「関教授、いや、もう教授じゃありませんでしたな。今日はのんびり旅行でも?」 「坂田教授じゃないですか。TV番組のロケですか? お忙しそうですなぁ。研究している暇もなさそうで。」 ばったりと顔をあわせた俺達の上を、搭乗開始を告げるアナウンスが流れた。 うざい。一体どこまで偶然なんだ? 用意させたジープは未舗装の道を走る。やがて轍すらなくなるだろう。危なげはないがスピードは出ない。視界を流れるのは一面の荒野と、併走するジープ。あふれんばかりの機材と肥えた親父が乗っていた。 「奇遇ですなぁっ。関先生もこちらですか!」 「観光ですよ! なにせ、時間はたっぷりあるもんでね!」 俺はにっこり吼え返す。 「TVクルーは居ないようですなっ。」 「研究ですよっ。予算がたっぷり下りたのでねぇっ!」 坂田は得意げに笑んだ。俺はここぞとばかりに満面の笑みで返してやった。 「それはそれは! 次の学会誌を楽しみにしていますよっ!」 坂田の笑みが凍りつき、ジープはゆっくりと後方へ流れていった。 ここ数年、奴の論文を見ていない。 どさりと木箱を置いて、ジープは去っていった。道なんぞなくとも、結構な速さで視界から消えていった。それでもまだエンジンの音が聞こえた。坂田の視線が木箱と俺を往復していた。 「あぶない。帰る。危険。」 片言でガイドがわめいた。俺のガイドはジープと一緒だ。俺は箱を点検してそれに応えた。 「このあたりにはライオンもヒョウもいないと聞いたが?」 ライオンは居ないが、ゴリラは居る。危険の意味はそうではないが。 「No! 首狩り族。territory.」 「何!?」 ガイドはきょろきょろとあたりを見た。遠くから、人工の音が聞こえてくる。 坂田はシートベルトを慌てて締めた。俺は大笑いしたいのを必死で堪えた。 「おや教授先生。大学でのお仕事でも思い出しましたかな?」 「貴様…!」 「何でしょう?」 おれはしれっと返した。 「You're crazy!」 音に混じって人影が見え始めると、ジープは草地にタイヤ跡を刻んで、あっという間に見えなくなった。 俺がひらひら手を振っていると、頭に硬く冷たいものがあてられた。 「急かすなって。」 俺は木箱から瓶を一本つかみ出す。栓をあけて箱に置いた。ゆっくりと振り返ると小柄な男がそこに居た。槍を持ったまま瓶を煽る。 酒の匂いが漂い出す。男はにやりと笑った。俺もにやりと返した。 |