転倒を防ぐ
(令和2年2月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

高齢者の年間転倒率は、10~30%、転倒による外傷の頻度は、54~70%、そのうち骨折に至るのが、6~12%と報告されています。ビタミンDの不足している人にビタミンDを投与することは、転倒を予防する効果が期待出来ます。また、パ-キンソン病の治療による歩行の改善、前立腺肥大の治療により夜間のトイレの回数を減らすこと、白内障の手術による視力の回復等も転倒のリスクを低下させると考えられます。糖尿病、慢性腎臓病、肺気腫のある患者様は、転倒のリスクが高くなりますので御注意下さい。ベンゾジアゼピン系の睡眠剤は、ふらつきの原因となり転倒を引き起こすことがあります。

転倒しない為の住宅環境も大切です。電気コ-ドは、床の隅の壁沿いを這わせる。床に新聞や鞄を置かない。床に水やビニ-ル袋が落ちていないか注意する。カ-ペットの端は、裏を両面テ-プで止めてめくれないようにする。階段には、手摺、滑り止め、照明などを設置する。玄関マットは滑り止め付きのものを選ぶ。玄関の靴をかたづけておく。玄関には玄関台を置き、室内の段差に段差解消スロ-プを使い段差をなくすなどをおこなってみて下さい。運動には、転倒を予防する効果があるとされており、太極拳は。転倒を30%減少させたとの報告があります。太極拳以外にも運動が転倒を予防すると証明した論文が、いくつかあります。そのいずれもが、バランス運動、筋トレ、歩行訓練を組み合わせた運動になっています。( 膝や腰に痛みのある人は、医師に相談してから運動を開始して下さい。 )


拘縮を防ぐ  
(令和1年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

拘縮とは、関節の可動域が制限された状態を言います。一度、拘縮が起こると、腱や筋肉が短くなる為、改善は、難しく、リハビリには、痛みを伴います。拘縮には、脳卒中などの片麻痺に伴うものと、廃用症候群などで寝たきりになった為におこるものがあります。脳卒中に伴う片麻痺では、麻痺側の腕の脇の下は開き、肘は屈曲し、手のひらは上を向き、手首が上に曲がって、指は握った状態で固まっています。これらの変化は、重力に抗した動きとなっていますので、脳卒中発症後、できるだけ早期に座位になって頂き、腕に重力をかけることが、拘縮の予防につながります。拘縮した指は、屈曲してグ-の状態になっている為、手の中が不潔になりがちです。しかし、屈曲した指を無理やり開こうとすると痛みを伴います。この場合、屈曲している手首の関節を伸ばすのではなく、さらに屈曲させます。手首の関節を曲げると自然と指は伸展します。この原理は、合気道で、刃物を持った相手の手を開いて刃物を手から落とす小手返しという技に応用されています。手首をできるだけ屈曲した状態で、痛みの強くない範囲で、指を開いていきます。肘や膝は、ドアの蝶番のような動きをする関節です。

肘や膝は、ドアの蝶番のような動きをする関節です。寝たきりなると肘や膝も拘縮してきますので、時々、肘や膝の屈曲や伸展を行って下さい。肩関節は、可動域の大きな関節です。両腕を上に挙げるだけでも、肩関節の拘縮予防につながります。股関節は、屈曲や伸展だけでなく、外側へ回す外旋や内側へ回す内旋も同時におこないます。これらの運動は、自分でおこなえない場合、介助者が必要になります。介助者がおこなう場合は、関節の可動域以上に動かしてはいけませんので、医師や理学療法士の指導の元でおこなうようにして下さい。

高齢者在宅医療・介護サ-ビスガイドライン 
(令和1年8月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 医療の世界では、エビデンス(科学的根拠)が、重視されます。医療のエビデンスでは、ある治療を受けた人が受けなかった人と比べて、どの程度病気の治癒率が向上したか等の数値を具体的に示す必要があります。エビデンスが蓄積されると、エビデンスに基づいた疾患の治療法が、ガイドラインとしてそれぞれの学会から具体的に示されます。最近、医療の場でのみ行われていたリハビリテ-ションが、介護の分野でも行われるようになりました。これに伴い、介護をされている御家族に休んで頂くというレスパイト機能が主な目的であったデイサ-ビスにおいても、利用者様に元気になって頂くというリハビリ機能が求められるようになっています。しかし、介護の分野では、これまでエビデンスに基づいたガイドラインは、作成されていませんでした。
最近、日本老年医学会、日本在宅医学会、国立長寿医療研究センタ-等からの合同で、世界での初めて高齢者在宅医療・介護サ-ビスガイドラインが出版されました。このガイドラインは、医療のガイドラインのように治癒率や生命予後を重視するのではなく、利用者様の満足度、QOL(生活の質)・ADL(日常生活動作)・介護者様のQOL・介護負担などを重視して作成されています。20世紀に、医療は、医師個人の技量に依存するア-トから誰が行っても同じ結果が得られるサイエンスへと進化を遂げました。福寿の介護も、スタッフのア-トにサイエンスを取り入れて進化していきたいと考えています


移乗( 待つ介護 )
(令和1年6月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 介護施設では、利用者様を介助してベッドから車椅子へ、或いは、車椅子から椅子へと移って頂く動作を移乗と言います。今回、移乗のポイントを紹介します。移乗を力任せに行うと、利用者様の力を引き出すことが出来ません。立位の筋力が残存している人には、後方や側方から介助します。ズボンのベルトを持って引き上げるのではなく、大腿骨の付け根(大転子)を支え方向転換をします。座る時もドシンと落ちないように気を付けて支えます。福寿では、介助者のペ-スで急いでおこなうのではなく、利用者様の速度に合わせた待つ介護を心がけています。介護では、話をする時は、視線を合わせることが重要とされていますが、移乗の際は、介護者と利用者様が、同じ物を同じ視線で見ながら行うことが大切と考えます。
一方、筋力の大きく低下している人は、前方からの介助となりますが、できるだけ生理的な動きになるよう気を付けています。人は、椅子から立ち上がる時、まず、足を引き、前屈みになって体の重心を足に移してから立ち上がります。このため、介助者は、膝を着いた低い姿勢となり、利用者様におじぎをして頂く形にして重心を足に移した後、立位への介助をおこないます。立位時は、膝が曲がらないように支え、その後、方向転換し、ゆっくりと着席をして頂きます。移乗の際、背もたれを使わずに座っている状態や立位になることが、体幹の筋肉の訓練になります。福寿では、移乗も機能訓練の一つと考えています。

バリデ-ション
(令和1年5月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 バリデ-ションとは、心理療法の分野で古くから使われていた言葉で、強化するという意味があります。他の人の経験をバリデ-トするとは、たとえそれが妄想でであったとしても、その人にとっての現実であることを受け入れ認めることです。人は、自分の経験がバリデ-トされれば、バリデ-トする人を身近な人と感じるようになります。1963年、米国人女性ソーシャルワーカ-であるナオミ・ファイルさんにより、バリデ-ションが、認知症のある高齢者に対する、その人らしさを最大限に尊重する介護手法として用いられるようになりました。
バリデ-ションでは、なぜそうしたのかを問いただすことはしません。たとえそれがおかしなことであっても、理由ではなく事実を聞こうとすることで信頼関係を築きます。介護者は、相手の言ったことを要約し繰り返すようにします。認知症のある人は、相手から自分の言った言葉を聞くと元気づけられるからです。また、できるだけ思い出話をして頂くことで、若い頃のことを思い出して頂きます。それにより、問題への対処方法を思い出すことも期待されます。介護者は、視線を合わせるよう努力します。アイコンタクトを保つことで、不安が軽減されることがあります。介護者は、相手の言っていることがたとえ分からなくても、それはいつのことですかなど、それ、あれなどあいまいな表現を使ってコミュニケ-ションを続けます。そうすることによって、少しでも頭を使っていただき、認知症の進行を防げると考えられます。

高齢者の嚥下障害は、窒息や肺炎の原因になる
(令和1年4月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 高齢者の嚥下障害は、窒息や肺炎などしばしば致命的な疾患の原因となります。今回、嚥下障害の症状を広く知って頂くため、2018年に日本耳鼻咽喉科学会が作成した嚥下障害診療ガイドラインに記載されている嚥下障害でよくみられる15の症状を列挙してみました。①繰り返す肺炎、②明らかな体重減少、③物が飲み込みにくいと感じる、④食事中にむせる、⑤お茶を飲む時にむせる、⑥食事中や食後、それ以外の時にも喉がゴロゴロする(痰のからんだ感じがある)、⑦喉に食べ物が残る感じがする、⑧食べるのが遅くなった、⑨硬いものが食べにくくなった、⑩口から食べ物がこぼれる、⑪口の中に食べ物が残る、⑫食物や酸っぱい液が胃から喉に戻ってくる、⑬胸に食べ物が残ったり、つまったりする、⑭夜、咳で眠れなかったり目が覚めることがある、⑮声がかすれてきた。
肺炎は、誤嚥以外の原因でも起こりますが、高齢者が肺炎を繰り返す場合は、嚥下障害が強く疑われます。体重減少も悪性腫瘍をはじめとする様々な疾患でみられます。痰のからんだ感じは気管支炎で、硬いものが食べにくくなるのは入れ歯の合わない場合に、食物や酸っぱい液が胃から喉に戻ってくるのは逆流性食道炎で、胸に食べ物が残ったりつまったりする感じは食道癌で、咳で眠れなかったり目が覚めるのは気管支喘息や心不全で、声のかすれは喉頭癌でもみられ、必ずしも嚥下障害によるものではありません。しかし、いずれにしても重大な疾患が隠れている可能性があります。


パ-キンソン病と加齢による変化の違い
(令和1年3月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 パ-キンソン病では、運動が小さくなり動きにくくなります。加齢に伴う運動障害でも、一見同じような症状がみられます。パ-キンソン病は、早期の内服薬やリハビリが有効な疾患ですので、加齢に伴う運動障害と鑑別しておくことが必要です。
高齢になると、歩行は小股で遅くなり、すり足になる傾向があります。パ-キンソン病でも同様の歩行がみられます。その見分け方の一つとして、歩幅が挙げられます。パ-キンソン病では、安定のために歩幅を広げるよう促しても歩幅を広げることが困難です。このため、歩幅の狭い小歩がみられたらパ-キンソン病が疑われます。手の震えも、パ-キンソン病と加齢のいずれでもみられる所見です。しかし、パ-キンソン病では、安静時に手の震えがみられるのが特徴であるのに対し、加齢による震え、いわゆる本態性振戦では、コップを持ったり字を書いたりするなどの動作時にのみ震えが出現し、安静にすると消退します。このほか、日常生活動作がゆっくりとなるのは、高齢者でもパ-キンソン病でもみられますが、パ-キンソン病では顔の表情が少なくなるのが特徴です。加齢による変化では、表情が少なくなるのは稀と言われています。
パ-キンソン病は、元々、50歳~60歳頃に発症する疾患でしたが、最近、高齢化に伴い高齢での発症が増加しており、平均発症年齢が70歳前後になっています。安静時に手が震える、小刻み歩行でよく転倒するなどのような症状がみられた時には、老化と考えずに医師に相談してみて下さい。

 

軽度認知障害 (MCI)
(31年1月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

もの忘れなどがあり認知機能が低下しているものの、認知症には至っていない状態を軽度認知障害 (MCI) と言います。MCIでは、食事の摂取、排泄、着替え、入浴などの基本的ADLは、自立しています。電話、買い物、交通機関の利用、食事の準備、服薬管理、金銭管理などの手段的ADLに関しても、時間がかかるようになり間違いも増えてきますが、認知症とは違い自立している状態です。65歳以上の高齢者の15~25 %の人が、MCIであると推定されており、MCIの人の経過を診ると、年に5~15 %の人が、認知症に進行すると言われています。しかし、逆に、年に16~41 %の人が、MCIから正常に戻るとも推定されています。MCIのうち、脳脊髄液の検査や脳のPET検査でアルツハイマ-型認知症と同様の変化のある人は、その後、認知症に進行する確率が高いことが分かっています。しかし、現在のところ、MCIと診断されても、正常に戻す大動脈解離とは、大動脈の壁が突然裂けることにより発症する疾患です。発症時、激しい胸痛や背部痛ための有用性が確立されたお薬は、ありません。高血圧、糖尿病、高コレステロ-ル血症が、MCIから認知症に進行する危険因子であることから、これらの治療が大切と考えられています。

 MCIの状態は、認知症と異なり、日常的な介護や支援は、必要ありません。しかし、日頃の出来事や予定をカレンダ-やノ-トに記載する習慣を付けて頂くことが、お薬の飲み忘れなどを防ぐ効果があると考えられ、将来、認知症に進行した時にも有用です。最近、もの忘れが多くなった、薬の飲み忘れが多くなったと感じたら、メモや記録を残すようにしてみて下さい。

加齢に伴う認知機能の低下
(30年12月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

加齢に伴い大脳は萎縮しますが、一様に萎縮するわけではありません。前頭葉が、最も萎縮しやすく、後頭葉の萎縮は、軽度に留まる傾向があります。学習、計算、記憶、短時間での情報処理、新しいことに対する処理能力等に必要な流動性知能は、30歳をピ-クとして、65歳以降は比較的早く低下するのに対し、知識や経験に基づく理解や判断能力である結晶性知能は、30歳以降も緩やかに上昇し、65歳以降もあまり低下しないそうです。一方、記憶は、感覚器を通して入力した情報を短期間保持した後(短期記憶)、そのうちの必要な情報を長期間保持するしくみになっています(長期記憶)。長期記憶は、内容を想起して意識上に取り出すことのできる記憶(陳述記憶)と、意識上に想起できない記憶(非陳述記憶)に分かれます。陳述記憶には、意味記憶(言葉の意味や概念等の記憶)やエピソ-ド記憶(経験した出来事に関する記憶)があり、非陳述記憶には、手続き記憶(自転車に乗る等の体で覚えた記憶)等があります。高齢者では、短期記憶が低下しやすく、長期記憶は保持される傾向にあります。長期記憶の中では、エピソ-ド記憶は低下しやすく、意味記憶や手続き記憶は、低下しにくいと言われています。(日本内科学会雑誌2018年12月号より引用)

 動物の能力は、子孫繁栄のため生殖期にピ-クが来るように出来ています。しかし、すべての能力に於いて、若い人の方が優れているわけではありません。これからは、高齢になっても維持されると言われている判断能力や手続き記憶を通じて、高齢者が今以上に社会に貢献出来る時代になると考えています。

高齢者の不眠 
(30年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

メラトニンは、体内時計を調節するホルモンです。メラトニンが、増えると眠くなり、減ると覚醒します。朝、太陽の光が目に入ると、その刺激が脳内の視交叉上核に伝わり、さらに奥にある松果体へと伝わっていきます。この刺激により、松果体は、朝になったことを認識し、メラトニンの分泌を減少させます。そこから、一定の時間が経過すると、メラトニンの分泌を増加させていきます。夜、メラトニンの分泌を増加させる時刻を規定しているのは、暗くなった時刻ではなく、起床後に光を浴びた時刻です。したがって、朝に十分な光を浴びていないと、夜になっても眠くなりません。また、夜遅くまでパソコンやスマ-トフォンなどのブル-ライトを浴びていると、夜間のメラトニンの分泌が、抑制され、熟睡出来ません。

メラトニンは、夜になると昼間の10倍以上も生産されます。高齢者では夜間のメラトニンの分泌量が低下しており、50~60歳では、15歳頃の半分になると言われています。また、昼と夜の分泌量の差が小さくなります。このことが、高齢になると熟睡出来なくなる大きな理由です。また、白内障があると、光を浴びても光が網膜に到達せず、夜間にメラトニンを分泌する効果が弱くなります。食事の時刻も、体内時計の調節に関与しています。夜眠くなるためには、朝食を起床後2時間以内に摂ることや、遅い夕食や夜食を避けることも大切です。

 不眠に対して、最も多く用いられているベンゾジアゼピン系の睡眠剤は、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)受容体のαサブユニットに作用することで効果を発揮します。ところが、アルツハイマ-型認知症になるとα1受容体が欠落し、効果が不十分になります。また、高齢者では、ベンゾジアゼピン系の睡眠剤により、ふらつきによる転倒のリスクが増加します。このため、高齢者に睡眠剤を投与する場合、ベンゾジアゼピン系の睡眠剤よりもメラトニンの分泌を増加させる作用のあるお薬や、覚醒を維持する脳内物質オレキシンの働きを抑えるお薬が、優先されます。加齢に伴に睡眠時間は、短くなりますが、過度の不眠は、脳へのアミロイドβの蓄積を促進し、アルツハイマ-型認知症の誘因になります。加齢による不眠を自覚したら、日中に十分な光を浴び、夜遅い食事やテレビを避けてみて下さい。

住宅環境を整える ( 玄関偏 )
(30年10月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

日本の家屋は、昔から段差が多いと言われていますが、河内長野市は、山間部を開発して造られた家が多く、門と玄関の間に段差のある家が多いのが特徴です。今回は、高齢者の住環境のうち、玄関について記載してみたいと思います。門から玄関までは、転倒し易い場所の一つです。転倒が心配で外出できなくなると、それによりさらに活動度が低下し、悪循環がおこります。こんな時、スロ-プの設置を考えてみてはいかかでしょうか。但し、他の人の介助を必要としない自走式の車椅子を使用する場合の傾斜角度は、5度が目安であり、スロ-プの長さは、段差の約12倍が必要とされています。従って、30 cm の段差には、360 cm のスロ-プが必要となります。階段での車椅子の移動には、二人介助が必要ですが、玄関に段差があっても、階段の奥行(踏み面)を1m程度にしておくと、一人介助での車椅子の移動が容易になります。

 膝が曲がりにくくなって玄関の段差を上れなくなった時は、もう一段低い段差を設置し、二段にする段割という方法があります。また、工事をしなくて済む福祉用事業者によるレンタルのスロ-プを設置する方法もあります。玄関の段差の真ん中に、立ち上がり手すりを設置すると半身麻痺があっても、健側を使って上りやすくなります。但し、将来、車椅子が必要になることが予想される場合は、車椅子の通行の妨げとなる可能性がありますので、ご注意下さい。玄関の下駄箱を利用して、上手く玄関を昇降できる環境を考えるのも一つかも知れません。

アルツハイマー型認知症治療薬の有用性と問題点
 (30年9月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

アルツハイマー型認知症に対する治療薬の有用性は、すでに確立されており、世界中で広く処方されています。日本神経学会が2017年に発表した認知症疾患診療ガイドラインに於いても、アルツハイマー型認知症に関する記載で、「 認知症治療薬には、有効性を示す科学的根拠があり、使用するように勧められる。 」 となっています。現在、日本では、85歳以上の高齢者の17%に認知症治療薬が処方されています。ところが、フランスで、今年8月から、認知症治療薬が医療保険の適応から除外され、認知症治療薬を内服される場合の薬剤費は、全額、自己負担となりました。その理由として、認知症のある高齢者が起こす徘徊や妄想等の行動障害に関する有用性が少ないこと、施設入所までの期間がお薬を使ってもあまり延長されなかったこと、内服しても死亡率に明らかな低下がみられなかったこと、食欲の低下、脈拍の低下、興奮する等の副作用が一部の患者様にみられることなどが、挙げられています。アルツハイマー型認知症の薬剤は、減少した神経細胞を復活させるお薬ではありませんが、病気によって減少した神経細胞の働きを手助けすることで、低下した記憶力を回復させる作用があります。このため、内服によりもの忘れが、改善し、意欲を持つようになって元気になられる患者様も少なくありません。認知症治療薬の効果を最大限発揮出来るよう、当院では、認知症のお薬を処方するにあたり、以下の様な点に注意しています。認知症の原因疾患は、多数ありますので、お薬を使う前に血液検査やMRI等の検査をおこない、認知症治療薬の効果が期待出来るアルツハイマー型認知症等であるかどうかを診ておきます。また、食欲の低下やふらつき等の副作用がないか、患者様だけでなく御家族にもお聞きするようにしています。アリセプトなどの認知症治療薬には、意欲を回復させる作用がありますが、過剰になると患者様が興奮して介護が大変になります。したがって、認知症治療薬を使用する場合、お薬のさじ加減が、特に大切と考えています。


フレイル

(30年8月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

フレイルは、平成26年に日本老年医学会が、健康な状態と要介護状態の中間的な段階として提唱した概念です。フレイルの状態にあると、短期間の入院をきっかけに足腰が弱り寝たきりになるなど、容易に要介護状態に陥ります。しかし、逆に、フレイルの段階であれば、要介護状態と異なり、健康な状態に戻ることが期待出来ます。英語のfrailtyは、加齢に伴う脆弱な状態を意味し、従来、虚弱や老衰と訳されてきました。しかし、虚弱や老衰と言った言葉では、不可逆的状態を推測してしまうことから、フレイルという言葉が、提唱されました。

 では、フレイルを予防し改善するために、何が有効なのでしょうか。日本人高齢女性の調査では、蛋白質の摂取量が多い程、フレイルの発症が低くなることが分かっています。また、血中のビタミンDの濃度が低いとフレイルになりやすいと報告されています。ビタミンDは、魚に多く含まれています。果物や野菜の摂取量が少ないと、フレイルのリスクが増加するとの報告もあります。フレイルの予防には、脂肪ではなく、筋肉を増やすことが大切です。運動は、フレイルを予防します。運動の種類としては、ウオ-キングだけでなく、筋肉に抵抗をかけるダンベル体操のようなレジスタンス運動、片足立ちのようなバランストレ-ニングを同時におこなうことが、有用です。運動強度は、中等度から高度へと漸増的に上げていくことが大切です。トレ-ニング時間は、1回1時間で週3回、10週以上行うようにしましょう。

 フレイルの状態にある人も、脳卒中や心筋梗塞を予防するために、血圧は、しっかりと下げておく必要があります。但し、フレイルの人は、血圧の調節が上手くいかないことがあり、立ち上がった時に急に血圧が下がって立ちくらみを起こすことがあるので、注意が必要です。また、糖尿病があると、フレイルになりやすいことが分かっています。但し、糖尿病の治療で低血糖を引き起こすと、それがフレイルの原因になります。糖尿病の人のフレイルを予防する為には、高血糖を避けるだけでなく、低血糖をおこさないことも大切です。


要介護状態の高齢者では、血清アルブミンが大切です

(30年7月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

今回は、高齢者の血液検査の見方を説明します。ヘモグロビンの値は、貧血の程度を示します。高齢者の貧血は、鉄の摂取不足が原因とは限りません。時に、胃癌や大腸癌からの出血で貧血になっていることがあり、また、血液を造っている骨髄の疾患が隠れている場合もあります。クレアチニンは、筋肉で産生され腎臓から排出されます。腎機能が悪化すると、排泄されずに血中に蓄積するため高値となります。しかし、元々筋肉の少ない高齢女性では、若い男性に比べてクレアチニンの産生量が少ないため、腎機能が悪くなっても血中のクレアチニンがそれ程上昇しません。このため、高齢者では、腎機能の指標として、クレアチニンよりも性別や年齢で補正したeGFRを参考にすることをお勧めします。

 今日測定した血糖やコレステロ-ル値が高くても、そのために動脈硬化が進行し心筋梗塞や脳梗塞を発症するのは、何年も先の話です。高齢者では、すでに動脈硬化が進行している人も多く、低血糖が、交感神経を緊張させ血管が収縮し、眼底出血や心筋梗塞を誘発することがあります。また、低血糖が、認知症を進行させたり、低血糖によるふらつきが転倒による骨折を招くことがあります。このため、糖尿病で治療中の場合、低血糖にも注意が必要です。高齢になると、肺炎などの感染症による死亡が増加します。感染症を防ぐためには、栄養状態を良くする必要があり、栄養状態の指標である血清アルブミンを4.0以上に保つことが大切です。高齢者では、アルブミン値にも注意して下さい

廃用症候群を防ぐ
(30年6月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 過度の安静によって引き起こされる機能低下を廃用症候群と言います。私達は、地球の引力に抗することにより、筋力や骨の強さを維持しています。高齢者では、短期間の寝たきりを契機に、筋の萎縮や関節の拘縮が進み、そのことが更に不活発な状態を招く悪循環へ容易に陥ります。そして、安静にすることが、心機能や呼吸機能を低下させ、そのことが更に筋力を低下させる負のスパイラルが始まります。そうすると食欲も低下し、栄養状態も悪化、更に筋力が低下していきます。また、安静のため関節の可動域が低下して関節の拘縮をおこすと、筋力が回復しても二度と立ち上がれなくなってしまいます。認知症がありますと、リハビリに対する意欲も欠けるため、益々筋力が低下します。さらに、寝たきり状態は、体内時計の乱れを招き、夜間の不穏を誘発します。治療のため絶食にしたことをきっかけに嚥下機能が低下し、食事を食べられなくなることや、入院時の安静が、筋力低下を招き、そのまま寝たきりになってしまうことは、珍しくありません。このため、最近では、入院しても過度の安静はおこなわず、早期に離床を促す傾向にあります。

 高齢者は、以前出来ていたことが、一つ一つ出来なくなっていきます。高齢者には、機能の回復としてだけでなく、現状を維持するためのリハビリも必要と考えています。高齢者には、寝たきりよりも座りきり、少しでも現状を回復させること、単なる筋トレではなく、認知機能、嚥下機能、栄養状態を総合的に回復させるリハビリテ-ションが必要と考えています。


口腔ケア

(30年5月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)  

日本人の口腔内には、500~700種の細菌が常在するといます。全身麻酔の手術を受ける前に口腔ケアをおこなうと、術後に肺炎を発症するリスクが減少することが分かっています。最近、高齢者の誤嚥性肺炎が増加し、口腔ケアの重要性が広く認識されるようになりました。今回、高齢者の口腔ケアでの注意点を記載してみました。

 頬を膨らませるブクブクうがいは、細菌を吐き出すのに有効です。頭を後ろに反らしておこなうガラガラうがいは、風邪などの感染症予防に効果があると考えられていますが、誤嚥の危険があるため、注意が必要です。唾液の分泌が減少している人は、食事前に唾液腺をマッサ-ジすることも有用です。汚れた入れ歯を装着したままの睡眠は、避けましょう。胃ろうにより食事を摂取しなくなった人は、唾液の量も少なくなっています。このため、口腔ケアがより重要になります。

 次に、口腔の簡単な見方を説明します。声は、低くなったりかすれていませんか。上手く嚥下出来ていますか。唇は、乾燥したり、割れていたり、潰瘍が出来ていたり、出血したりしていませんか。舌に舌苔、水疱、ひび割れなどはみられませんか。唾液は、水っぽくさらさらしていますか。唾液が減少したり、ねばねばしていることはないでしょうか。粘膜はピンク色で、潤いがあるでしょうか。発赤や潰瘍はみられないでしょうか。歯肉は、ピンク色で引き締まっていますか。歯肉からの出血はありませんか。高齢者の介護では、口腔内にも気を配り、異常があれば歯科医に御相談下さい。 


認知症の音楽療法

(30年4月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  福寿では、毎日約30分間エレクトーンの生演奏に合わせて、懐かしい童謡や唱歌を歌ったり、音楽に合わせた簡単な手遊びや体操をおこなっています。
鼓膜に達した音は、蝸牛神経を通って脳幹に入り、中脳を経て側頭葉の一次聴覚野に至り、音楽として認識します。
リズムの受容には、左半球の小脳、大脳基底核、前頭葉の回路が、和音の受容には側頭葉の前部が、ピッチの高低の比較には頭頂葉と前頭葉のネットワ-クが関与すると考えられています。このようにして、伴奏を聞き分ける一方、前頭葉でつくられた運動プログラムが運動野に至り、喉や舌などの筋肉に伝えられて歌を歌うことが出来ます。伴奏に合わせて歌う時の複雑な脳の動きが、脳を活性化し認知症の進行予防に役立つことを期待しています。また、歌うことで鍛えられる喉の筋肉が、誤嚥の予防に役立つと考えています。
最近、三重大学から、音楽に合わせて運動することを1年間続けた結果、認知機能テストの成績が改善するだけでなく。MRI検査で脳の容積が増加したと報告されました。この研究結果を踏まえ、福寿では、音楽に合わせて歌うだけでなく、歌に合わせた手遊びや体操を取り入れています。

 認知症になると、中核症状と言われるもの忘れだけでなく、周辺症状と言われる不安、興奮、睡眠障害等の症状もしばしみられます。これまでの研究で、音楽療法は、不安を和らげる効果があるとされています。また、音楽は、自分が輝いていた時代を思い出す回想法にもなります。音楽療法は、楽しくて有用な認知症の治療と考えています。


ミキサ-食

(30年3月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 在宅での介護で大変なのが、介護食です。忙しい毎日、高齢者の介護食を別に作ることは、容易ではありません。今回は、ミキサー食についてのお話です。ミキサー食は、一般に「作るのが、大変」、「みた目が、まずそう」等のマイナスイメージが多いようです。しかし、意識していないだけで、私たちが日頃口にしている物にもミキサー食が沢山あります。かぼちゃのスープ、かぶのポタージュ、テリーヌやパテ、デザートのムース等等。これらはミキサー食の様なものです。ミキサー食を「特別につくる介護食」というイメージから「家族で美味しく食べられる食事」へと発想を転換してみませんか。

かぶのポタージュを作ってみましょう。かぶ200g、玉葱1/2個、オリーブ油大さじ1杯、塩少々を鍋に入れて軽く炒め、材料がやっと浸かる程度のひたひたの水で柔らかくなるまで弱~中火で煮込んでからミキサーかブレンダーでペ-スト状にします。ポイントは、水を入れ過ぎず、濃い濃度で仕上げることです。濃いペ-スト状から介護者の嚥下状態に合わせ、牛乳や豆乳などで濃度調節をします。家族用も好みの濃度に薄めて塩で味を調えます。薄める前の濃いペースト状の物は、製氷型や保存袋に薄く延ばし冷凍保存できます。かぶを芋類、大根、人参、ホールトマトなどに代えると色んな物が作れます。また、肉や魚の上にかけるとろみのソース代わりとしても使えます。
一度に沢山作り冷凍保存すれば、時間にゆとりが出来、気持ちのゆとりに繋がるかも知れません。(福寿栄養管理部



地域包括ケアシステム

(30年2月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

地域包括ケアシステムとは、地域に生活する高齢者の住まい、医療、介護、予防、生活支援を一体的に提供するためのケアシステムで、厚生労働省が、団塊の世代が75歳以上になる2025年をめどに実現をめだしています。人生の最後まで、住み慣れた地域で、自分らしい生活を続けることを目標とし、医療、介護、地域住民の連携が大切とされており、国ベ-スではなく自治体ベ-スでのその地域にあったケアシステムの構築が、期待されています。
福寿は、包括ケアシステムの実現に於いて医療と介護の連携を重視しています。医療従事者が、転倒による骨折のリスクが高いと判断した場合、骨粗鬆症のお薬を処方するだけでなく、手すりの位置、段差の解消、履き物の工夫、筋力トレ-ニングなどについて家族やケアマネと相談します。誤嚥による肺炎のリスクが高いと判断した場合は、発熱時に抗生剤を処方するだけではなく、食事の姿勢や一口の大きさをまずお聞きします。寝ている間に唾液を誤嚥して肺炎を起こす人が多いことから、就寝前の口腔ケアが出来ているかを点検し、その人に合った嚥下食などについて栄養士や調理師と相談します。この時に、忘れてはならないのが、普通食を希望されているのか、ミキサ-でつぶした食事も受け入れられるのか、胃ろうを増設してでも長生きすることを希望されているのかと言う御本人の御意向です。福寿は、地域包括ケアシステムに於いて、自分らしい生活を続けることとは、最後まで人生を御自身で選択することと考えています


手引き歩行

(30年1月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

歩行時に転倒しないよう介助する方法の一つに手引き歩行があります。手引き歩行は、介助者が介助される人の前に立ち、互いに向き合い、互いの両腕を持って歩く方法です。介助される人は、介助者の両方の肘か二の腕を持ちます。介助者は、相手の肘や手の関節を下から支え、介助する人とされる人の腕が1本になるように組みます。介助される人に介助者の腕を持って頂くことで、介助される人が転倒しそうになった時は、介助者は腕を放して相手の体を支えることが出来ます。介助者は、相手の右足が前に出た時に自分の左足を後ろに引きます。相手の腕を引っ張て無理に前に出させようとするのではなく、足が出るのを待ちます。また、歩幅も介助される人に合わせることが大切です。

 介助者は、後ろが見えないため、介助される人に足元ではなく上を向いていただくよう声をかけるようにしましょう。このため、視力障害のある人の介助には、向かない方法と言えます。段差などで介助者自身が転倒してはいけませんので、家の中など状況の分かっているところや短い距離の移動での介助に適しています。手引き歩行は、前後への転倒の回避に有効で、両下肢の筋力が衰えた高齢者の歩行介助に適しています。また、お互いに表情が見え、手を握り合っていることで安心感が生まれ、歩くことに消極的になっている高齢者にも有効です。但し、脳梗塞の後遺症などのため片麻痺のある人には、手引き歩行よりも、介助者が麻痺側に立って相手を支えながらおこなう寄り添う歩行介助が適しています。

 
もの忘れ=アルツハイマ-病ではありません
(29年12月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 アルツハイマ-病は、高齢者の認知症の最大の原因です。しかし、もの忘れを来す疾患は、アルツハイマ-病だけではありません。今回、アルツハイマ-病と間違われやすい内科疾患について記載してみました。甲状腺機能低下症では、食欲低下や浮腫等がみられますが、特徴的な症状がないため見逃されることがあり、高齢者では認知症の原因となることもあります。ビタミンBの欠乏も認知症の原因になります。大酒家や偏食する人には、ビタミンB1の欠乏が、胃癌のため胃を摘出した人や萎縮性胃炎のある人の一部には、ビタミンB12の欠乏がみられることがあります。これらの認知症は、甲状腺ホルモンやビタミン剤の投与によりすみやかに回復します。肝硬変の悪化でも、認知機能が、低下します。このような場合、アンモニアを測定し、高値であれば肝硬変に対する治療が必要です。糖尿病の治療中に低血糖を起こすと、一見、認知機能が低下したように見えます。糖尿病患者様が、急におかしなことを言った場合、低血糖の可能性を考える必要があります。転倒して1ヶ月後ぐらいに、歩行が困難になったり、認知機能が低下した場合は、慢性硬膜下血腫による認知症かも知れません。慢性硬膜下血腫は、軽微な外傷でも起こるため転倒したことを忘れている場合があります。慢性硬膜下血腫による認知症は、手術により回復します。
アルツハイマ-病は、何年もかけてゆっくり進行します。認知症が、急に発症した場合は、内科疾患が隠れている場合がありますので、御注意下さい。


高齢者は、亜鉛欠乏に御注意下さい
(29年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 高齢者の6割が、ミネラルである「亜鉛」が不足していると言われています。亜鉛の不足は、食欲不振、床ずれの遷延、味覚障害、口内炎などの原因となります。このため、「褥瘡(じょくそう)の予防・治療ガイドライン」では、亜鉛1日15mgが必要と記載されています。亜鉛が多く含まれている食品は、二枚貝のカキ(牡蠣)5~6個で7.9g、牛もも肉100gで4.4g、豚レバー60gで4.1g、牛レバー60gで2.3gなどです。亜鉛の不足は、血液検査で知ることが出来、血清亜鉛値が70μg/dl以下であれば亜鉛不足と考えられます。亜鉛の吸収を助けるものとして、肉や魚介類などの動物性たんぱく質やビタミンC、クエン酸などがあります。このため、牡蠣にレモンを絞って食べると亜鉛の吸収がさらによくなります。
亜鉛と共に最近注目されている栄養素に、「アルギニン」というアミノ酸の一種のタンパク質があります。アルギニンには、代謝の活性化、筋肉強化、免疫力を高める、血行改善などの働きがあります。褥瘡(じょくそう)で皮膚の圧迫により血流が悪くなり壊死している場合、アルギニンが褥瘡の治療や予防に役立つ栄養素となります。アルギニンは、1日に2000~4000mg必要と言われ、豚ロース肉薄切り4枚、マグロ刺身7切、アーモンド5粒でそれぞれ1000mgです。 医療機関では、今年3月から酢酸亜鉛水和物(ノベルジン)が亜鉛欠乏症に対する治療薬として処方出来るようになりました。また、亜鉛とアルギニンなどタンパク質が手軽に摂れる介護食品なども市販されています。


転倒は命の黄色信号
(29年10月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 高齢女性が要介護状態になる原因の、第一位は脳卒中、第二位は転倒・転落であり、転倒は命の黄色信号とも言われています。今回、日常生活で転倒しないためにできる工夫について考えてみました。高齢者は、歩道と車道の境界、マンホ-ルと道路の境界、アスファルトの割れ目などの軽微な段差でも転倒します。さらに、高齢者の転倒のうち、屋外での転倒は約3割に過ぎず、残りの7割は寝室、居室、台所といった日常生活の場でおこっています。まず、門から玄関にかけては、植木鉢やホースなどが導線上に置かれていないか見て下さい。次に、足下を覆うような雑草が生えていないか注意しましょう。玄関では、履かない靴が散乱していないかみてみましょう。滑りやすい靴下は履かないようにし、スリッパは滑りやすいので御注意下さい。高齢者が脚立などに上って転落する事故はよくあります。台所では、高いところに物を置かないようにしましょう。台所や浴室は、水がはねて濡れていないか注意してください。浴室のバスマットが、浮いて滑りやすくなっていないか確認しましょう。高齢になると、暗いところでの対応ができにくくなります。寝室では、照明のスイッチはリモコンにして、すぐ手元に置いておくことをお勧めします。寝室からトイレへの導線上には、物を置かないようにしましょう。廊下の照明のスイッチはすぐ分かる場所につけ、分かりづらい場合は、蓄光ランプ、蓄光テープなどを貼っておきます。足下が暗い場合は、常用灯を設置することを御検討下さい。


キサー食をおいしくするには

(29年9月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 高齢になると噛んだり飲み込んだりが難しくなります。しかし、そのために家族とは別の食事を用意するのは大変です。その様な時に役に立つのが、ミキサ-です。しかし、肉や魚料理のように水分の少ない料理をミキサーにかけても上手く回りません。お水を足すと味が薄くなってしまいます。今回は、おいしいミキサー食の作り方のお話です。
お肉は、調味料の入っただしやス-プを混ぜて回してみましょう。焼き肉の場合は、油脂を加えてミキサ-にかけ、たれを少量つけてみましょう。赤身の魚や脂ののった部分は、ミキサーにかけると比較的なめらかになりますが、白身魚は繊維が残る感じがします。このような時は、はんぺんを混ぜるとなめらかにまとまりやすくなります。煮物では煮汁を、煮魚では、味が濃くなりすぎないよう注意しながら煮汁を加えてみましょう。じゃが芋やさつま芋などのデンプン類は、ミキサーにかけると粘りが出てしまい口の中や喉に残りやすくなります。ザルなどを使って裏ごしをした後、マヨネーズ、ごま油、バタ-、サラダ油などの油脂を加えるとなめらかに仕上がります。スープやみそ汁は、野菜などの具と一緒にミキサーにかけると適度にとろみがつき飲みやすくなります。果物は、皮を剥いてミキサーにかけます。ミキサーにかけるととろみがついて食べやすいものに、柿、キウイ、葡萄、バナナ、桃、イチゴなどがあります。一方、スイカ、林檎、梨、ミカンは、サラサラになるので適しません。果物は、熟したものを選び、熟していない果物は皮を剥きポリ袋に入れて一度冷凍します。冷凍により食物繊維が破壊され解凍すると柔らかくて食べやすい食材となります。


癌終末期の介護
(29年8月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 介護の原点は、利用者様に元気になって頂くことです。しかし、残念ながら現在の医療では治療できない疾患がたくさんあります。日本人の2人に一人は、癌になり、3人に一人が癌で亡くなられます。癌の場合、ある時期まで抗癌剤が有効ですが、途中から効かなくなることが多々あります。また、高齢者では、副作用のため抗癌剤を使用出来ないことも少なくありません。そのような時の選択肢の一つが、在宅での看取りです。今回は、癌終末期の介護について記載してみました。

 癌の末期では、寝たきりの状態が長く続くことは少なく、個人差はあるものの、寝たきりになると1ヶ月、食べられなくなると1週間程度で亡くなられることが多い様です。消化癌で、他の臓器が比較的元気な場合は、高カロリ-輸液で延命を図ることは可能ですが、癌が全身に転移した終末期には、末梢からの点滴で栄養を入れても体が利用することが出来ず、水分増加による浮腫を増悪させます。最後まで、自分の口から食事をして頂くためには、口腔内を乾燥させないためのケアが大切です。食事が出来なくなっても冷たいものは、比較的食べやすいようです。アイスクリ-ムやエンシュアリキッドなどの栄養剤を凍らせて試してみて下さい。癌の痛みは、通常の鎮痛剤で抑えることは難しく、多くは、麻薬が必要になります。麻薬は、眠気や食欲低下に注意しながら、痛みが取れるまでゆっくりと増量します。このため、痛みの軽いうちから我慢せず、必要があれば、麻薬を使用されることをお勧めします。在宅医療で欠かせないのが、訪問診療をおこなう医師と介護力です。高齢者住宅「福寿」では、入居者様のご希望があれば医師と連携した癌終末期の看取りもサポ-トしています。


一人一人が輝く社会を
(29年7月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 今回、福寿の運営理念である「一人一人が輝く社会」に込められた願いを紹介させて頂きます。福寿のスタッフは、一人一人みんな違います。そして、違っていることが、素晴らしいことだと考えています。年齢、職歴、性別、特技、勤務できる時間、生活環境、学歴、資格、体力など、どれ一つとっても同じ人はいません。その人が出来ることを、その人が出来る時間に、特技や能力を活かしておこなえる環境を造ることで、一人一人のスタッフに輝いて欲しいと願っています。

 福寿が、スタッフ以上に輝いて欲しいと願っているのは、利用者様にです。福寿は、利用者様をお預かりするだけの組織ではありません。認知症があっても、それは単にもの忘れであり、幸せに生きることが出来るはずです。手足の筋力が衰えても、残った能力を活かし、リハビリを通して機能の回復に努め、寝たきりを予防することは可能かも知れません。脳梗塞になっても、嚥下リハと食事の工夫により、胃ろうを入れないで食事を続けられる人を一人でも増やしたいと考えています。このため、看護師、作業療法士、管理栄養士と介護士が一緒に働くシステムになっています。

 そして、最も輝いて頂きたいのが、利用者様の御家族です。福寿は、連携クリニックからの定期的な訪問診療により病気の早期発見に努め、入院の必要のある時には、御家族の希望される医療機関を受診して頂きます。また、21台の防犯カメラで事故防止に努めています。利用者様の御家族が、安心して仕事に打ち込める環境を提供する。そして、御家族も介護疲れに陥ることなく輝くことが出来る。これは、福寿の最大の目的です。

 
サルコペニアの予防は、健康寿命を伸ばす
(29年6月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 平均寿命と健康寿命の間には、約10年の差があります。その2大原因は、認知症と筋力の低下です。人は、 50歳代後半から筋量が低下しはじめます。サルコペニアとは、筋量の低下に加えて筋力や身体機能の低下を伴う状態とされています。握力が、男性で26Kg未満、女性で18Kg未満、もしくは、歩行速度が、0.8m/sec以下の状態で、体組成計で測定した筋量が低下していれば、サルコペニアと診断されます。サルコペニアの予防や改善のための運動としては、単なるウオ-キングだけでなく、週2,3回、筋力を鍛えるレジスタンストレ-ニングを併用することが効果的です。但し、高齢者向けにいくつか改良を加えます。まず、心臓に負担にならないよう息を止めずにおこなって下さい。心臓病や膝の痛みなどがある場合、医師と相談してから行いましょう。大腿四頭筋のトレ-ニングとしては、スクワットや椅子への立ち座りなど、屈伸運動を行うのが効果的です。立位の安定している人は腰に手をあて、不安定な人は机や手すりを把持して行います。ゆっくりと3~5秒かけて椅子に座る直前の高さまで腰を落とし、そこからまた3~5秒かけて元の姿勢に戻ります。ゆっくりと行うことにより、持続的に筋が収縮し筋血流を抑制することで、低強度負荷でも筋力を増強することが出来ます。下腿三頭筋のトレ-ニングとしては、かかとを上げ下げする運動(カ-フレイズ)が、効果的です。反復回数は、1セットにつき8~12回とし、連続12回の反復が可能になれば、連続8回の負荷が可能な程度に負荷を増量します。


社会的ネットワ-クや知的活動は、認知症を防ぐ
(29年5月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)  

  世界的に有名な医学雑誌ランセットに2000年に記載された論文によると、健康な75歳以上の高齢者を3年間追跡したところ、①結婚して誰かと同居し、②子供と毎日~毎週満足する接触を持ち、③近しい関係のある人と毎日~毎週満足する接触を持つ人が、この間に認知症を発症した割合は、1.9 % であったのに対し、①結婚しておらず一人暮らしで、②子供がおらず、③近しい関係にある人もいない人が、認知症を発症した割合は、15.7 % であったそうです。日本人を対象とした研究でも、手紙を書かない、電話をしない、友人や親族を訪ねることがない、めったに外出しない、社交的でない、友人の訪問がないなどの社会的ネットワ-クに乏しい人は、認知症を発症しやすいと報告されています。

 また、文章を読む、ゲ-ムをする等の知的行動習慣も認知症を予防することも分かっています。テレビを見る、ラジオを聴く、新聞を読む、本を読む、雑誌を読む、トランプ・チェス・クロスワ-ド・パズル等のゲ-ムをする、博物館に行くと言った7つの項目で知的活動の頻度を評価した研究では、知的活動の最も低い人達にくらべ、最も高い人達は、認知症の発症が、47%低下していたそうです。も

 遊具が豊富で刺激豊かな環境で飼育したマウスの脳内には、認知症の原因物質であるアミロイドβ蛋白質の沈着量が少なく、アミロイドβ蛋白質を分解するネプリライシンが多く生成されることや神経ネットワ-クが強化されることが明らかになっており、知的活動の効果は、動物実験でも裏付けられています。


転倒を防ぐ

(29年4月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  高齢者の1年間の転倒発生率は、10~30%と推定されています。また、60~79歳の高齢者が転倒した場合、40%が打撲し、8%が骨折したとの報告があります。転倒による大腿骨や脊椎の骨折が原因で要介護状態に陥る人は、少なくありません。過去1年間に転倒したことのある高齢者における今後1年間の転倒の発生率は、転倒したことのない人と比べて5.2倍と言われています。

 転倒の既往がない人同士を比較した場合、次の21項目のうち10個以上当てはまる人は、ない人に比べて2倍の転倒リスクがあります。

①最近、つまずくことがある。
②手すりがないと階段を上り下りできない。
③歩く速度が、遅くなった。
④横断歩道を青のうちに渡りきれない。
⑤1Kmを続けて歩くことが出来ない。
⑥5秒間の片足立ちができない。
⑦杖を使っている。
⑧タオルを固く絞れない。
⑨めまいやふらつきがある。
⑩背中が丸くなってきた。
⑪膝が痛む。
⑫目が見えにくい。
⑬耳が聞こえにくい。
⑭もの忘れが気になる。
⑮転ばないかと不安になる。
⑯毎日お薬を5種類以上内服している。
⑰家の中を歩く時暗く感じる。
⑱廊下、居間、玄関によけて通る物が置いてある。
⑲家の中に段差がある。
⑳普段の生活で階段を使う。
普段、家の近くの急な坂道を歩く。

 ①~⑧は、身体機能の衰えを、⑨~⑯は、加齢の影響を、⑰~は、環境要因を反映しており、転倒には様々な因子が関与していることが分かります。転倒の予防には、筋力だけでなく、バランス感覚や住宅環境にも気をつける必要があります。


嚥下食
(29年3月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  食事の時やお茶を飲む時にむせるようになると、食事を柔らかくしたり、お茶にとろみ剤を入れる等の工夫が必要になります。今回、嚥下食を造る時の注意点をまとめてみました。

 細かく刻んだ刻み食を嚥下食と思っておられる方がいますが、これは間違いです。刻み食は、上手く噛むことは出来ないが嚥下はできるという人のためのものであり、嚥下機能の低下した高齢者には向きません。硬い食材はどんなに細かく刻んでも硬い粒にしかならず、飲み込みにくさが残るからです。上手く嚥下して頂くためには、適度に軟らかく、べとつかず、まとまりやすさが必要です。嚥下障害のある方にとって、適度にとろみのあるポタ-ジュス-プは飲みやすいのに対して、粘度の低い味噌汁は飲みにくい食品となります。

 上手く嚥下できないことによる窒息は、お餅だけでなく、ご飯やパンでもみられます。食事を嚥下する時は、適度な水分を含んでいないと咽頭を円滑に通過して食道に送り込むことができません。従って、パンのような乾燥した食品は、咀嚼して唾液と混ぜ合わせて飲み込みやすいドロドロとした形にしないと上手く嚥下できません。咀嚼機能の低下した方では、パンのような乾燥した食物は喉に詰まってしまうことがあります。

 ご飯お茶碗一杯が168カロリ-であるのに対し、全がゆのお茶碗一杯は71カロリ-しかありません。このため、嚥下をしやすくするためのゼリ-食やペ-スト食では、カロリ-が不足しないよう注意が必要です。


嚥下機能の見方
(29年2月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  加齢に伴い嚥下機能が、低下します。また、知らない間に小さな脳梗塞を起こし、嚥下機能が低下している場合があります。そのことに気づかずにいると、誤嚥による肺炎や窒息による死亡につながりかねません。お正月にお餅を詰まらせて亡くなる高齢者が、後を絶たないのもその一つと言えます。そこで、今回、簡単な嚥下テストを紹介します。

 30ccの水を入れたコップを用意し、いつものように飲んで頂きます。5秒以内にむせることなく飲めれば、正常と判断します。5秒以上かかる場合や、2回に分けて飲んだ場合は、嚥下機能の低下が疑われます。飲水時にむせる場合は、嚥下機能に問題がある可能性が高いと言えます。別の方法も紹介しておきましょう。100ccのお水を入れたコップを用意して下さい。それをストップウオッチで時間を計りながら、合図とともに出来るだけ早く飲んでみましょう。10秒以内にむせることなくすべて飲めれば合格です。嚥下に10秒以上かかる場合、飲み終わってから1分以内に咳き込みや声がれがある場合は、嚥下機能の障害を疑います。途中で咳き込むようなことがあれば、嚥下障害が疑われますので、テストを中止してください。これらの検査は、嚥下機能のスクリ-ニング検査です。すでに嚥下機能に障害があると診断されている人は、危険ですのでおこなわないで下さい。また、食事中によくむせている人も嚥下機能が低下している可能性が高いので、テストを行わず、医師と相談してください。この他、比較的安全におこなえる検査に、反復唾液飲み込みテストがあります。口腔内を水または氷水で少し湿らせた後、空嚥下をして頂きます。30秒間に3回以上空嚥下ができれば、合格です。


脳血管性認知症
(29年1月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  認知症の原因は、様々です。脳血管性認知症は、脳にアミロイドβが蓄積しておこるアルツハイマー型認知症の次に多い認知症の原因です。脳血管性認知症は、脳の血管が詰まる脳梗塞や破れる脳出血が原因となって発症します。脳梗塞で入院した後急に認知症が進んだ場合、脳血管性認知症の診断は容易ですが、それ以外の病態もみられます。症状のない小さな脳梗塞を何度も繰り返すうちに進行する認知症や、大脳深部を灌流する細い血管の動脈硬化のため慢性の循環障害が起こり認知症を来すビンスワンガー病では、徐々に発症するため、症状からアルツハイマー型認知症と鑑別することは、しばしば困難です。

 脳血管性認知症に特効薬はありません。しかしながら、若い頃から高血圧、糖尿病、脂質異常症をしっかり治療しておくことにより予防できる疾患です。また、抗血小板剤は、血液をサラサラにして血管の閉塞を抑える作用があるため進行を予防する効果があります。抗血小板剤の一つであるシロスタゾールには、脳血流を改善する作用があり、脳血流の改善がアルツハイマー型認知症の原因であるアミロイドβの蓄積も抑制するため、アルツハイマー型認知症の進行も抑えるとの報告があります。但し、抗血小板剤は、脳出血を発症した場合に状態を悪化させることがあるので、注意が必要です。脳血管性認知症は、アルツハイマー型認知症をしばしば合併します。このこともあって、脳血管性認知症の一部には、アルツハイマー型認知症に用いられるアリセプトなどの薬剤が有効です。

 

回想法
(28年12月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 回想法とは、アメリカの精神科医ロバート・バトラーは、高齢者の回想を後ろ向きな行動ととらえるのではなく、むしろ自然なおこないであり、老年期に穏やかに過ごす上で積極的な意味を持つものととらえました。そして、高齢になり、死が近づくにつれて、過去を回想する頻度が高まることは、自ら歩んだ人生を振り返り、その意味を模索しようとする自然な過程であり、もし、その中に未解決な問題や死に対する恐怖が解決したならば、心理的安定と共に個人の生活に新しい意味と意義がもたらされると考えました。

 認知症の方に対する回想法は、満足感、安心感を得ると伴に、自尊心を取り戻すのに役立つと言われています。福寿では、時に昔の写真をみながら、過去を回想して頂いています。回想法をおこなうにあたっては、否定的な表現をせず、肯定的な表現で伝えるよう気をつけています、男性の場合、家族のために、会社のためにいかに努力をしてきたかという自負心や誇りがあり、若い頃に頑張ってきたことをお話される人が多いように感じます。一方、女性の場合は、私が嫁にきた時にはと言ったような苦労話を多くして頂けます。

人は、社会的な生き物ですから他人との関係の中で自分を理解してもらいたいとの願望があり、回想法をおこなうと、内面的な満足感や充実感が得られると考えています。私達が、回想法をおこなう時は、できるだけたくさんお話をして頂くため、はい、いいえで答えられるような質問はしないよう心掛けています。御家庭でも、その話は前に聞いたからとは言わずに、時間の許す限り、昔話を聞いてあげてください。御家族の場合、実際どうであったかわかっているケースも多く、間違ったことを言っていると気付く場合も多々あると思いますが、決して否定せず、傾聴してあげて頂きたいと思います。

 

ユマニチュ-ド(続編
(28年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

  前回紹介したユマニチュ-ドは、Humanitude と記載する仏語の造語です。英語読みをするとヒュ-マニチュ-ドになり、人間らしくあるという意味になります。ユマニチュ-ドは、介護や医療の現場で認知症の人の尊厳が保たれていないことが、認知症をさらに悪化させているのではないかという考えから造られた介護の技法です。今回、ユマニチュ-ドについて、具体的に記載をしてみます。

 車椅子の人に話しかける時は、上から話しかけるのではなく、腰をかがめ目の高さを同じにして正面から話しかけましょう。背中が曲がっている人には、さらにかがんで下から話しかけます。食事の介助では、スプ-ンを目の高さまで持ち上げて、しっかり見せてから食べてもらいます。入浴の介助時は、これから腕を洗いますとか、次は手のひらですと話しかけながら洗います。布団をかける時も寒くないようにお布団をかけますねと話しかけます。

人間の感覚は、背中や臀部に比べ、唇、顔、手のひらは敏感にできています。このため、いきなり顔や手に触れられるとびっくりするので、上腕や背中などの部分から触れるようにします。急に手を掴まれると、連行されるような気持ちになって不安になるので、誘導する場合には、手を掴まないで下から支えるのが基本です。また、指先で押すと体面積辺りの圧力が強くなり、痛みを感じることがあるため、手のひら全体を使って広い面積で相手に触れることが大切です。ユマニチュ-ドにより、最後まで自分らしく生きて頂きたいと私達は、考えています。

 
BPSDとユマニチュ-ド
 

(28年10月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 認知症では、覚えられない、考えられない、判断できない等の症状がみられ、中核症状と言われます。これに対し、認知症の患者さんの一部に、暴行、暴言、徘徊、物盗られ妄想などがみられ、BPSD(周辺症状)と呼ばれます。認知症では、脳が損傷されたことによる中核症状は、避けることが出来ません。しかし、高度の認知症であるにもかかわらずBPSDの全くみられない人もいます。認知症では、物をどこかに置き忘れることはよくあります。これは、中核症状ですが、その時に家族や介護者にどこかにまた置き忘れたんでしょうとイライラされると、それがストレスになり人間関係が悪くなるためBPSDにつながると考えられています。

 フランスで開発された介護技法であるユマニチュ-ドは、この問いかけに対する答えの一つと言えます。さまざまな機能が低下し他者に依存しなくてはいけない状態になっても、その人を尊重し続けることがユマニチュ-ドであると定義されています。そして、ユマニチュ-ドを実行することにより拒否ばかりして暴力的であった人が、穏やかになることは、私達福寿のスタッフも経験しています。ユマニチュ-ドの基本は、「見下ろすのではなく、視線の高さを合わせて正面から見つめる」「介助する時は、心地よく感じる言葉を穏やかな声で語り続ける」「動かす時は、手首をつかまず下から支えるように触る」「筋力、骨、呼吸機能を鍛えるために立たせるように努める」などです。ユマニチュ-ドにより最後まで自分らしく生きて頂きたいと私達は考えています。

床ずれ(褥瘡)を防ぐには 

(28年9月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 寝具や車椅子により皮膚が持続的に圧迫され続けることによって、皮膚や軟部組織の血流が低下し損傷され褥瘡が発生します。自分で体を動かせない寝たきりの人は、長時間同じ部位が圧迫される危険が高く、褥瘡に注意が必要です。褥瘡は、皮下脂肪の少ない骨の突出した部位に出来やすいため、仙骨部や尾骨部、大腿骨のつけ根、踵などが好発部位です。また、皮下脂肪の少ない痩せた人に発生しやすいと言われています。褥瘡の予防には、栄養状態を少しでも良くしておくことも、大切です。

 褥瘡の予防には、褥瘡予防マットレスや車椅子用クッションを使用しましょう。寝返りが出来なくなったら、寝返りや起き上がりが容易なやや硬めのマットから、褥瘡の出来にくい体圧分散マットレスへの変更がお勧めです。寝たきりの人にビ-ズや空気の円座を使用しているのを時々見かけますが、円座は、薄いため十分な圧迫の解除が出来ないだけでなく、周囲の皮膚を圧迫し褥瘡の原因となることがあります。このため、寝たきりの人に円座を使用しないで下さい。自分で姿勢変換できない人が、長時間座位を保っていても褥瘡になります。前屈、後屈、側屈と姿勢を時々変換したり、背もたれを後ろに倒すことのできるティルト機構付車椅子を使用するなどして姿勢を変換して下さい。

 骨が突出した部位が赤くなっているのを発見したら、その部位が当たらないように体の向きを変えて下さい。30分経っても皮膚の赤みが消えない場合は、褥瘡の可能性がありますので、医師や看護師にご相談下さい。


発声練習 「パタカラ」
(28年8月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

  肺炎は、癌、心臓病に次いで高齢者の死因の第3位であり、その多くは誤嚥によるものと考えられています。口腔機能が衰えてくると、水分や食べ物を気管に誤嚥するようになり、それが肺炎へとつながっていきます。嚥下する時には、多くの筋肉が働いており、高齢者が誤嚥しないためには、口腔の筋肉を鍛えることが有用です。今回、口腔の筋肉を鍛えるための簡単な体操を紹介します。

 食事をする前に「パタカラ」と発音してみて下さい。パを発音する時は、唇に力を入れしっかり閉じて発音します。パの発音は、食べ物を飲み込む時に必要な圧力を高めるのに役立ちます。タは、舌先で上前歯の裏側を打って発音します。飲み込む時、舌が食塊を口の天井に押しつける動作をするので、タの発音ができるかどうかは、飲み込む力の評価項目としても重要です。カは、舌をのどの奥に引いて発音します。これも食べ物を飲み込む時の舌の形と一致します。ラは、舌の周囲を緊張させ、舌で口の天井を打つことにより発音します。素早く、10~20回程度発音してみて下さい。上手くできない人は、最初はゆっくり正確に発音するようにし、次第に早くしてみましょう。

 パタカラのそれぞれの音を10秒間続けて言ってみて、何回言えたかを数えてみてください。紙にペンで、・を打ちながら発声すると正確に数えられます。60歳以上の人では1秒間に4回以上、すなわち10秒間に40回以上言えると正常です。要介護高齢者では、健常値にこだわらず、1回でも数字が伸びるよう定期的に練習してみて下さい。 



脳を元気に!
(28年7月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 福寿デイサ-ビスでは、脳の血流を増やし脳を活性化する目的で、計算漢字問題、ぬり絵、クロスワード等に加え、脳修復ワードパズルを行っています。今回、脳修復ワードパズルの幾つかを御紹介しますので、一緒に考えてみて下さい。

 まずは、穴あきしりとりパズルから。イルカ→□□□→スモモ→□□□→ペンキ→□□□→リキシ。□□□には、カラス、モンペ、キコリが、入ります。モンペは、若い人では出てこないかも知れません。次に文字並べ替えパズルです。三文字、五文字、七文字と文字数が増えるに従い難しくなります。まずは、三文字から。サマン、スリク、ンボタ、サミハ、ツキネ。答えは、サンマ、クスリ、ボタン、ハサミ、キツネです。クスリは、リスクでも、ボタンは、タンボでも正解です。三文字は、比較的簡単ですね。次は、五文字の問題です。ラボンクサ、ウトョキウ、クッャシリ、グボンシク。答えは、サクランボ、トウキョウ、シャックリ、ボクシング です。最後は、七文字に挑戦してみましょう。レヒンクンンナ、ジタシャクオマ、デメウュンマキ。正解は、ヒナンクンレン、オタマジャクシ、マメデンキュウです。七文字になると、スタッフもなかなか解けません。
問題は、易しすぎても難しすぎても脳の活性化につながりません。
福寿デイサ-ビスでは、それぞれの利用者様のレベルに合った問題を解いて頂くことを心掛けています。認知症は、脳細胞が減少する疾患です。しかし、常日頃、頭を使うことにより、その進行をある程度防ぐことは出来ます。


介護保険を利用するには

(28年6月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 

 介護保険では、40歳以上の全ての人が、保険料を支払っています。しかし、医療保険と違い、保険料を支払っていても無制限に利用できる訳ではありません。利用できるのは、65歳以上であるか、40歳から64歳で脳卒中、パ-キンソン病、癌の末期など国が定めた16の特定疾患に相当する場合で、尚かつ、介護や支援が必要な状態と認定された人に限定されます。

 介護保険制度を利用するには、まず市町村の窓口で申請をおこないます。その後、調査員による認定調査がおこなわれます。その結果と主治医の書いた意見書を元に介護認定審査会が開かれ、介護度(要支援1,2、要介護15 が決まります。介護保険を利用した場合、所得に応じ1割~2割を自己負担します。介護度が、高くなれば、介護保険で利用できる限度額が大きくなり、多くの介護サ-ビスを受けることが出来ます。但し、介護度が高くなると、同じサ-ビスであっても利用料が高くなる場合があります。

 認定調査は、視力、聴力、麻痺の有無、金銭管理が出来るかなど74項目についての基本調査、家族構成や住宅環境などの概況調査、個人の特別な事情を記載した特記事項などで構成されます。認知症の人では、普段の状態と認定調査時の状態が異なることは、珍しくありません。本人の前で問題行動があるとは言いにくいので、問題点をあらかじめため整理し、メモにして調査員に渡すのも良いでしょう。また、意見書の作成を依頼する主治医には、普段治療を受けている疾患のことだけでなく、日頃の状態を話説明しておいて下さい。

介護ベッドの選び方と使い方

(28年5月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 床や畳から楽に起き上がれる状態であれば、必ずしもベッドを使用する必要はありません。また、立ち上がりは困難でも、這って移動が出来るような人は、介護ベッドを使わない方がよい場合もあります。
しかし、足腰が弱り、一人で立ち上がれなくなってしまった場合、寝たきりになりやすいので、介護用ベッドを使うことをお勧めします。電動介護用ベッドでは、スイッチひとつで高さやベッドの角度を調節することが出来ます。
電動介護用ベッドは、ある程度以上の介護度があると介護保険を用いて1割~2割の負担でレンタルすることが可能です。ベッドは、足を降ろして座った時に、足の裏が床に着く高さに調節しましょう。介護用バ-は、自分で車椅子やポ-タブルトイレに移乗する時に有用です。
片麻痺のある人は、麻痺のない側に介護用バ-を付けておきましょう。エアマットは、褥瘡の予防に有効です。寝返りが困難になり、褥瘡が出来るおそれがある場合は、あらかじめエアマットを使って予防しておくことをお勧めします。ただし、エアマットを使うと、ベッドに力が伝わりにくいため、動きにくくなります。褥瘡の心配がない場合は、寝返りや起き上がりがし易いようにやや固めのマットを選びましょう。

最後に、ベッド゙は、あくまでも寝るための道具です。食事は、ベッド゙を起こしてオバ-テ-ブルで食べるよりも、端座位になってサイドテ-ブルで食べることが望ましく、車椅子に移動できる場合は、家族と一緒に食堂で椅子に座って食べることが望ましいと言えます。


お風呂は、夕方にぬるめのお湯で

(28年4月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 先日、平成26年に家庭内の浴槽で溺死した人数は、この10年間で7割増加し、4866人と発表されました。しかし、この数字は、死亡診断書に溺死と書かれた数値であり、入浴中に発症した心筋梗塞や脳梗塞による死亡は、含まれません。入浴中の死亡者数は、年間約一万四千人と推定されています。入浴中に死亡される人の殆どが高齢者です。入浴中は、脱水状態となり、血液が濃縮し固まりやすくなるため、脳梗塞や心筋梗塞を発症し易いと考えられます。また、高齢者では、自律神経機能が低下しているため、入浴中に血管が拡張せず、血圧が上昇し易いと言われています。血圧の上昇は、心臓の負荷を増大させ、不整脈を誘発し、突然死をきたす危険があります。
しかし、入浴の危険は、血圧の上昇や脱水だけではありません。逆に、血圧低下による失神から溺死することがあります。熱いお湯に長時間浸かっていると、熱射病のような状態になり、血管が過度に拡張することがあります。その結果、過度に血圧が低下、脳血流が減少、湯船の中で意識を消失し溺死状態になってしまうと考えられます。入浴中の事故は、冬に多く、深夜の入浴に多いことが知られています。

冬の入浴を安全におこなうには、更衣室や浴室を暖かくし、お湯との温度の差を小さくしましょう。生理機能の低下した深夜の入浴は、湯船で眠ってしまうリスクが高く危険です。また、食後や飲酒後の入浴は、血圧の低下を招きます。夕方、食事の前に、41度以下のお湯で、10分以内の入浴が、お勧めです。

フレイルとサルコペニア 
(28年3月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。) 
 
加齢に伴い生理的予備能力が低下し、生活機能が低下した状態をフレイル(虚弱)と言います。75歳以上の人の要介護になる原因の第一位は、フレイルです。① 6ヶ月で2~3Kgの体重減少があった。② 以前に比べ、歩く速度が遅くなってきた。③ 週1回以上の運動をする習慣がない。④ 5分前のことを思い出せない。⑤ 訳もなく疲れた感じがする。このうち3つ以上当てはまる場合には、要介護、転倒、死亡のリスクが高くなることが、知られています。 
フレイルには、疾病だけでなく、不活発な生活習慣、口腔機能の低下、低栄養、社会との交流が乏しくなること等が、関与しています。フレイルを予防するには、疾病の治療だけでなく、定年後の社会参加も重要と言えます。また、嚥下機能の低下や歯周病も、低栄養を招き、フレイルの原因となりますので、かかりつけ歯科医を持つことも大切です。
フレイルの最大の原因は、サルコペニア(筋肉減少症)と考えられています。サルコペニアの予防には、ウオ-キングだけでなく、関節が痛くならない範囲でレジスタンス運動いわゆる筋トレを行うことが有効です。高齢者の筋トレは、サルコペニアを予防するだけでなく、糖尿病の予防にもなります。血液検査のアルブミン値は、栄養状態を反映します。アルブミン値の低い人は、栄養状態が悪いと考えられ、サルコペニアの原因となります。

サルコペニアの予防には、蛋白質の摂取や必須アミノ酸の補充が有効です。フレイルによる要介護状態を防ぐには、認知症とサルコペニアの予防が大切と言えます。


 睡眠薬を使わない介護
(28年2月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)  

 よく使われるレンドルミン、デパス等のベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬は、筋弛緩作用があり、転倒による骨折のリスクを増加させます。また、高齢者では、代謝が遅れやすく、昼間の認知機能の低下の原因となります。このため、日本老年医学会の高齢者の安全な薬物療法ガイドラインでは、高齢者に対するベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬の使用を可能な限り控えるよう記載されています。
また、マイスリ-、アモバン、ルネスタ等の非ベンゾジアゼピン系睡眠薬も少量の使用にとどめるなど、慎重に使用するよう記載されています。ところが、これらの薬剤を内服している高齢者は、決して少なくありません。
福寿に入居された利用者様のなかにも、睡眠薬のため昼間も眠そうにしている方が時々おられます。その様な状態で食事をすると、誤嚥して肺炎を発症する危険もあります。
人は、起床直後に太陽光に当たると体内時計がリセットされ、そこから12~13時間の間は、血圧や脈拍が高めに設定され活動に適した状態が続きます。しかし、14~16時間経過し暗くなると松果体からメラトニンの分泌が始まり、手足の末端からの放熱が盛んになり、脳や体の温度が低下して1~2時間のうちに自然な眠気が出現します。

福寿では、入居者様に対する睡眠調査をおこない、夜、寝つきの悪い人には、まず、朝の日光を浴びて頂くよう、また、早く寝てしまい夜中に目が覚めて眠れなくなる人には、体内時計を遅らせるため、夕方に光を浴びて頂くよう工夫をしています。また、1時間以上の昼寝は、夜間熟睡出来ない原因となるため、昼間は、出来るだけ起きて頂けるような介護プランを考えています。


はじめての介護 8 

車いすの選び方と使い方 
(28年1月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。

 車いすには、自分で操作する自走式と介護者が操作する介助式があります。自走式には、後輪の外側に自分で操作するためのハンドリムと呼ばれる輪が付いています。介助式は、後輪が小さく小回りがきくため、主に屋内で使用します。座位が不安定な人には、背もたれの角度が調節出来るリクライニング型があります。電動式は、自走式で長距離を走行する場合や、介助用を急な坂道で用いる場合に向いています。立位が不安定な人は、ひじかけの跳ね上がる車いすを使うと、お尻を横にずらすだけでベッドや便座へ移動することができます。移乗の時、足が、足台に引っかかり易い人には、足台が横に開く車いすが、車いすを運搬する場合には。背もたれの折りたためる車いすが、便利です。

 ベッドから車いすへ移動する場合は、必ずブレ-キをかけ、ベッドと車いすの角度を30度ぐらいにします。車いすを正面に置くとお尻の動かす距離が、長くなるからです。片麻痺のある場合は、健側の手で車いすの肘掛けを持ってから乗れるよう、健側接近が基本となります。介助式の車いすを利用する場合は、出発します、右へ曲がりますなどの声かけをおこなって下さい。車いすを押す速さは、高齢者の歩行速度を意識して下さい。坂道や段差を降りる時は、後ろ向きに降りるのが、基本です。後ろから押していると、介護者の足が足台から落ちていても見えにくいので注意しましょう。また、建物や塀の角では、自転車や車とぶつからないよう一旦停止が必要です。最後に、車いすは、移動の道具です。食事をする時などは、きちんとした姿勢がとれるよう、必ず椅子に座り直すようにして下さい。 

 

はじめての介護 その7
パーソン・センタード・ケア
(27年12月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。

  パーソン・センタード・ケアとは1997年に英国の心理学者トム・キッドウッドによって提唱された患者様を中心としたケアという概念です。 第2次世界大戦後、文化人類学者らは、発展途上国といわれる国々は決して文明的に遅れた国々ではないと主張するようになり、西洋社会とは異なるその社会独自の素晴らしい文化や文明があることを明らかにしました。そしてこの考え方が、高齢者や子供は、成人男性とは異なる存在ではあるが、成人男性に比べて劣っているわけではないという考え方に発展しました。トムキッド・ウッドは、この考え方を認知症にも当てはめ、パーソン・センタード・ケアという概念を確立しました。

 パーソン・センタード・ケアの内容を列挙してみますと、① 認知症の人をよく知ることが大事である。② 認知症の人に対し、尊敬の念を持ち、決して劣った人とみなしてはいけない。③ 認知症の人の思いにそって対応する。④ できないことではなく、できることに注目する。⑤ 介護者の考え方を強制しない。⑥ 障害にあったコミュニケーションを試みる。⑦ 介護する人、介護される人という関係ではなく協調的なパートナー関係を造る。⑧ その人にとって有意義な意味のある日常生活を送って頂く。⑨ 興味のない活動への参加を強制しない。⑩ 失敗しても受け止め、補い、責めない。⑪ 認知症に伴うさまざまな症状(周辺症状)には意味があり、原因や背景を理解し、それをおさえるだけの対応は避ける。

トム・キッドウッドは、認知症ケアの目的を、「認知症が進行しても、周囲からの支えを得て、最後まで認知症の人が社会的存在であり続けること」と述べています。 

 

はじめての介護 その6
レビー小体型認知症とは

(27年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)  

レビー小体型認知症は、アルツハイマ-型認知症に次に多くみられる認知症です。レビー小体型認知症では、レビー小体といわれる物質が脳細胞の中に多数みられます。レビー小体が、大脳皮質に広範に出現するとレビー小体型認知症になり、脳幹部といわれる脳の中心部分に出現するとパーキンソン病になります。レビー小体型認知症では、大脳皮質の後頭葉といわれる視覚を司る部位に障害をきたしやすく、壁にかけられた洋服を人と見間違う等の誤認がしばしば見られます。従って、この疾患では、部屋を明るくしてよく見える環境にすると共に、壁に洋服をかけない等の注意も必要です。見えないものが見える幻視もしばしばみられ、虫、小動物、子供等がみえることが多いようです。また、睡眠障害のため夜間に大声で寝言を言ったり、奇声を発することがあります。急に起きあがろうとしてベッドから転落することもありますので、注意が必要です。睡眠時の異常行動は、悪夢をみている時におこることがほとんどで、夢遊病のように歩き回ることはありません。

レビー小体型認知症では、小股歩行などのパーキンソン症状を伴うことも多く、転倒や誤嚥に注意する必要があります。この他、レビー小体型認知症の初期に現れやすい症状に抑鬱症状があります。レビー小体型認知症は、アルツハイマー型認知症、鬱病、不眠症等と間違われることがありますので、病院を受診する時にはこれらの症状があれば医師に伝えることも大切です。

はじめての介護 その5
アルツハイマー型認知症とは
 
(27年10月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

認知症の最も多い原因は、アルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症は、脳の海馬と言われる部位の萎縮によっておこります。アルツハイマー型認知症は、古いことはよく覚えているのに、最近の出来事を覚えていないのが特徴です。もの忘れは、加齢に伴い誰にでも出現します。しかし、加齢に伴うもの忘れとは異なり、アルツハイマー型認知症によるもの忘れの特徴は、記憶がすっぽりと抜けてしまうことにあります。昨日夕ご飯に何を食べたかを思い出せないことや、最近会った人の名前を思い出せないのは、加齢による影響かもしれません。しかし、典型的なアルツハイマー型認知症では、食事をしてまだ1時間もしていないのに食べたものではなく食べたこと自体を忘れ、食事はまだかと聞き始めます。また、自分の子供の顔が分からなくなり、他人だと思うことがあります。時には、自分の子供を自分のお母さんと勘違いしてしまうこともあります。認知症になると、自分が最も輝いていた時期にかえってしまうので、自分の子供をお母さんだと思ってしまうわけです。

電子レンジやテレビの録画など、使い慣れた機器を使えなくなるのも認知症の症状です。認知症になると仕事や社会活動から距離を置くようになり、引きこもりがちになります。自分の趣味やこれまで好きだったことにも関心を示さなくなってきます。季節や場所が分からなくなり、夏なのに冬服を着たり、パンツを何枚も履く等の行為も時にみられます。認知症が疑われた時には、早めにかかりつけ医に相談されることをお勧めします。

 

はじめての介護 その4
認知症のお薬
 
(27年9月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 認知症は、様々な原因で起こります。そのなかで最も多いのが、アルツハイマ-型認知症です。アルツハイマ-型認知症は、アミロイドβ蛋白という蛋白質の一種が脳内で過剰に生産・蓄積されることにより、神経細胞が減少することが主な原因と考えられています。神経細胞の減少により脳内の神経伝達物質(アセチルコリン)が少なくなり、神経細胞の働きが低下、物事を記憶できなくなります。

 アルツハイマー型認知症を根本的に治療するには、神経細胞を増加させることが必要ですが、現在のところそのようなお薬はありません。現在販売されているアリセプト、レミニール、イクセロン、リバスタッチなどのお薬は、神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)を阻害することによりアセチルコリンの分解を抑制するお薬です。その結果、脳内のアセチルコリンが増加し記憶力などが高まります。これらのお薬を使うと、認知症のため部屋に閉じこもって何もしなくなった人の活動度が上がり、元気になるということをしばしば経験します。また、お薬で周りに興味を持つようになったところで、デイサービスなどで更に脳に刺激を与えるのも有効です。但し、良いことばかりではなく、お薬で活動度が高まったため徘徊するようになる場合やイライラして怒りっぽくなってしまうこともあります。認知症の患者様は、自身で症状を上手く伝えられないため、ご家族から主治医に病状を的確に伝えて頂くことが必要と考えます。

 

はじめての介護 その3
転倒による寝たきりを防ぐには
 
(27年8月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 高齢者が寝たきりになる原因の一位は、脳卒中、二位は、転倒による骨折です。今回骨折による寝たきりを予防するため何をすべきか考えてみました。まずは、住宅環境です。ベッドの端に腰をかけた時、足が床にしっかりとつくでしょうか。つかない場合は、高さの調節が必要です。カーペットのたるみや電気のコードなど足にひっかかるようなものはないでしょうか。足元が暗いと転びやすくなります。高齢者は白内障などで視力が低下しています。夜間トイレに行く時の廊下や部屋の照明は、十分でしょうか。トイレには、立ち上がる時に転倒しないようL字型の手すりを付けておくのもよいでしょう。

  次に、急に立ち上がらないよう心掛けて下さい。入浴後は、血圧が低下し立ち上がった時に転倒するリスクがあります。お風呂の中ではゆっくりと立ち上がるようにし、血圧が変動するような熱い風呂や長湯は避けて下さい。玄関のチャイムや電話が鳴った時なども慌てずゆっくり立ち上がって下さい。スリッパやつっかけは、転倒のリスクが高いことがわかっていますので履き物にも気を配りましょう。睡眠薬は、夜間トイレに行く時にふらついて転倒する原因のひとつであり、高齢者が睡眠薬を使用する場合は、ふらつきの少ないものを選ぶ必要があります。女性は、筋肉が少ないため、転倒する頻度は男性の2倍、過去に転倒の経験がある人は、3~9倍転びやすくなります。最後に、骨を強くしておくと転倒しても骨折のリスクは低くなります。高齢者は、自分の骨密度を知り、骨粗鬆症のある場合にはその治療を受けておくことをお勧めします。


はじめての介護 その2
高齢者は、夏の脱水に要注意

 (27年7月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 海の水が、気温の急激な変化を抑制しているように、体内の水分は、体温の調節に重要な役割を果たしています。成人の体の 55 ~ 60 % は、水分ですが、高齢者の場合は、50 ~ 55 % であり、高齢者は、元々、体内水分率が低いことが知られています。このことが、高齢者が、熱中症になりやすい大きな原因です。熱中症は、若い人が直射日光下で激しいスポ-ツをしている時だけでなく、高齢者が、自宅の居室で安静にしている時にも起こります。加齢に伴い感覚機能が低下し、口渇感を感じにくくなります。高齢者は、口渇感がなくても、暑い時はこまめに水分を摂ることをお勧めします。暑い日は、外出する前や外出した後も、十分に水分を摂って下さい。腎臓病がなく蛋白質の不足している高齢者は、牛乳や豆乳等で、糖尿病の高齢者は、カロリ-ゼロの飲料水等で、嚥下障害のある高齢者は、ゼリ-等で水分を補給するなど工夫してみて下さい。認知症が進行すると飲み物の好き嫌いが強くなりますので、飲んでもらえるものを選びましょう。高齢者は、味覚が低下しているため、味の濃いものを好む傾向があります。

 高齢書は、高血圧、心不全、腎不全の治療薬として、しばしば利尿剤が処方されています。利尿剤は、水と塩を尿に出すことにより、血圧を下げ心臓や腎臓の負担を軽減します。夏になり発汗が、増えると、脱水予防のため、利尿剤の減量がしばしば必要になります。熱中症は、真夏だけでなく、体が暑さに順応していない梅雨明けにもしばしば見られますので、ご注意下さい。



はじめての介護 その1
誤嚥をおこさない食事姿勢 
 (27年6月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)

 高齢化に伴い誤嚥による肺炎が増加、肺炎は、癌や心臓病と並んで日本人の三大死因の一つになっています。空気の通り道である気管は、通常開いた状態になっており、食べ物が通過する瞬間だけ閉じられ、気管内に食物や液体が入らないようにしています。この機能が低下すると、嚥下時に気道が閉じず、気管内に液体や固形物が入り込んでむせがおこります。食事中にむせる人や、普段、自分の唾液でむせる人は、誤嚥による肺炎を起こす予備軍と言えます。今回、誤嚥を起こさないための食事姿勢について記載してみました。

 食事をする時は、椅子に深く腰をかけ、かかとをしっかりと床に着け、顎を引きましょう。顎を上げると口と気管の角度が開き、口と気管が一直線に近づくため、口の中の物が気管に入りやすくなります。ベッド上で食事をする時も、顎をしっかりと引くことを意識して下さい。テレビを見ながら食事をされる場合、テレビの位置を目線より低くして下さい。立ったままでの食事介助は、お勧め出来ません。高齢者が介助者を見上げる位置関係となり、顎が上がるからです。

 一回の嚥下量が多いと飲み込みにくくなりますので、小さなスプ-ンに替え、一口や一切れを小さくするのも有効です。飲み込んだ後も口腔内に残っている場合は、少し経ってからもう一度飲み込んでもらいましょう。しっかりと息を止めて飲み込むことを意識すると、誤嚥が少なくなります。逆に、食事中に声をかけると気が散って誤嚥の原因になる場合がありますので、御注意下さい。