<ビデオを観た男>

2006年8月、台北。
男はビデオを観たのだろうか?

台北に来て一泊したホテルを翌朝チェックアウトする事にした。
電話もかけず、部屋の飲み物も飲まず、有料テレビも観なかった俺はすんなりとチェックアウトした。
ところが、チェックアウト手続きを始めた会社の先輩黄之さんと同期のKが、フロントの担当者と何か モメている様子で、全然終わらない。
2人がちらちらと俺の方を見るのだが、前日のチェックインの際に日本語が通じる事はわかったし、 彼らも電話・飲み物・有料テレビは利用していないはずやし、と安心して遠くから見守っていた。

ところがいつまで経っても終わらない。
カウンターから黄之さんの奥さんで会社の同期青子さんが、こちらにやって来たので聞いてみた。
どうやら、Kの部屋の清算で問題が起きたらしい。
何か問題になるような事があったのだろうか?
ひょっとしてKが部屋の中で放尿したとか?
ところが青子さんが言うには、Kの部屋で有料テレビを観た事になっているらしい。
それはまずい。
チェックインの際に保証として出したのは俺のクレジットカード、それはまずい。

フロントまで行ってみると、黄之さんとKが英語と日本語で必死に「ビデオは観ていない。」と 言っていた。
ところが前日とは違って、その時の担当者は日本語があまりわからないらしい。
Kの部屋の計算書を見せてもらうと、そこには有料テレビの記録が残っていた。
ひょっとして昨日の深夜、Kさん夫婦はエロビデオ鑑賞会だったのか?
と一瞬考えたのだが、よくよく見ると。

時間がおかしい。
物覚えの悪い、記憶力も悪い俺だが、前日のKがビデオを観たとされている時間帯には、間違いなく 俺達は全員ホテルの外にいた。
俺達はその時間には小籠包を食っていた。

それは主張せねばならない。
俺も加勢してフロントの担当者に、この時間はホテルにいなかった事を力説した。
部屋の鍵がカードキーのホテルは、客の部屋への出入りの記録は電子的に保管されていたりは しないのか?
ここで押し切らないと俺達の負けになる。必死に訴えた。

すると担当者がKの部屋の計算書を持って、フロントの奥の事務所に引っ込んだ。
おそらく上司に判断を仰ぎに行ったのだろう。
5分程が経過して戻って来た担当者は、「OK」と言った。
大丈夫だね?念を押して俺らは追加料金を払わずにホテルを後にした。

ホテルからのタクシーの中で黄之・青子夫妻と、これで俺のカードに勘定付いてたら最悪やな、 という話になった。
そうなったら闘わねばと思っていたが、それはなかった。

それはそれでほっとしたのだが、気になるのは計算書に記録が残った理由だ。
ただのシステム上の間違いならいいのだが、誰かがその時間帯にKの部屋に侵入して ビデオを観ていた可能性もある。
それは怖い。

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