怒ってどうにかなるものならば、怒鳴りつけていただろう。金で買えるものならば、苦労はなかった。バックアップがないのは俺の落ち度。むしろ、怪我がなかったことを喜ぶべきだ。もし本当に怪我していたら、俺の態度は変わっただろうか。…そこまで人でなしだとは思いたくなかった。 「ごめんなさい。」 すっかりしょげた声がした。俺は振り返ることも、言葉を返すことも出来なかった。事故のようなものだ。光希だけが悪いわけじゃない。俺も悪かった。運も悪かった。だから、仕方がなかったんだ。怒鳴りつけることだけはしたくない。言い聞かせるのは自分自身。 今朝、強い地震があった。転倒防止金具が緩んでいることに気付かなかった。光希は小学校から帰宅し、いつものように遊びに来た。いつものように本を取ろうとよじ登って、ぐらりと傾いだ。光希は反射的に飛び降りたが、棚は倒壊した。上部にしまわれていたデータディスクの、その多くを道連れにして。 「ごめんなさい…!」 歯を食いしばっている様が伺えた。気にするなと言うべきなのだ。これからは棚に上っちゃいけないと。それが大人の務めなのだ。わかってはいた。わかっては、いた。 俺は一言も発することが出来ないまま、ディスクを一つ一つ確かめた。これは七年前のもの。これは九年前のもの。これは、五年前の最後の記録。全てに傷がついていた。 「ご、めん、な…さい…」 静寂に耐えられないとでも言うように、光希の声が嗚咽に変わった。 「泣くな!」 ぴたりと光希は泣き止んだ。 …最低だ。八つ当たりも同然だ。 「泣いても戻らない。まずやれることを考えて、何にもなくなったら、思う存分その時に泣け!」 怒鳴った言い訳と言われても反論は出来なかった。目頭が熱くなって、俺は奥歯をかみ締めた。 手を止めて、深呼吸を繰り返す。三度程でようやく、怒鳴り散らさない自信が出来た。 「…悪かった。母ちゃんに電話して、片付けを手伝って欲しいって伝えてくれ。終わったら、コーヒー、入れられるか。」 まだ目を見ることはできなかった。頷いたのは雰囲気でわかった。 俺は傷の付いたディスクを、ゴミ箱へ入れた。一枚ずつ確かめて、入れた。 「おじちゃん。光希、ここにいるの。棚倒してごめんなさい。でも、光希はここにいるの。」 不意の言葉に、俺は振り返った。 「光希?」 薬缶を背にして、涙をためた目で俺をにらみつける小さな姿に、『女』を見た気がした。 |