
数ある疾患の中で人名の付いた病気は、200余りしかなく、日本人の名前が付いているのはたった4つです。その一つが、橋本策博士が、1912年に発表した橋本病です。しかし、その研究は注目されることなく、35歳の若さで研究生活に終止符を打ち開業、腸チフスのため52歳で亡くなられました。その後、欧米で橋本病が独立疾患とし認められ、日本国内でも知られるようになったのは、博士が亡くなられた後の第二次世界大戦後のことでした。
橋本病とは、どのような疾患なのでしょうか。抗体は、本来、細菌やウイルスなどの外敵に対して造られますが、橋本病では、自分の甲状腺を攻撃する抗体を間違って造ってしまいます。このため、甲状腺に炎症がおこり、進行すると、甲状腺ホルモンが十分に分泌できなくなります。甲状腺ホルモンは、体の代謝を盛んにするホルモンですので、橋本病では体の代謝が全般的に低下します。無気力で疲れやすくなり、寒がりになります。浮腫んで体重が増加し、動作は緩慢になり、眠くなり記憶力が低下、便秘になり、声が枯れてきます。脈拍は遅く、うつ状態になり、筋力が低下、髪の毛が抜け、皮膚は乾燥、月経が多くなり、体温は低下、聴力低下などの症状もみられます。血液検査では、コレステロ−ルやCPKが上昇します。
甲状腺は頚の前方にある臓器で、体の代謝を盛んにする甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺ホルモンが増加すると、脈拍が増え、体重が減少します。バセドウ病は、甲状腺ホルモンを過剰に分泌する疾患です。甲状腺は、脳の下垂体から分泌されるTSHと呼ばれる刺激ホルモンに対し、受容体で反応し甲状腺ホルモンを産生します。甲状腺ホルモンが不足すると、下垂体からTSHが産生され、甲状腺ホルモンの産生が増加するしくみになっています。一方、人間は、ウイルスや細菌に対して抗体を産生し体を守っています。バセドウ病では、TSHの受容体に対して抗体ができる為、甲状腺は、TSHが産生されていないにもかかわらず、その抗体に反応し甲状腺ホルモンを過剰に産生します。その結果、体の代謝が盛んになり様々な症状が出現します。
一方、甲状腺ホルモンが不足する病気に、橋本病があります。橋本病では、甲状腺ホルモンが不足し体の代謝が低下するため、脈拍が低下し、寒がりになり体重が増加、全身がむくんできます。血中のコレステロール値も、便秘、脱毛、月経不順、不妊、記憶力の低下など多彩な症状を呈します。橋本病は、誤って自分の甲状腺に対する抗体を造ってしまい、甲状腺を破壊してしまうことが原因です。残念ながら、甲状腺の破壊を阻止する薬はありません。しかし幸いなことに、甲状腺ホルモンは、内服により補充することができるので、時々、血液検査をして投与量を調節すれば、元気に生活することができます。橋本病は、中年女性に多い疾患であり、中年女性の10人に1人か2人は甲状腺に対する抗体を持っていると言われています。しかし、人間には予備能力がありますので、抗体ができてもそれによって甲状腺機能が低下しない限り、治療の必要はなく、実際治療を要する橋本病は、人口の0.5〜2%程度と言われています。
甲状腺疾患は頻度の高い疾患ですが、症状が多彩である為、見逃され易い疾患でもあります。このような症状が疑われる場合は、診察時にご相談頂ければと考えます。
更年期からの循環器病学
(24年11月のコミュニティー紙「おかあさんチョット」に掲載されたものです。)
女性ホルモンであるエストロゲンは、悪玉コレステロ-ル(LDLコレステロ-ル)の肝臓への取り込みを増加させることのより、血中の悪玉コレステロ-ルを下げ、動脈硬化を予防する働きがあります。このため、50歳を過ぎると、急に血中の悪玉コレステロ-ルが、増加します。また、エストロゲンには、血管を弛緩させ閉塞を防ぐ作用もあります。高血圧の頻度も、男性では、30歳代から徐々に増加しますが、女性では、50歳を過ぎると急激に増加し、70歳代では、高血圧症の頻度に男女差は、みられません。このため、更年期を過ぎると、動物性脂肪や塩分を控えるなど、食生活を変えていく必要があります。
糖尿病があると、男性では、心筋梗塞による死亡の頻度が2倍になりますが、女性では、4倍になります。心筋梗塞による入院中の死亡率も、女性の方が男性より高いことが分かっています。喫煙による脳梗塞の増加は、男性の場合1.3倍ですが、女性では、2.0倍と言われています。アルコ-ルの多飲は、血圧を上昇させますが、女性は、男性に比べ、エタノ-ルの吸収率が高く、肝障害なども男性の半分の量で出現してきます。このことは、女性では、男性以上に糖尿病の原因となる食べ過ぎや運動不足に注意し、禁煙し、飲酒もほどほどにする必要のあることを示しています。
生理がなくなると、貧血が改善するため、若い頃程鉄分を摂取する必要がなくなります。逆に、この時期から、動脈硬化が急に進展します。女性は、更年期を境に食生活を変えていく必要があります。
甲状腺は、頚部の気管の前にある蝶の形をした臓器です。甲状腺は、体の代謝を盛んにする甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺の病気には、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されるバセドー病などの甲状腺機能亢進症、甲状腺ホルモンの分泌が低下した橋本病等の甲状腺機能低下症及び甲状腺の腫瘍があります。
甲状腺機能亢進症では、心臓がよく収縮するようになり、脈拍が増加、動悸がします。体の代謝が盛んになり、発汗が起こります。消化管の蠕動が亢進し、軟便や下痢がみられます。また、手足が震え、体重が減少します。治療としては、過剰になった甲状腺機能を抑える薬剤(メルカゾールやチウラジール)を投与します。難治性のバセドー病では、放射線治療や手術療法なども考慮します。
甲状腺機能低下症では、体全体の代謝が低下するため、動作が緩慢になり、便秘になります。脈拍は遅くなり、皮膚は乾燥、脱毛もみられます。寒がりになり、全身がむくみ、声が枯れ、動作が緩慢になります。甲状腺機能低下症は、痛みなどの症状がないため、時に、他の疾患と間違われることがあります。脈拍が低下するため心臓病と診断されたり、物忘れがひどいため認知症と診断されることがあります。体の代謝が低下し、コレステロールが上昇してくるため、高コレステロール血症と診断されコレステロールを下げるお薬を投与されている場合もあります。甲状腺機能低下症は、チラージンSという合成された甲状腺ホルモンを内服することにより元気な人と同じように生活することが可能です。
甲状腺腫瘍は、他の疾患のため受けたCTやエコー検査で偶然発見されることがしばしばあります。甲状腺癌の85%は乳頭癌、10%は濾胞癌と言われる予後が比較的良好で10年単位での生存が可能な腫瘍です。しかし、1%位は、未分化癌と呼ばれる1年生存率が極めて低い非常に悪性な腫瘍も存在します。甲状腺腫瘍は、乳癌と同様、自分で触れることが出来る場合もあります。これを機会に、頸の前にしこりがないか、触ってみて下さい
見逃されやすい甲状腺疾患
(19年9月の院内紙「はぶ医院の健康情報」に掲載されたものです。)
甲状腺は、前頚部にある重さ15〜20gの小さな臓器です。甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、体の代謝を盛んにする働きがあります。このため、甲状腺の病気には、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される甲状腺機能亢進症と、これが不足する甲状腺機能低下症がみられます。
甲状腺機能亢進症では、酸素消費量が増大し、代謝が盛んになった結果、体温が上昇し、体重が減少します。夏は、暑がりになり、疲れやすくなります。食欲があるのに体重が減少する場合は、一度、甲状腺ホルモンを調べる必要があります。手のふるえは、よく見られる症状です。イライラして、落ち着きがなくなることもあり、小児では、学校の成績にも、影響します。眼球突出、高血圧、下痢や軟便、月経寡少や無月経などの症状で来院される場合もあります。心拍数は、増加し、時に、心房細動などの不整脈もみられます。
一方、甲状腺機能低下症では、亢進症とは逆に、寒がりになり、食欲が低下しているにもかかわらず、体重が増大します。動作は、緩慢になり、便秘になり、髪の毛は薄くなり、女性は、月経過多になります。脈拍は、遅くなり、血圧は、低下します。しかし、このような症状があっても、痛みなどがないため、気づかれず、放置されることもまれではありません。下肢のむくみは、しばしば医療機関を受診するきっかけとなる症状です。時に、記憶力の低下や傾眠傾向のため、うつ病や認知症と間違われることもあります。この他、甲状腺機能低下症では、LDL(悪玉コレステロ−ル)の受容体数が減少、血中のコレステロ−ルが増加するため、間違って、コレステロ−ルを下げるお薬を投与されることもあります。
甲状腺疾患は、症状がさまざまで、健診など通常の血液検査ではそこまで調べないため、見逃されやすく、間違われやすい疾患です。しかし、それを疑い、血液検査で甲状腺ホルモンを測定することのより、比較的容易に診断できます。