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光の道行
08.静寂摩擦

 怒ってどうにかなるものならば、怒鳴りつけていただろう。金で買えるものならば、苦労はなかった。バックアップがないのは俺の落ち度。むしろ、怪我がなかったことを喜ぶべきだ。もし本当に怪我していたら、俺の態度は変わっただろうか。…そこまで人でなしだとは思いたくなかった。

「ごめんなさい。」

 すっかりしょげた声がした。俺は振り返ることも、言葉を返すことも出来なかった。事故のようなものだ。光希だけが悪いわけじゃない。俺も悪かった。運も悪かった。だから、仕方がなかったんだ。怒鳴りつけることだけはしたくない。言い聞かせるのは自分自身。


 今朝、強い地震があった。転倒防止金具が緩んでいることに気付かなかった。光希は小学校から帰宅し、いつものように遊びに来た。いつものように本を取ろうとよじ登って、ぐらりと傾いだ。光希は反射的に飛び降りたが、棚は倒壊した。上部にしまわれていたデータディスクの、その多くを道連れにして。


「ごめんなさい…!」

 歯を食いしばっている様が伺えた。気にするなと言うべきなのだ。これからは棚に上っちゃいけないと。それが大人の務めなのだ。わかってはいた。わかっては、いた。
 俺は一言も発することが出来ないまま、ディスクを一つ一つ確かめた。これは七年前のもの。これは九年前のもの。これは、五年前の最後の記録。全てに傷がついていた。

「ご、めん、な…さい…」

 静寂に耐えられないとでも言うように、光希の声が嗚咽に変わった。

「泣くな!」

 ぴたりと光希は泣き止んだ。
 …最低だ。八つ当たりも同然だ。

「泣いても戻らない。まずやれることを考えて、何にもなくなったら、思う存分その時に泣け!」

 怒鳴った言い訳と言われても反論は出来なかった。目頭が熱くなって、俺は奥歯をかみ締めた。 手を止めて、深呼吸を繰り返す。三度程でようやく、怒鳴り散らさない自信が出来た。

「…悪かった。母ちゃんに電話して、片付けを手伝って欲しいって伝えてくれ。終わったら、コーヒー、入れられるか。」

 まだ目を見ることはできなかった。頷いたのは雰囲気でわかった。
 俺は傷の付いたディスクを、ゴミ箱へ入れた。一枚ずつ確かめて、入れた。

「おじちゃん。光希、ここにいるの。棚倒してごめんなさい。でも、光希はここにいるの。」

 不意の言葉に、俺は振り返った。

「光希?」

 薬缶を背にして、涙をためた目で俺をにらみつける小さな姿に、『女』を見た気がした。


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