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令外(りょうげ)の官について





歴史で知りたいテーマのいちらん

【令外(りょうげ)の官とは】
 令外(りょうげ)の官とは、律令制度(りつりょうせいど)で決められていない官職のことである。

 奈良時代には、内大臣(ないだいじん)、中納言(ちゅうなごん)、参議(さんぎ)などの令外(りょうげ)の官がおかれていた。
 平安時代の桓武天皇(かんむてんのう)のときにおかれた征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)、勘解由使(かげゆし)なども令外(りょうげ)の官である。平安時代に重要な役目をもつようになった摂政(せっしょう)、関白(かんぱく)も令外(りょうげ)の官である。


 令外(りょうげ)の官がおかれるようになったり理由は、律令制度(りつりょうせいど)のしくみが時代にあわなくなってきたためである。律令制度(りつりょうせいど)は、中国の唐(とう)の制度を基本にして作られていたため、どうしても、日本の実態とはあわない部分が出てきたのである。
【蔵人(くらんど)と検非違使(けびいし)】
 平安時代の嵯峨天皇(さがてんのう)は、令外(りょうげ)の官として、蔵人(くらんど)と検非違使(けびいし)という官職をおいた。

 
蔵人(くらんど)とは、天皇の秘書官(ひしょかん)のような役目の官職で、天皇の命令を伝えたり、逆に天皇に報告をしたりすることが主な仕事である。また、天皇の毎日の生活や儀式の計画を立てたりする仕事もあった。天皇のそば近くで仕事をするため、蔵人(くらんど)は、政治の中心的な地位をしめるようになっていった。

 
検非違使(けびいし)は、今の警視庁(けいしちょう)のような役目の官職で、都である平安京(へいあんきょう)の安全を守ることが仕事である。犯罪をおかした者を捕らえることが主な仕事であったが、やがて、裁判(さいばん)や処刑などの仕事も行うようになった。そのため、もともと裁判(さいばん)や処刑(しょけい)の仕事を担当していた衛府(えふ)や刑部省(ぎょうぶしょう)の仕事がなくなり、形式的な存在となってしまった。

官 職 職 員 仕    事
勘解由使
(かげゆし)
長官    1人
次官    2人
その他 14人
国司がかわるときに、不正がおこらないように
するためにおかれた
蔵人所
(くらんどどころ)
別当   1人
蔵人頭  2人
蔵人 7〜8人
天皇の機密(きみつ  重要な秘密のこと)が
もれることを防ぐためにおかれた。天皇の命令
を伝えたり、逆に報告したりすることが役目で
ある。
検非違使
(けびいし)
別当
佐  (すけ)
尉  (じょう)
志  (さかん)
盗賊(とうぞく)や犯罪者をつかまえることが役目
である。今の警察と裁判官の役目をもっていた。