どこまでも高い空。陽光は低くて針のようだったけれど、今はそれを気持ち良く感じた。目の前には、果てのない湖。そして、元気良く茂る緑の絨毯。水面に映る自分は、そんな草の化身みたいだった。 変な夢だと思った。見返してくる私は、漫画で見たエイリアンみたいだった。 「化けもんじゃねーか。」 ちょっとだけ陽をさえぎった影から、笑いを含んだ声が振ってきた。私は振り返らず、水面から見返す声の主を見た。少し翳ってはいたけれど、同じ色彩の少年が立っていた。 「楽しいよ。」 肌に感じる風は優しく、力強かった。壁のない世界はどこまでも大きく、許されているのだと感じた。 「俺も。…けど、そうもいかねぇみたいだ。」 すくっと立ち上がり、アダムは耳を澄ました。瞳は遠くを眺めているようで、視線はどこにもあっていなかった。私も立ち上がり、真似をした。風のささやき。水のつぶやき。草々のざわめき。そして、もれ聞こえる『声』。 『すごいでしょ?』 『期待できそうだな。』 『どうかしら。例外にならなければいいけど。』 『いくらでも試せばいいじゃん。』 くくく。低い声。私はアダムの腕をきゅっと握って目を閉じた。水面に映る私達を見たくなかった。 『我々はあくまでも人道的な団体だ。治験者はモルモットじゃあないぞ。』 『わかってるよ。』 ディスプレイが浮かび上がらせる影の中に、彼らは居た。ディスプレイに浮かぶのは、淡い緑色の塊。二人の男性と、一人の女性。広くはない部屋のなかで、彼らの注意はそれに向いていた。欠片だと、私は思った。私たちの、変わり果てたほんの一片の欠片。 私は目をあけた。空を見る。高い高い空を追う。それだけで、緑のそれから目をそらせるはずだった。でも、頭のどこかでそれを見続けていた。…この光景を見ているのは私じゃなかった。アダムを、独りにしたくなかった。 『これは天使になるのかしら? それとも。』 『進化なら天使。退化なら…』 −−パン! 「きゃっ!」 ディスプレイがはじけた。警報が鳴り響いた。彼らは驚き、男の一人は尻餅までついていた。いくつもの足音が近寄ってくる。 私が抱きしめるその中で、アダムの体温は上昇していた。 「イブ、帰ろう。」 硬い声だった。アダムはまだ、焦点の合わない目をしていた。私は大きく頷いた。 直ぐに、足元が崩れだした。奈落をどこまでも落ちるような感覚を味わい、やがて見慣れた天井があった。 |