<在りし日のTAROM>

「こんなもん飛ばしていいんか・・・?」

ブカレストに着いた翌日、俺はシビウの街に向かう為、まだ薄暗い冬の早朝、 国内線用の空港にやって来た。
天文台のような建物で寒さをこらえながら、ボーっと座って、周りを何ともなしに 眺めていた。

人は少なく、ルーマニア語のアナウンスは地名さえも理解できず、音楽でも 聞いていようかとウォークマンを取り出した矢先に、怪しげなお姉さんに 声をかけられ、連れられるままに歩き出す。
どうやら俺の行くシビウは経由地で最終目的地が別にあるらしい。
でも、乗客は俺を含め若干8名、みんな外国人観光客と思われる。

航空券は、ボール紙みたいな紙に走り書き。おそらくルーマニア語ができても 読めないだろうという位の達筆感。
ミシン線すらついていない。
それをビリっと破かれて、滑走路まで。バスもタラップもなく、飛行機までの長い 道のりをとぼとぼ歩く。
(売られてゆーくーのー。)

そして、間近に飛行機が見えたところで、思わず冒頭の言葉が出てた。
「TAROM(ルーマニア航空)」恐るべし。こんな古い機体をよくも・・・。
この国の人達はものを大切にする人達。
とりあえず周りには、ルフトハンザのマークのついた車やコンテナがいっぱい あった(ルフトハンザはドイツの航空会社で、ヨーロッパで3本の指に入る。) ので、ボロは着てても心は錦?(機体は古いが、整備は万全という意味。)と 期待しながら中に入って行く。

・・・ある意味期待通り。

窓はひび割れがあって、ほぼ間違いなく、外の爽やかな空気が吸えそう。
カーテンは、アンティーク?セピア色。カーテンがある事自体違和感あるが。
しかも、若干焦げてる。
何故?当時はまだ飛行機は全面禁煙にはなってなかったけど。でも・・・。
シートとシートの間もあつらえたように俺の足の長さちょうど。
当然?自由席。

生命保険会社のセールスがこの場にいたら、即座に倍賭けって位、不安になる 要素が山積みの飛行機。
待合室では殺してやろうかと思う位騒がしかったアメリカ人4人組もすっかり 寡黙になって、ただでさえ白い肌が青白く透き通ってた。
そんなそれぞれの思いを乗せて、5分と経たない内に飛行機は飛び立った。

するとみるみる間に機内の気温が下がり明らかに氷点下。
さすがに外気と同じではなかったけど。
飛行機の中だからと何故かTシャツ一枚の姿になっていたアメリカ人達が慌てている。

外の景色をある意味高さ確認の為にずーっと眺めながら45分のフライトが 終わり、無事にシビウの空港に着陸。
飛行機を降りてそのまま空港の出口まで歩かされると、空港の出口の前に、 全員の荷物が積んであった。
と言っても、俺のを合わせて3つ位か。

飛行機は更に遠くの街か、もっと遠い空の彼方に向けて寡黙なアメリカン達を 乗せてまた飛び立っていった。

さて、荷物を拾って外へ出たものの、一面野原。街がどっちにあるか、どれ位の 距離かさえ見当つかない。
タクシーは止まってるけど、乗ったらまずそうな気もするし・・・、と思ってたら タイミングよくバスが来た。
街行きだとは思うが、運転手に確認してみよう。

はろー。つたない英語でどこに行くのか運転手に聞いてみる。
が、彼は笑顔のまま反応なし。何度も何度も、しまいには日本語で聞いてみたり したのだが、笑顔崩れず。
そしておもむろに、とりあえず座れという身振りと共に彼が一言、
「NO MONEY OK」。

・・・彼は俺が金がなくて困ってる事を訴えていると判断した模様。
そして、放心状態の俺を乗せたバスはシビウの街に向け快調に走り出した。
ちなみにバス代は日本円で約12円でした。

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