(仮)

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−3−


 翌朝は明日香の未だあきらめない猛攻から始まった。 私はいつも通りまだ人がまばらな時間に登校した。 朝連に励む運動部を見下ろしながら、その日の授業の予習をするのが常だった。 パラパラと入ってくる級友たちに挨拶する。 興味のある話題があれば、参戦する。
 明日香が朝の雑談に混じることはほとんどない。 予鈴時に校門に滑り込んでいれば余裕なはずなのに、いつも本鈴ぎりぎりに滑り込んでくるからだった。 その朝もいつも通りなはずだった。
「杏子!」
「明日香が、早い…」
 私は教科書を広げる途中で明日香を見上げた。 明日香は窓からの光をさえぎるように、机の前で仁王立ちしていた。
「早いじゃないわ。今日こそ話してもらうんだからっ。」
 ばんと机に手を突いた。 すでに登校していたクラスメイトたちの視線が痛い。
「だーかーらぁ…」
 思い込みの激しい明日香は、まだ私を疑っているらしい。 あの黒マントと面識があるのではないかと。
 ぱらぱらとクラスメイト達が教室に入ってくる。 私は目の端で彼らを見ながら、これ以上何を言うべきか考えていた。
「あれ、明日香? おはよー」
「明日香ちゃん、はやい!」
「うおっ、二村がいる!」
 明日香に目をとめると、口々に皆驚く。 明日香はぷくっと頬を膨らませた。
「いいじゃんっ、たまにはさっ」
「杏子ちゃん、明日香ちゃん、昨日見た?」
 明日香の様子を気にも留めず、里美が言った。 前方の自分の席へカバンを置いて近づいてくる。
 ぱっと明日香が振り返り、私は教科書をおいた。
「校門のところでやってたあれでしょ!? 見た見た」
「あれ、なんなの?」
「えー。あたしに訊かれたってわかんないよぉ」
 里美は私の隣の机、今は持ち主のいないそこへ腰掛けた。
「特撮みたいだったねぇ。」
「ヘルメットにスーツ? 黒タイツの雑魚なんて、そのまんまだったね!」
「ぴちぴちだったねぇ。」
「なになに? 昨日なんかあったの?」
 教室に入ってきたばかりの麻衣子は、カバンを置いて訊いてきた。 だいぶ人が多くなっていた。そろそろ予鈴が近いのだろうが、おしゃべりはこれからだ。
「麻衣子帰った後でさ。」
「特撮ヒーローが戦ってたんだよ。」
「は?」
 麻衣子は里美、明日香を順番に見て最後に私に目を留めた。 私は麻衣子に頷いてみせる。
「ほんと。」
「やっだー、ほんと? バトルスーツ着て? 超科学な武器使って?」
 ウルトラバイオレットバズーカ--私は彼らの『武器』を思い出した。 『超科学』なのだろうか。
「変なの持ってたよね?」
「ウルトラ何とかって言ってた。ね、杏子ちゃん」
「…ウルトラバイオレットバズーカって言ってた。…紫外線発生装置ってとこ?」
「げーっ、なにそれっ。」
 麻衣子は大げさに反応する。顔はしっかり笑っている。 紫外線では危険な感じはしないが、かなりありがたくない。
「似非っぽかったよねー。」
「ってかさ、TVの撮影?」
「カメラは無かったよぉ。」
 3人は好き勝手なことを言っている。私はあいまいに頷いた。
「ねぇ、杏子?」
 明日香が意味ありげな視線を投げる。
「マジっぽかったよ。」
 私は明日香の視線を無視した。
 明日香の視線につられ、里美、麻衣子も私を見ているようだった。 三人の視線が痛い。
「私は知らないけどね。」
 一応、言っておいた。
 --キンコンカンコーン--。
 予鈴だった。つまり、あと5分間はおしゃべりが可能であるということ。 当然、誰も自席へ移動するものはいない。
「じゃ、なんなんだろう。」
「知らない。趣味なんじゃないの?」
「はっずかしーっ。」
「実はお仕事だったりして?」
「なにそれ〜。」
「ねーねーねー、ニュースニュース! 転入生だってっ。」
 教室のざわつきが一息に静まった。 麻衣子は笑いすぎで涙を溜めた目を教室入り口へむけた。 教室中の視線が、扉に集まる。
 扉の前には息を切らせた信子が立っていた。 日直で職員室に行っていたのだろう。片手に日誌を持っている。
 教室中の期待にこたえて詳細を語ろうとした信子の頭を、出席簿がたたく。
「廊下は走るな。」
 本鈴が鳴り、担任の杉浦先生が立っていた。
「ほら、チャイム鳴ったぞ。座れ。」
 出席簿で肩を叩き、杉浦先生は教壇へ向かう。 明日香は黒板の前、麻衣子は私の斜め前、窓側の席。里美も廊下側中ほどの自分の席へ戻っていく。 教室の中は一時自席へ戻る生徒たちでざわつき、やがて静かになった。
 日直の声で立ち上がり礼をする。 椅子を引く音の中、みんなの視線はただ一点に集中していた。
「はい。おはよう。突然だが、転入生だ。」
 杉浦先生は前置きもなしに切り出した。
 先生の脇一歩離れた位置に、注目を一身に集める少年が立っていた。 小柄な体、軽い茶髪。人懐こそうな軽い笑み。 緊張する風でもなく、物怖じする風でもなく、興味深げに見返している。
「鶴田。」
「はい。」
 先生は少年を促す。 鶴田と呼ばれた転入生は、一歩踏み出し先生の前へ移動する。
「鶴田雅人です。よろしくお願いします!」
 きっかり九十度体を折って深く頭を下げた。
 営業マンのようなそれに、教室がざわつき始める。 意味を拾えないささやきが、あちこちで交わされる。 聞こえていないはずはないだろうに、鶴田は言葉を勧める。 しっかりした発音のテノール。 どこかで聞いたような気がして、私はざわつきから取り残されてしまっていた。

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