「お。咲いたな。…良い夢見たか?」 誇らしげに咲いた花に話しかけた。背伸びをするように伸びた蔓が、応えるように揺れた。窓から入る風は、すがすがしい初夏の香りを乗せていた。 「咲いたの? やだ、私が最初に見るつもりだったのに。」 紀子は俺を押しのけるようにして顔を寄せてきた。くっと笑って、俺は紀子を押し返す。 「もともと俺が持ってきた種だろ。」 「育てたのはわたし。」 さらに押してくる紀子に、俺は根負けしてやった。 「今度はエジプトだ。一月くらいで戻る。」 「また?」 トーストにかぶりつきながら、紀子は頬を膨らませた。そんな顔するなよ。俺は思う。そして、思う代わりにこう言った。 「紀子。俺、助教授になるんだ。」 「え?」 紀子は一瞬怪訝そうな顔をし、そして動きを止めた。おれは目を逸らした。照れくさかった。パンを皿に落とした音を、花を見ながら聞いた。 −−気兼ねなく咲いてくれ。 それは千年ほど前の遺跡の中からこっそり持ち出した種だった。種は十数個あり、数を控える前にちょろまかしたのだ。研究室の中では、ゆっくり夢も見れはしまい。 持ち帰った種を、指輪と一緒に紀子へ託した。程なく発芽したそれを見て、クレマチスの原種だろうと紀子は言った。俺は専任講師になったばかりだった。 花はまだ咲いていた。次に戻ってくる頃には、実がなっているのだろうか。 「行って来る。」 「行ってらっしゃい。」 紀子は、まだ整理がつかないといった様子だった。俺はあせるつもりはなかった。 「ゆっくり、考えてくれ。」 最後に紀子を抱き寄せて、そっとキスした。紀子がほんの少しだけ身を引いたのが、感じられた。 それでようやく、俺は気付いた。クレマチスの花の色はそれは見事なブルーだった。 目を開くと見慣れた機体があった。背には『彼』のカプセルの固い感触があった。多分、瞬きをしただけなのだろう。僅かな間だった。 「花になった夢を見たわ。」 私は声に出した。『彼』は応えなかった。小さな声だったから、AIには届かなかったのだろう。合成音も応えなかった。 「呼ばれたのよ。目を開けたら、男の人が居たわ。女の人も居たのよ。幸せそうだった。」 私は足を引き寄せた。そっと抱く。胎児のように丸くなる。 「私、きっとあの人に会うわ。ううん。もう会っているかもしれない。」 私は目を閉じた。まだ、思い出せる。 −−それは永遠の一瞬に見た夢。 |