天戒さまを平手打ちした憎い女である。あの時はあまりの出来事に呆然となったが、今になると怒りがこみ上げてくるのだ。

「庶民に金を分け与える大宇宙党。しかも悪人限定と来ている。いかにも龍閃組好みであろう?まあ、所詮は勘だ。だが、彼らと戦いたいと思うのもまた一興・・・」

「さようでございますか。ではわれらもついてまいります」

「件の大宇宙党は両国を中心に活動しているという。お前たちは別れ別れとなり、俺の笛の合図で集まってもらいたい。これは若も知らないことだから秘密裏に頼む、以上だ」

 

「というわけで俺と椛は両国へ出向く。蛍、火三郎や末吉を頼んだぞ」

紅之介は頭を手ぬぐいでほっかむりをして、香具師に変装していた。片目を隠すためだ。椛も見た目は男に見えるので、ある程度の変装でことが足りた。

「兄さん、生きて帰ってきてね?」

「はっはっは、蛍、そいつは当然だろ?幕府ごときにこの命を散らしてたまるかよ。じゃあな」

「ま、待って・・・」

準備を整えた紅之介を呼び止めた。火三郎である。彼の両腕、両足はすべて作り物なのだ。

「兄さん、俺も連れて行ってくれないか?」

突然の申し出に紅之介は烈火のごとく怒った。

「なにを言っている!お前が来ても足手まといになるだけだ。お前は村で畑仕事をしていればいいんだ!!」

火三郎のように四肢が作り物だと、あまり細かい仕事ができない。せいぜい鍬を振り下ろすことくらいだ。あとは簡単なものなら薪割りだの水撒きだの、仕事はいくらでもある。鬼哭村の人間は必ず実戦で戦わなくてはならない規則はない。ただ火三郎は後ろめたいのだ。末吉は今回外されたのは街中では彼の姿は目立つからだ。火忍はまだまだいる。彼らとともに訓練と見張りをする仕事がある。だが、火三郎は自分が守られていると思っている。そのため兄の足を引っ張っていると、自分でひがんでいるのである。

「俺もみんなの役に立ちたいんだ。そのために嵐王さまに戦闘用の義手をこさえてもらったんだ。俺だって・・・」

「黙れ!お前なんか来られても困るんだよ!お前は役立たずだからここでじっとしていればいいんだ!!椛行くぞ!!」

紅之介は乱暴に戸を閉めると、荒っぽく歩いていった。家に残されたのは蛍、火三郎、末吉の3人だけ。誰もしゃべることなく、家は静寂に満ちていた。火三郎は声も出さず、ただ静かに泣いていた。

 

「兄さん、今のはあんまりだよ。火三郎が泣いてたの見なかったわけじゃないだろう?」

椛は兄の非道を非難した。いくら事実とはいえ、言っていいことと悪いことがある。

「・・・あいつはああでも言わなけりゃついてくるに決まってるんだ」

「・・・」

「龍閃組と戦うようになってからは、死人がぐんと減ったさ。だがな、俺たちは御屋形さまの悲願を達成させるために存在するんだ。もしかしたら龍閃組以外と戦えば死ぬかもしれない。俺もな・・・、そしたら火三郎たちは俺を殺した奴を怨むだろうな」

「兄さん・・・」

「火三郎には戦ってほしくないんだよ。あいつは昔から優しい奴だ、俺たちのために命をかけたっておかしくない。でも、あいつに人殺しをさせたくないんだ。手が血で汚れるのは俺だけでたくさんなんだ・・・」

 

その夜両国のいたるところに下忍たちが散らばっていた。聞き込みの結果、大宇宙党とは別な話も聞けた。なんでも弁天堂という花火屋には武流という気弱な少年がいるという。この少年はいつも失敗ばかりで親方やその娘に怒られてばかりだが、花火に関しては才出たものがあるという。そのためか彼はよくよその花火職人に煙たがられており、あらぬ因縁をつけられるそうだ。昼間もまた絡まれたというのだから、情けないというか。

紅之介はまるで幕府が自分たちにとって気に食わないものを潰そうとしていると思えた。

だがその武流という少年には興味がある。大宇宙党の紅影という男は花火を使った技を使うというのだ。もしかしたら案外そいつが大宇宙党の一人かもしれない。

正解であった。武流はやはり大宇宙党のメンバーであった。その日の晩、よその花火職人たちは、弁天堂の娘をかどわかし、さらに弁天堂に火をつけようとしたのである。

それを偶然泊まっていた龍閃組に邪魔され、雇った浪人たちと戦ったがあっけなく勝負がついた。龍閃組は火付けの下手人を捕まえようともせず、逃がしたのだから甘いにも程がある。その場には美里藍の姿もあった。

「まったく龍閃組とはあまちゃんの集まりだな。しかも甘言がうまいときている」

九桐がいつの間にか屋根に上っていた。龍閃組と大宇宙党は屋根に上がり、鬼道衆と交戦することとなった。

「いいか、あの剣士や無手の男を甘く見るな!みんなそれでやられたんだ!!」

紅之介を中心に下忍たちは棒手裏剣を投げてきた。他にも鬼岩窟で手に入れた道具も交え、龍閃組を苦しめた。九桐は本人の希望も合って、着流しの剣士と戦っていた。男同士の勝負水を差すわけにはいかない。

しかし、棒手裏剣を投げても、無手の男が気を使ったのか、刺さる前に落ちてしまうのだ。その上新しく参戦した大宇宙党も何か特別な繊維でできているのか、刺さらず、弾かれてしまい、思うようにいかないこともある。

「いっくぞ〜!!」

弓使いの少女が矢を放ってきた。だが今まで戦った下忍たちから彼女の存在は知っている。矢をかわしつつ紅之介は彼女の手元まで走り、彼女の弓を斬った。

「うわぁ!!」

「貰った!!」

紅之介は弓使いの少女のおなかに刀を突き刺そうとした。

がきぃん!!

刀は弾かれた。無手の男が刀を蹴り上げたのである。

「無駄だよ。私に武器は通用しない」

「ふん!甘く見るな!!」

鬼道衆とて学習はする。一番手ごわいのは無手の男だ。紅之介は懐から煙玉を取り出すと、屋根の瓦に叩き投げた。瞬時煙が舞い上がる。紅之介はその隙に手甲から刃物を飛び出させ、無手の男に切りかかった。

ばきぃ!!

「がが!!」

紅之介は仮面ごと殴られた。

どごぉん!!

紅之介は屋根の下に置いてあった積まれた桶の上に落ちた。

彼らは煙の中を自由に動く訓練をつんでいたのに、無手の男はあっさりと見破ってしまったのだ。仮面は割れ、紅之介は屋根の下へ落ちてしまった。

紅之介だけでなく、他の下忍も次から次へとゴミを捨てるように放り投げられていった。

頼みの綱の九桐も自分の槍を弾かれてしまった以上、もう戦う気力は失ってしまった。

 

「はは、強いなお前たちは。特に蓬莱寺、お前は強くなったよ、甲州街道のときとは偉い違いだ」

「はん、俺はこいつで天辺を見たいと思っているんだ。ここでくすぶるわけにはいかないんだよ」

どうも九桐は蓬莱寺と呼ばれた剣士を知っているようであった。蓬莱寺は刀を肩にぽんぽんと肩たたきのように叩いていた。

「俺も武の果てになにが見えるか、今まで流浪の旅を繰り返してきたが、ついに答えは見つからず仕舞いだ・・・」

九桐は自傷気味に答える。なんかもうやる気がないみたいだ。

「俺の命運もここまでだ。だが、彼らは下忍たちの命だけは見逃してもらいたい。彼らはただ俺の命令で戦っていただけだ。地獄へは俺一人だけでいい」

「そ、そんな・・・」

「く、九桐さま、我ら下忍も殉教し・・・」

痛めつけられた下忍たちは苦しそうにうめいている。しかし、彼らは上司を守ろうとして、九桐の周りに集まり始めた。地べたに這い蹲りながらだ。

「・・・」

蓬莱寺は答えなかった。

「まったく、てめぇは、てめぇらは・・・」

蓬莱寺は呆れたようにつぶやくと、髪をぼりぼり掻き毟った。

「きゃぁぁ!!」

突然の黄色い悲鳴に一同はその主へ振り返った。主は藍であった。だがその後ろには今まで見たことのない虫がびっしりと彼女の首元に冷たい鎌を突きつけた。

赤い忍び服を着た鬼道衆であった。他に体が異常に大きいものと、手足がぎこちなく動くものもいた。

「わ、我らは、き、鬼道衆。こ、この、娘の命が惜しくばさっさと武器を捨てて、いや、捨てろ。そして九桐さまから離れて!」

下忍は藍より背が低かった。彼女に突きつけた刃物は震えていた。良く見れば手が震えているのだ。まるで子供がいたずらで遊んでいるようにも見えた。声は女の声であった。ああ、紅之介と椛は理解してしまったのだ、彼らは蛍たちに間違いない。たぶん自分が放った心無い言葉に反発したのであろう、なんと言う因果だろうか、戦いを遠避けようとした自分の真心はまったく届かなかったのだ!!

龍閃組は動かなかった。鬼道衆の見苦しさに呆れたのだろうか?それとも哀れんでいるのだろうか?彼らは武器を捨てようともせず、ただ立ち尽くしていた。

「捨てろ、武器を捨てて!き、鬼道衆は残酷なんだぞ、女子供を平気で殺せる鬼なんだぞ、さあ、怖いだろう、早く武器を・・・」

まるで子供の言いそうな文句だ。ちっとも脅す効果にはなっていない。

「なんなんだ、お前らは?」

予想外の蓬莱寺の答えに藍を捕らえた蛍は言葉が途切れた。

「鬼道衆ってのは!」

「?」

「鬼道衆って奴らは平気で女子供に人殺しをさせるのかよ!小塚原でも女が下忍となって戦っていた!京じゃ元新撰組の隊士が松平の命を狙った!お前らはどうして頭が単純なんだ、どうして殺すことしか考えられないんだよ!!」

「蓬莱寺、お前も人のことは言えん気がするが・・・」

「雄慶は黙ってろ!俺の剣は人を殺したくて振るっているんじゃねぇ、剣の道の天辺を目指すために振るっているんだ!それなのにお前らはなんだ?せっかくいいもの持ってるくせに、復讐だなんだとくだらねぇこと抜かして、失敗したら、はい、さようならか?てめぇらは人の命をどうこう言う前に、自分の命を軽く見るばかどもだ!」

「う、ぅぅ・・・。あ」

その時蛍がうめいた。紅之介が落ちた時桶にぶつかった、その際、懐から火の玉が転げ落ち、桶が燃え出したのである。

「ひぃ、火ぃぃ!!」

蛍はそれを見て藍を放してしまった。そして地面にまるで団子虫のように包まったのである。

「怖い、怖いよ。お父ちゃん、お母ちゃん、兄ちゃん助けてよぉ、怖いよぉ」

まるで赤子のように泣きじゃくった。それを見た火三郎、末吉は彼女を守るべく龍閃組に突進した。

「ば、ばかやろう!火三郎、末吉逃げろ!!」

紅之介の叫びもむなしく、彼らは無手の男に負けた。何やら目に見えない力で彼らは5メートルほど吹っ飛んでしまった。そのまま二人とも動かなくなってしまった。

「き、きさまぁぁぁ!!」

紅之介が無手の男に突っ込んだ。彼の体はぼろぼろなのになぜ動けるのだろうか?おそらく火事場の馬鹿力というものに違いないだろう。人間は危機的状況に対し、普段の倍を力を出せるという。この場合兄弟たちのピンチに彼の眠っていた力が目を覚ましたのかもしれない。

「死ねぇぇぇ!!」

だが突っ込むだけでは勝てる通りもない。無手の男に投げ飛ばされた。地面に叩きつけられ、息ができなくなる。だが、紅之介は立ち上がった。

「殺す、殺してやる!兄弟を殺した罪を償わせてやる!!」

もう紅之介には意識はなかった。彼は幽鬼であった。この世のものではなかった。彼の意識は兄弟の死でもって消し飛んだ。今彼の心の中は、復讐心でいっぱいであった。

無手の男は紅之介の頭に手をやると、ぼぉんと弾けた音がした。紅之介はくたくたとくらげのように座り込んだ。

「に、兄ちゃ・・・」

椛が動かぬ紅之介に手を射し伸ばした。だがその手は無手の男に握られた。なぜだか暖かい感触がした。

「安心して。君のお兄さんは殺していない。それどころかさっき飛ばした二人も生きている」

それは本当であった。無手の男はあくまで彼らを気絶させることにあった。そもそも先ほどの戦いで死んだ下忍は一人もいなかった。

「龍閃組は人を殺す組織じゃない。人を守るための組織だ。それは君たち鬼道衆も入っている。彼らが九桐、君を慕っているのは先ほどの戦いから見てよくわかる。もしここで彼を殺せば必ず私たちを殺しに来るだろう。悲しみや憎しみの種を蒔くつもりはない」

「・・・今見逃せば必ずお前たちを殺しに来るぞ?」

「そのときは私たちの力不足だから仕方がない。でも私たちは絶対人を、鬼道衆を殺すつもりはない。それに君たちの頭目も、君たちの死を望んでいるわけではないだろう」

それは本当であった。下忍のほとんどは天戒のためなら命を捨てる覚悟があるが、天戒が一番嫌がる行為でもあった。

「わたしたちはもう帰ります。じゃあ藍さん、彼らの治療をお願いします」

「はい」

藍は下忍たちに治癒の術を施しだした。雄慶と呼ばれた坊主も一緒に治療を始めた。

「つくづく甘い連中だ・・・」

九桐は思った。

「だが嫌味じゃない甘さだな・・・」

 

「結局、俺たちは龍閃組に助けられたというわけか・・・」

鬼哭村への帰路、紅之介がつぶやいた。九桐をはじめ、全員生きている。火三郎は義手の一部がいかれたが、歩くのには支障なかった。全員藍の治癒の力で歩くことができたのである。

「ここであいつらのあとをつけて寝床に火をつければ俺たちの勝ちだが・・・」

「・・・」

「それをやったら俺たちや、鬼道衆が許せないと思う。今日はここまでだ・・・」

もうじき朝日がくる。真っ暗だった森は徐々に明るく彩られていった。

 
続く

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