鬼道忍法帖その10

 

「火邑さまのお帰りぃぃぃ!!」

鬼哭村の門が開いた。長州征伐の邪魔をしに行った火邑とその下忍たちが帰ってきたのである。全員ぼろぼろであったが、幸い死んだものはいない様子であった。

「火邑さま、おかえりなさいませ」

紅之介と他の火の下忍たちが出迎えた。

「おう、紅之介か。俺様はこれから御屋形さまに挨拶に行く。お前はこいつらの労を労ってくれ」

「はい、酒にツマミも用意しております、火邑さまも・・・」

「いんや、俺はいらねぇ」

「なぜ?」

「俺様は時折手紙で江戸の便りを眼にしている。手紙によればこっちは龍閃組とかいう、幕府の狗に負け続けと書いてあるじゃねぇか。こんなんじゃせっかく凱旋しても安心して酒を飲んで高いびきもできやしない。だから俺様は褒美をもらうのさ。龍閃組を最初に血祭りにあげる権利をな・・・」

「申し訳ございません。われらの力が及ばぬばかりに・・・」

「・・・その件についてはまた後でだ。御屋形さまにお目通りしたら、次はお前の家に行く」

火邑はそのままなぜか不機嫌そうに九角屋敷に向かった。

 

その晩火邑は紅之介の家で飯を食べていた。酒は遠慮した。家には紅之介兄弟のほか、火の下忍たちもおり、彼らは酒を飲んでいた。本当は火邑が飲まなければ自分たちも飲まぬといったら、義手の爪で脅され、飲むこととなったのである。

「ふぅ、蛍の飯はひさしぶりだ。また腕を上げたな」

「いえ、そんな・・・」

蛍は恥ずかしそうにうつむいた。火邑は戦闘用の義手から食事用の義手に変えている。

「紅之介、九桐に聞いたが、お前ら龍閃組と戦い、負けたんだと?しかも蛍はえーっと、確か藍という娘を人質に取ったはいいが、火を見てびびったって?」

「申し訳ございませ・・・」

蛍は泣きそうになり、謝ろうとした。

「俺様はお前に謝ってほしいんじゃねぇ!なんでできもしねぇことをするんだ!」

火邑は怒鳴った。心の底から怒っている感じだ。

「蛍、お前には戦いは向いてないんだよ。もしかしたらお前戦えないことは役立たずと思ってねぇか?そうだとしたらとんだ馬鹿だな!お前の調合した火薬のおかげで俺様がどれだけ助かったか、他の下忍たちが助かるかわかりもしねぇ!人には長所短所があるんだ、お前らはそれを理解して、自分に合った仕事をしてりゃいいんだ!!」

乱暴な言い方だが、火邑なりの優しさなのだろう。蛍は泣き出してしまった。急におろおろする火邑。

「も、申し訳ありません・・・」

「えっと、わ、悪かったよ蛍。ほら、もう泣かないでくれよ・・・、ああ、困ったぜ・・・。そうだ長州で高杉晋作という面白い男に会ったんだ、その話をするから泣かないでくれ」

それを見た紅之介や、他の下忍たちはどっと笑い出した。

 

「それで今日は火邑さまは単独で行動するわけなの?」

椛が紅之介にたずねる。今回の任務は江戸から器に相応しい人間を探すためである。その前に火邑と桔梗は嵐王の仲介で、品川にあるヴラドという男の屋敷で龍閃組を待つのだという。果たしてヴラドというのは欧州の大使らしいが、その正体は人ではないという。その証拠に彼が住む近辺では干からびた死体が転がっているという。全員血が抜かれているのだそうだ。それを龍閃組が嗅ぎつけ、火邑と一緒に一網打尽という作戦なのである。この件では下忍は一人も連れて行かないそうだ。なぜなら今まで失敗を繰り返しているし、ヴラド自身も信用が置けないからとのことである。

紅之介と椛は駕篭屋に変装し、桔梗や九桐たちが見つける器を運ぶことであった。ちなみにこれは火邑の命令である。戦いは俺様の仕事だと言われ無理やりにだ。渋々紅之介たちは承知させられた。

ちなみに器とは何か?なんでもこの江戸の基礎を作ったのが南光坊天海の霊を呼び寄せるために、そのために霊を卸す器がいるのである。今まで桔梗が送り提灯の怪に見せかけ、数々の口寄せを生業とする女たちをさらってきたが、どれもいまひとつであった。ちなみに用なしになれば元の場所に戻すのである。

はじめ桔梗は火邑とともに行動し、その翌日、器探しに加わるのだそうだ。

二人は内藤新宿あたりで暇を潰していた。蕎麦屋に入りかけそばを注文した。

「・・・そういや最近江戸じゃ人が死ななくなったよなぁ・・・」

何やら紅之介の後ろで町人が話をしているようだ。そばをすすりながら、聞き耳を立てている。

「ああ、なんでも噂じゃリュウ、何がし組が活躍しているそうじゃないか。江戸の鬼だけでなく、幕府の汚い膿までひり出すって話だぜ?」

「俺も聞いた話じゃ、江戸の鬼もいい奴がいるって話だぜ?切支丹屋敷で閉じ込められた病人を助けたのは、鬼だし、小塚原で処刑されかけた鍛冶屋を助けたのも鬼さ」

「でも吉原では鬼が遊女を殺して回ったと聞くぜ?」

「うんにゃ、自殺とか、狂い死にさ。しかも性悪そうな遊女がほとんどさ」

「するってぇと、江戸の平和はリュウ何組と鬼のおかげってわけかい?」

「そうかもなぁ、あっはっは」

紅之介は蕎麦湯を飲みながら聞いていたが、自然と顔が綻んだ。自分たちはただ幕府への復讐だけで動いているが、人に罵らされるのは慣れているが、感謝されることはなかった。

「ばかやろう、何鬼に感謝しているんだ、ばかかてめぇらは!」

いきなり怒鳴り込んだのは幕府の侍であった。何やら不機嫌そうである。なにやら酔っ払っているようだ。

「奴らは鬼だぞ、人を殺しまくる悪鬼羅刹の集まりなんだぞ!それを貴様らは!!」

「いえ、あっしらはただ噂を聞いただけで・・・」

「噂だと!なら人を惑わす噂はやめろ!まったく、龍閃組ときたら腹が立つ!本来はこの江戸の守護は新撰組に任されるはずだったんだ!!」

「お、おい。口を慎め、そいつは秘密事項だろうが」

仲間の侍に口をふさがれ、侍たちは店を出て行った。食い下がらなかったのは、秘密を暴露してしまうからだろう。

「兄さん、新撰組って・・・」

「ああ、まさか、新撰組がくる予定だったとは・・・」

新撰組。今日を守護する浪士の集まりだ。2004年の大河ドラマにもなる人気グループだが、彼らは決してクリーンな集まりではない。ぶっちゃけいえば、昼間でも討幕派を殺してもいいよと、松平容保に言われて、人を殺す暗殺集団だ。その歴史も血なまぐさい。初代局長、芹沢鴨はあんまり無礼な事ばかりしたので、沖田総らに殺されたとも聞く。現在鬼道衆に身を置く壬生霜葉があきれ返って、組を抜けるのも無理はなかった。

もし江戸の町に壬生狼たちが徘徊すれば、江戸は確実に血の海となったに違いなかった。

「ちっ、侍どもは威張りまくるな。それにしても最近じゃあ品川でおかしな死体が出ているそうじゃないか?」

「おう、俺も聞いたぞ。なんでも血が一滴も残ってないんだとさ。物騒だねぇ」

おそらくヴラドという男の仕業であろう。

「おっさんら、そいつは本当かい?」

今度は別な侍が尋ねてきた。

「お、おう、人から又聞きしただけだがな。なんか文句あるのかよ?」

町人はさっきの無礼な侍を思い出したのか、偉く不機嫌そうであった。

「品川か、ちょいと遠いが行く価値があるな、あんがとよおっさん」

侍は走り出した。その横に男が一人立っていた。

「すみません、これは蕎麦代にしてください」

お金を置いていった。お礼のつもりなのだろう。かけそばを二人分食べてもお釣りは来る金額であった。

「へぇ、なかなか礼儀をわきまえてるアンちゃんだね」

「けっ、蕎麦代おごってもらったからだろうが、俺も嫌いじゃないね、ああいう若い奴は」

蕎麦をおごってもらい、彼らは上機嫌であった。その様子を紅之介らは見ていた。

「あいつら、龍閃組だったな・・・」

「そうだね。まったく嵐王さまの頭の良さには頭が下がるねぇ」

あの二人はまるでねずみ捕りに引っかかるねずみのように思えてきた。

 

結局、器は見つからず、二人は大橋の下で野宿をすることに決めた。そこには先客が多く、無宿人で埋め尽くされていた。

「よっしゃあ、うち歌うでぇ〜〜!」

一人うるさく叫ぶ少女がいた。彼女は無宿人たちの一種のアイドルらしく、真那ちゃんと呼ばれていた。紅之介と椛は寄り添いながら、眠りについた。もちろん誰かが来たらすぐ起きれるよう訓練は積んである。明日も早いのだ、今のうちに休むに限る。

「なんや、なんや!夜はこれからゆうのにもうおねむかい!」

真那が紅之介たちに近寄り、わめきだした。

「悪いが、俺たちは眠いんだ。酒盛りはあんたたちだけでやってくれ」

紅之介は不機嫌さを隠さずに、露骨に顔に出していた。

「あかん、あかん!ここで寝泊りするからにゃあ酒の一杯も飲まなあかんのや、さあ、そこのあんちゃんも一緒に来いや!」

結局彼女に引っ張られ、酒を飲む羽目になった。

無宿人たちは楽しそうに酒を飲んでいた。普段の生活は決して楽ではないだろうに、彼らはなぜこうも笑っていられるのか?紅之介は自分たち兄弟が初めて鬼哭村へ来た時、村人の表情は決して明るいものではなかった。むしろ殺伐としており、誰もが徳川への復讐をぶつぶつとつぶやいていた。

それが天戒元服後を境に変わりだしたと思った。今では皆が楽しく笑い、笑顔が溢れている。すごい進歩だと思った。

ここの無宿人たちも同じだ。ここには真那というアイドルのおかげで、つらい日々も笑って暮らせるのだ。それは偽りの平和かもしれない。だが、人は心に笑いがあれば、なんとかやっていけるのだと、紅之介は鬼道衆で学んだ気がするのだ。

だが他の無宿人に話を聞くと、彼女には心臓に病を持つ妹がいるとのことだ。真那は妹のために長命寺の水を汲んできたり、店から食べ物を盗んでは彼女に与えているのだという。

幕府がなにもしてくれないなら、自分たちで何とかするしかない。幼い少女が達した結論なのだろう。紅之介は再び幕府に対する怒りがこんこんと湧き上がってきた。以前石海が話した少女は彼女のことだろう。もちろん真那は紅之介たちが泰山の仲間だとは知らない。

「おっさん!何ぼんやりたそがれとるねん!さあ混ざりもんやけど酒を注いだるでぇ〜。ほれ、飲みや!そこのごっついあんちゃんも」

椛は乾いた笑いを浮かべたが、注がれた酒をうまそうに飲んだ。こんなうまい酒は家族や、火邑さまと一緒に飲んだ酒と同じだと思った。

 

「おや、おはよう、元気にしてたかい?なんだい二人とも二日酔いかい?べろべろになるまで飲むなんて珍しいじゃないか」

二人は桔梗と合流した。結局二人とも朝まで酒を飲まされたのだが、決して不快感は残らなかった。心地よさが残った。

「ところでヴラドという男はどうでした?」

椛がたずねると、桔梗は顔をしかめた。よほど話題にしたくない男なのだろう。

「あたしらとしてはヴラドと火邑が龍閃組を倒せばよし。でもあたし個人の感想を言わせてもらえば・・・」

「?」

「龍閃組がヴラドを殺してくれたほうがすっきりするってことさ。もちろん、火邑には生きて帰ってほしいけどね」

桔梗がにこにこ笑っている。悪人と顔を合わし続けた桔梗でも、死んでほしい人間はいるのだなと椛は思った。

「ヴラドの話は縁起でもないから、今日は口寄せで評判のいい奴を探して回るよ。九桐たちもいい奴見つけてくれればいいんだけどね・・・」

途中内藤新宿にある長屋に立ち寄った。桔梗は江戸で評判の瓦版屋の娘に、話を聞く予定でいたのだ。だが残念ながら彼女は留守であった。あきらめて帰ろうとした時、長屋の大家という老人に出会った。

「お前さんはお杏に用なのかの?」

「え、まあね。でも留守なんじゃ仕方ないさ。また出直すよ」

「そうかの?そうじゃ、ひとつ年寄りの話を聞いてもらえぬかね?」

老人は平安の時代一匹の狐が人間の男に恋をしたこと、狐は人間に化け、男の子供を生んだこと、そして子供に正体を見破られた狐はそのままどこかへ消えてしまったとのことだ。

「のちにその子供は稀代の陰陽師安倍晴明として、名を残すことになった。じゃが、晴明の心には自分を置いていった母親のことを思っておるのじゃろうな・・・」

老人は何を話したいのだろうか、大体安倍晴明など800年前に死んだではないか。もっとも紅之介らは安倍晴明など初めて知ったが、それでも狐が人間に化けて、人間の子供を生むなど荒唐無稽ではないか。今時御伽草紙を信じる子供もおるまい。まあ江戸の鬼がいう事ではないが。

「じいさん、あんまり御伽噺はやめたほうがいいぜ?頭が呆けてると思われるからな」

紅之介は老人をばかにするように言ったが、桔梗の顔は青ざめていた。あの話に何があるのだろうか?それは桔梗自身にしかわからないのである。

 

「おや?あの娘・・・?」

桔梗たちは森の近くを歩いていると、前方に娘が一人歩いていた。酒を飲んでいるのかふらふらと千鳥足で歩いている。

「あの娘、桧神美冬だね!?」

「誰ですか?」

「あんたたちは知らないだろうがね。あたしと九桐らはあの娘と二度戦って勝ったのさ。初めは内藤新宿、二度目は大川の川開きで、屋形船の護衛をしてたときにね」

「弱いのですか?」

「まぁ、九桐の敵じゃないね。道場じゃ強いかもしれないが、実戦経験のないお嬢様に負ける道理がないだろう?」

後で調べたことだが、四谷見附にある剣術道場「臥龍館」桧神美冬はそこの一人娘なのだ。女ながら剣の腕は一流で、門下生からの信頼も厚いと聞く。主に居合いを使うが、居合いとは、刀を鞘から抜く前、つまり居合わせた状態で敵と相対し、抜刀により勝敗を決する技だ。鞘放れの一刀にすべてを凝縮させる技。敵ではないと言ったが、九桐も手を抜いて勝てる相手ではなかった。たまたま彼女が人を殺していなかったおかげで、九桐はぎりぎり勝つことが出来たのである。2度目も人斬りに踏ん切りがつかなかったおかげで勝つことが出来た。しかし桔梗たちにとってはよわっちい剣士としか認識されてない。

今まで道場では門下生たちにお嬢様と祭り上げられ、町の娘たちに黄色い声で騒がれてきた娘が、いきなり鬼に2回も負け、その上命を見逃してもらったのだ。武士のプライドが大いに傷ついたであろう。その末路が昼間から自棄酒ときた。滑稽で笑えるどころが憐憫の情が催してきた。

だが彼女の様子は酒の酔いだけではないようだ。なにやら彼女の体には得体の知れない何かがとりついていた。紅之介たちにはわからないが、桔梗には見えるのだろう。

品川宿外れまで歩いてきた。桔梗たちは近すぎずと遠すぎず美冬と同じ歩調で歩いた。

だが桔梗は異変に気がついた。美冬がまるで逃げ水のように、ぼやけて見えるのだ。逃げ水とは蜃気楼の一種で、歩けど歩けど水溜りにたどり着けないものだ。

美冬はいつのまにか沼地を歩いていた。そこには亡霊が体をよこせ、肉を食わせろと怨念の声を上げているではないか!

「しまった、あたしらは亡霊どもの罠にはまったよ!それ!」

桔梗はべんべんと手に持っていた三味線を引き始めた。彼女は三味線を使うことにより、音色に外法を上乗せし、攻撃するのである。

「ぎぃぃぃ、ぎゃぎゃぎゃぁぁぁ!!」

亡霊どもは風船が割れるがごとく、消えていった。紅之介も懐にしまっていた手裏剣を投げつける。梵字が刻まれた特別製だ。次々と当たり消えてゆく。

反刻後亡霊たちはきれいさっぱり消え去った。

「よう、桔梗じゃないか」

声をかけてきたのは九桐であった。風祭もいた。だがその横に見知らぬ男が立っていた。髪の色が金色で、異国の服を着ていた。

「クリスじゃないか、あんたどうして?」

「この異人と知り合いなんですか?」

「ああ、ヴラドの屋敷で匿われていたんだ。大丈夫なのかい?あの子を残して」

「ああ、大丈夫だ。昼間ならまだ手を出さないだろう。これから一度屋敷へ戻るつもりだ」

紅之介たちは置いてけぼりだ。さっぱり話が見えない。でも、クリスという男は敵ではないようだから、心配はしていない。

「九桐、この娘、器の素質があるよ。知らぬ間に霊に憑依されてたのさ」

「うむ、俺たちも彼女の噂を耳にした。これなら天海を呼び寄せる器となろう」

思いもよらない収穫に桔梗たちはほくほく顔だ。

「お嬢様!」

どうやら門下生だろう。数人ほど集まってきた。

「貴様らお嬢様をどうするつもりだ!」

「おいおい、俺たちは倒れた彼女を介抱しているだけだぞ?それをまるで人攫いか盗人呼ばわりされると気分が・・・」

九桐は誤魔化そうとした。

「うそをつけ!さっき器だのなんだの言ってたのを聞いていたぞ!」

壁に耳あり障子に目あり。世の中どこで誰が何を聞いているか分からない。

ごそごそ。

紅之介と椛は用意した忍び装束と鬼の面を被った。

「我らは鬼道衆・・・」

「お、鬼・・・」

門下生は突然の鬼の出現に恐怖した。

「・・・と、今お前ら着替えたろうが!我々がそんなので驚くと思ったか!!」

さすがに目の前で着替えられたら、驚きも半減、というより台無しだ。

「我ら臥龍館の剣術とくと見よ!!」

門下生たちが斬りかかった。

かきぃぃん!!

紅之介と椛は彼らの刀を弾き飛ばした。

「な、なぜ!?」

門下生たちは信じられない表情であった。自分たちの剣術がまるっきりきかないのだ。

「道場の鍛錬のみと、実戦で積んだ経験。どちらが差があるかな?」

一見龍閃組と戦って負け続けているから弱いと思われがちだが、彼らは実は強い。毎回九桐や風祭たちを相手に訓練を重ねているのだ。刀ぶら下げている侍如き負けはない。龍閃組が強すぎるので薄れがちなのだ。

「さあ、お前たち泳ぎは得意か?」

「お、泳ぎだと?」

紅之介は門下生たちに刀を目の前にやった。門下生が恐る恐る答えた。

「そうだ泳ぎだ。これからおまえらは川を渡るんだからな」

「か、川?」

その先口が開かなかった。その先の答えを理解してしまったのか、歯の根が合わないほどぶるぶると震えていた。大の大人がなんと情けないことだろうか。

「もちろん三途の川さ!なにせあたしは脱依婆だからねぇ!!」

う〜ん。

椛の殺し文句に門下生たちはだらしなく気絶してしまった。

「ははは、情けない奴らだ。亡霊たちもこいつらにとりつくことはできまい。このまま放置してやろう」

二人は勝利の余韻に浸っていた。

「ふふん、紅之介たちもやるもんだ。決め文句まで決まっている、さすがは中忍と呼ぶに相応しいな」

九桐は感心している。

「さて、紅之介、椛。この娘を村まで運んでくれ。これで鬼道衆の念願が叶うというものだ」

「ああ、この江戸が消えてなくなるんだ。わくわくしちまうよ」

桔梗の顔を見たらまるで幽霊画から抜け出てきたような、冷たく迫力のある笑みを浮かべていた。

続く

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