木々の隙間、目の前に立ちはだかる岩場の下に、それはあった。崩れた幾本もの石柱、岩場に開いた真暗、繁茂する幾多の植物。その一角だけ陽光をさえぎる枝葉はなく、天頂近くから降り注ぐ陽光に満ちていた。 「ここ、だ。」 俺は脚を止めて、そいつに見入った。肩に食い込む荷物も、腫れぼったく熱を持った脚も、止まらない汗も気にならなかった。すぐ横からは、どさりと重い音が聞こえた。呟く現地語が後に続いた。 風が巻き、獣が鳴く。なのに何故かここにだけ、静けさがある。あの洞窟で感じたのと同種の緊張がここにはあった。朽ちてなお威厳を保つそれは、今はなき部族が祭った聖堂に間違いなかった。−−アタリだと、俺は直感した。 「4年かかったぞ。」 にやりとして、俺は酒を口元へ運んだ。絞ったライトの明かりは、蛍よりも淡くなった。誘ってはみたが、ポーターはテントから出てこなかった。寝袋の中で、祈りの言葉でも呟き続けているんだろう。 女は何も言わなかった。祭壇の前にあわられた光の幕の向こうで、ただ俺を見下ろしていた。俺は酒を置いて、真正面から女を見た。濃淡で彩られた輪郭は軟らかく、その瞳は静かだった。 『来ないで。忘れて。』 機械から流れる音色のようだった。…一体どれほどの間、女はそうしてきたのか。 「忘れられねぇから、来た。」 『そっと眠らせて。』 女は目を伏せた。悲鳴だと、俺は思った。おそらく幾千年、変わることもない願い。女は守る。彼女の『神』とやらを。…その思いとともに。 どう言えば良い? 彼女の檻を越えて、どんな言葉なら彼女に届く? 「神様にゃぁ興味ねぇんだ。そんなものは宗教屋に任せておけば良い。俺は…」 俺は言葉を切った。 この歳で、こんな言葉しか思い浮かばない自分自身に俺は赤面するしかない。 「俺は、あんたの笑顔が見たかったんだ。」 女はまずきょとんとし、そして、目を見開いた。その顔が、伏せられる。水滴状の光が落ち、足元で散った。しぶきのような光はそのまま空に飛散する。 『思い出した。』 ポツリと彼女は呟いた。彼女の周りで、輪郭を作る光が徐々にぼやけていく。 「お、おいっ!」 『あなたはいつも、そこにいた。』 均衡が崩れる。俺は直感した。 女は顔を上げる。 笑みの形の口元を見た気がして、急速に光は薄らいだ。僅かの間に視界は昨夜のままの祭壇へと戻っていた。 「おい!!」 彼女は戻ってこなかった。 |