「イブ、街を見に行こう。」 人懐こい笑顔がウィンドウ越しに覗いていた。ユダから聞こえてくる『声』はいつも正直だった。アダムの反発を感じはしたけれど、特に断る理由を見つけられないまま、私は反射的に頷いていた。 「仲良くしたいと思ってるんだけど、な。」 照明の落ちたモニタルームで、声を落としてユダは言った。 私は、出掛けのアダムを思い出した。さびしそうな、敵意を持つような、複雑な『声』だった。 −ごめんね、アダム。 私は思わずにはいられない。まだきれいなままの白衣に。ちょっとだけ大人な表情に。誘われると否とは言えなかった。 「自分のために、でしょう。」 「誰だってそうだろ?」 ユダからもれ聞こえる『声』は、それが本心であると告げていた。ユダは私を引き寄せた。私は顔を伏せたまま、ユダに身を任せた。 「俺はもっとでかくなる。そのためには、君たちにいて欲しい。」 ささやくような声は、街に浸透するようだった。巨大なモニタに映し出された街。自然法則の欠片もなく、涙が出るほど美しい街。ユダの目には、どのように映っているのだろう。 「そのため、だけ?」 −俺は君たちが好きだよ。 漏れ聞こえる『声』は、どこまでも深く沁みて。私は安心と不安を同時に感じた。 扉を開けて、暗い室内に歩みを進めた。部屋の中に気配を感じた。随分前に個室になって鍵もかけていたけれど、アダムには関係なかった。 「アダム、いるの?」 私が電気に手を伸ばす前に、ふわり。アダムの腕が私を捉えた。すぐ前に男の子らしい体温を感じた。 −そんなに、綺麗になるな。 『声』が聞こえた。大きな胸だった。広げた腕の中に、すっぽりと収まってしまった。 「大丈夫。」 私はそっと、アダムの胸に身を預けた。いつからだろう。こうして二人くっつくこともなくなっていた。力強い、鼓動が聞こえる。 −私は私よ。 私は強く思った。それだけでアダムには通じるはずだった。 きゅっと腕に力が加わった。『声』が途絶える。 −アダム? 私の『声』は届いたろうか。わずかに顔をあげて、アダムの顔を見ようとした。 「!?」 唇が触れた。 −渡さない。 聞いたことのない『声』が聞こえた。わずかな常夜灯の明かりの中、目の前にあるアダムの顔は、知らない表情をしていた。私は身を硬くした。心拍数が上がるのが、わかった。 −誰? にやりと笑みが返って来た。 |