[□ MAIN/□ RETURN/□ TOP]
Logical Fantasy * 03
修飾語付き理系お題10*非日常ダーク系 〜08:オゾンのカケラ
十日ほど野宿が続いてさすがの俺も疲れていた。久々の大きな街で人混みに酔ったってのも否定しない。何であんなフットワークで歩けるのかすいすい泳ぐみたいに進んでくカナタを追って、そんな街中をかけずり回ったってのもある。けれど、役所も教会も魔術士教会(ギルド)にも、半径100m以内には近づいてないし、宿だって前金さえ払えばサインだっていらないオヤジの宿を選んだ。無愛想でサービスも悪いが料理は旨い良い宿だ。
移動の魔術の気配はなかった。街にも役人がいそうな変な感じはなかった。占いでも遠見でも対象が俺なら気付く自信はあった。何の気配もなかったのに部屋のドアは突然開いて、知った顔が今俺をつまみ上げている。
王都に近い街だから思いつく限りの用心はした。カナタがからかうとおりに顔ぐらい変えておくべきだったか。いやそれでも結果がどうなったかはわからない。気付かないほど巧妙に、街中に網を張っていたに違いない。網にかかった俺が逃げないうちにご丁寧に馬と徒歩でやって来たというわけか。
「手間をかけさせるな」
「手間だと思うなら来なくていいぞ」
「そうも言えない事情がこちらにもある」
「押しつけないで欲しいんだが」
威丈高に言い放つ声が変わっていないのを喜ぶべきだろうか。挨拶より前に襟口を捕まれて危うく窒息しかけたとしても。かちゃりと腰の後ろの辺りから剣呑な音が聞こえてくる。あんまり聞きたい音じゃない。精一杯横目で見やると、宝石を埋め込んだ、けれどしっかりした作りの柄が見えた。威丈高度は増しているか。
「喜べ。報酬ははずんでやる」
「時間と金の無駄遣い……ぐあ」
絞めるな! 殺す気か!? 馬鹿力度も増してやがる。
「安心しろ、帰りは一瞬だ」
「え、おい……!」
頭の後ろから詠唱が聞こえる。近距離移動の魔法のもの。こいつは本気だ。
「ちょっ、ちょっと待てっ、荷物とか、前払いだぞ!? まだ飯も食ってねぇし、ツレだっている!」
冗談じゃない。確かにオレの懐なんかこいつのそれに比べたら山くらい軽々と越えてしまうほど軽いモノだろうが、そう言う問題じゃない。俺にだって仕事を選ぶ権利はあるはずだ。宿に泊まれなくて野宿するしかなかろうが、腹が減ってのたれ死にかけようが、受ける仕事は受ける。受けたくないモノは受けない。そこには俺の俺だけの意志があるはずで。こんなカタチで強制されるなんてまっぴらごめんだ。第一、まだオヤジのシチューを食ってねぇ!
詠唱は止まらない。低く空気に染みていく声に合わせて、飾り気もない安っぽい木の壁がクッションのない小さなベッドが、ベッドの上にちょこんと座り楽しそうに成り行きを見守ってやがるカナタの姿がゆがんでいく。ゆがんで切れた風景に成り代わり、色も音も存在も全てがあって何もない暗黒の空間が現れねじれ、安っぽい宿屋とは違う別な場所につながっていく。
「こ、こういうのは拉致って言うんだぞ!? 国家権力がやることか!?」
ちくしょう、どんな握力してやがるんだ? もがくぶんだけ首が締まる。
ゆがんだ風景はやがて一片残らず暗黒に置き換わる。足下が心許なくなり一層俺の首が絞まるころになると、すっかり点になった風景が逆の過程を辿って展開していく。ねじれたままに色を持ち重さを持ち、一片ずつ風景に置き換わる。磨き込まれた木の代わりに黒光りするつややかな石の床が、足の長さが不揃いでスープ皿一つおけない小さなテーブルの代わりにナイフを落としでもしたら一生ただ働きさせられてもおかしくなさそうなナイトテーブルが現れ始める。展開しきったそこは、染み一つない壁にあいもかわらずなんだかわからん絵を掲げた、安宿とは比べるべくもない豪奢で見事な……見覚えのある部屋だった。
「ちょいとココで待っていてくれ。じーさんに言伝てくる。……部屋を出ようとは思うなよ」
「ステイ……」
目が本気だと言っている。どうせ部屋には魔術錠(ロック)をかけるだろうし建物自体に特殊な魔術がかかっているだろう。魔術鍵をどうにかしても見張りがうじゃうじゃしているだろうし、移動の魔術なんぞはそもそも消去(キャンセル)されるようになっていたはずだ。もっとも、腕力にもそれ以上に魔術にもからっきし自信なんかなかったが。脱出はできそうになかった。
言うだけ言うとようやく俺を解放し、きしみの一つもたてない一枚板のドアを開けてそのまま部屋を出ていった。ぱちんと一瞬部屋がふるえる。魔術錠をドアどころか部屋全体にかけやがった。
「強引なとこもかわってねぇや」
テーブルの上に盛られていたリンゴを一つ取り溜め息ついてごろりとベッドに転がった。逃げる方法がないわけじゃないが、これだけ厳重にしても逃げたんじゃ次にどうなるかが考えるだけで恐ろしい。ここは大人しくしておくべきか。せめて内容を把握するまで。まぁ、師匠(じーさん)なら、やばい話を持っては来まい。
しゃりとリンゴに歯を立てて、そういえばと思いついた。
「カナタは、どうするんだ?」
そのうち追いかけてきそうだったが。
水・火・風・土、そして光と闇。創世神話は一つの言葉と六つのエレメントから始まる。創世の神は何もない空間にエレメントを司る六精霊を言の葉にのせ解き放った。精霊達は互いに影響しあい干渉しあい、全ての物質と秩序を生み出したという。神話を紡いだ書の最初のページはすでに失われ、神の言葉は伝えられていない。
魔術は六つのエレメントを解く事から始まる。神と同じ言の葉を繰り精霊の力に流れを作り、ありとあらゆる不可思議を実現する。適切な言葉をエレメントに与えることができれば、創世神話の再現も可能とされた。事実、全ての魔術を修めた魔術師と呼ばれる者の中には、創世の言葉を探す者もいた。
「どうしたもんかな」
腕を頭の下で組んだまましみ一つ付いてない豪奢なベッドの天蓋を睨み付けた。ガキのころには近づくことさえ許されなかった屋敷の最奥に位置する一等の客間だった。好待遇の賓客扱いなのだろうか。いや、それは甘い考えというものだろう。確かこの部屋の警備が最も厳重だったはずだ。主には、盗賊などから賓客を守るために。使い方を変えれば、どんな術士でも軟禁可能なように。
軟禁だったとしても、居心地はそう悪いものではなかった。視界の隅で天蓋から垂れ下がるチャラチャラしたレースや引っかけたらあっさりと破けそうなシーツはいただけなかったが、手を伸ばしても両端をつかめないほどだだっぴろく腰掛けても沈み込みすぎないスプリングの効いたマットの乗ったベッドはなかなか寝心地が良く、魔術錠のおかげもあってか物音一つしない部屋の中は、視界を遮りさえすれば妙に落ち着けた。目を閉じればすぐにでも心地よい眠りにつくことができそうだった。眠る気はさらさらなかったが。
神話に興味なんてなかった。本当かどうかなんて調べる気もなかったし、こうして関わることになるなんて考えてみたこともなかった。本当のところを言えば作り話だとどこかで直感していた。誰が、何のためになんてことは知らない。ただ真実ではなかった。
手をあげて空をかけば淡い翡翠の少女が現れる。水に足を浸せば冷たく清い乙女が群れる。土を耕せば小柄な男達が鍬を持って助力する。火をおこせば猛る青年が踊り回る。けれどそれは力が意志を持った姿でしかない。逆なのだ。
――老い先短いじーさんの道楽だ。多少付き合ったって罰は当たるまい。
いい加減くたばりやがれとでも言いたそうな顔してのたまうステイに、なんと応えるべきだったろう? ベッドの上から人の良い笑みを見せる魔術さえ使わなければただのちっぽけな老人でしかない師匠に、なんと言いわけするべきだったろう? 真実を告げて本当に寿命を縮めるわけにはいくまい。
魔術錠がふるえたのは、そうして居心地の良いベッドの上で居心地の悪い思いをしながら取るべき選択肢を選んでいる最中だった。
「ししょー!」
ばんと静寂を破る音が響き、闇夜の忘れ物のような濃紺が転がり込む。その後ろに悠然と現れたのは魔法掛かりの鎧を来た青年だった。見たことのない顔だった。若いというよりまだ幼ささえ残しているような面立ちとどこか着慣れていない様子は、魔剣士成り立ての若造だと物語っていた。若造は片手で扉を支え、片手にボロ布のような袋を提げていた。ボロ布じゃない。よく見れば部屋に似合わなすぎて情けなくもなる俺の荷袋だった。
「弟子がいるならいると最初から言ってください」
若造は遠慮もなしにベッドへ近寄るとゴミでも扱うかのように荷袋を投げてよこした。そんな袋でも俺にとっては大事なものだ。慌てて手を伸ばして落下前に受け止めた。壊れるようなものは入ってなかったが。
「ししょー。ぼく、さびしかったですぅ!」
甘ったるい声で見知ったローブがすがりつく。やれやれ。俺より出来る弟子を持った覚えなんかないんだが。
「さぼってないで、早く仕事を済ませてください。いいですね」
「君も、な」
軽く手を振ってやると、魔剣士は苦々しげな顔を残してそのまま部屋を出て行った。おもしろくもないだろう。破門に近い扱いで去ったはずの兄弟子が賓客扱いなんだから。……俺だって嫌だ。
「ししょー。連絡くらいくださいー。心配したじゃないですかぁ」
裏の声が聞こえるようだ。『連絡くらい入れろよな。オレが探さなきゃなんないだろ』
「ししょー」
フードの下から上目遣いで目までうるませて。これが年頃の女なら文句はないんだが、男のガキにやられてもさっぱり楽しくなんかない。
「いつまでやってやがる」
「結構楽しいぜ?」
同じ姿勢のまま口の端をゆがませてにやりと笑い、ぴょこんと起きあがると俺のことなんて興味もないかのように部屋の探索を始めた。さっきまでのかわいげなんてすでにカケラもない。
「もっと早く来れたんじゃねーか?」
「まーねー。でも、警戒されてもやっかいだし、オレも楽だったし」
「……食ったな?」
「当然だろ?」
ツボをのぞき引き出しを開けカーテンをまくって外を眺め、振り返ってにやりと笑む。カナタなら俺の跡を追うくらい造作もないはずだ。警戒だってされたかどうか。遅れてきた理由はただ一つ。ちくしょう、俺だって食いたかったのに。
「まーまー拗ねるなよ。手伝ってやるからサ」
「わかってんのか?」
「いんや。で、なんだって?」
テーブルの椅子を引き、背もたれを抱きかかえるようにして行儀悪く座った。背もたれの高さがちょうど合うらしく、あごを乗せて好奇心丸出しで俺を見る。
詳細はともかくとしてもお見通しらしかった。まぁ俺もその方が助かるわけだが。
「神話の再現をしたいのだと。言葉はなんとしても探し出すつもりらしいが、エレメントを集めただけではどうにもうまくいかないんじゃないかと」
「……なんだそれ」
「俺に聞くなよ。けどまぁ、聞かないことでもない」
師匠がそんな道楽に手を出してるなんて思いもしなかったが。
「で、世界の素でもつくれって?」
「ご明察」
「世界の再現ねぇ」
そう呟くと、カナタは背もたれに肘を乗せて窓の外へと顔を向けた。魔術錠は目に見えない。窓の外には高い空と幾本もの尖塔と平和な町が見えるばかりだ。
「そんなこと、思いつくんだ……」
その言葉には何とも応えられなかった。
何とかすると言い置いて、居心地だけはいいベッドはカナタに占領された。こうなってしまうとやることがない。せいぜい部屋に人を入れないように食事すらも断って、ぼーっと窓の外を眺めるだけだ。幸いにも今の所、ステイやじーさんが来る気配はなかった。来る前に戻ってきてくれると助かるんだが。
減った腹はリンゴでどうにかごまかした。返す返すもオヤジのシチューが惜しまれる。せめてもうあと数刻、いや、一刻でもステイに捕まるのが遅かったなら、こんなひもじい思いはしなくてすんだだろうに。闇に沈む町に灯る夕餉を楽しむ明かりもすでに消え始め、煌々と照らされているのは通りや酒場などの限られた場所だけとなっていた。オヤジの宿の食堂など、東の空がしらむまで明かりが絶えることはないのだろう。いっそのこと抜け出して食いに行ってやろうかと思わなくもないが、カナタを敵に回すことほど恐ろしいことはないだろうと思い、結局諦めることを繰り返す。
ネコのツメほどの細い月が地平線から姿を現した頃、ぐぅとまた一つなった腹に溜息ついてテーブルの果物かごに幾度目かの手を伸ばした時に、ついに魔術錠がふるえた。反射的に目をやってしまったベッドにはレースが下ろされ、中は見通しにくくなっている。いつになく手間取っているかその中は静かなままだった。
「進んでるか? 飯も食ってないって聞いたぞ」
何の障壁もなく扉が開くと、ステイが部屋着のまま立っていた。土産のつもりだろう、ワインなど小脇に抱えている。
「あ、あぁ。集中したくてな」
「その割にはさぼっているように見えるな。つきあえ」
「こんな時間にか?」
「こんな時間だからだ」
俺が何を言う前に勝手に入り勝手にテーブルを占めると、グラスを並べ両方にワインを注いだ。空きっ腹にワインはかなり堪えるんだが、断るわけにも追い出すわけにも行くまい。仕方なしに、ステイの対面に座った。
「で、進んでるのか?」
「……まぁ、進んでると思ってくれ」
「進むのか」
「なんだそれは」
軽々と一杯目を開けると、早くも二杯目にかかる。そのペースについて行ったら俺は朝日を拝めない。ゆっくりとじっくりと慎重に味わわせてもらおう。軽く嗅いだ香りは濃く柔らかく、上等なものだと知れた。
「私はな、たわごとだと思っているんだ」
「たわごとのために俺は拉致されたのか」
「しょうがないだろう、じーさんのご指名だ」
「……そんなに悪いのか」
「歳だからな。……結局、お前のことが心配なんだろう」
ステイは二杯目のグラスを掲げて窓の外へ目をやった。屋敷は王宮の隅に建てられていたと記憶している。弟子であり子供に近しい俺たちに出来ることは、師匠の作り上げた一切合切を継ぐことであり、そして今、せいぜいわがままを聞いてやることくらいか。
「世界を作るなんてできっこないと思っている。『神の言葉』も知れない。納得させて、もうしばらくもってくれればそれでいい」
俺は黙ってワインを含んだ。さらりとした苦みが広がる。外に飛び出した俺に残ったステイの立場は知れない。師匠の姉娘を嫁にとったと風の噂で聞いていた。王宮でも魔剣士の一団を任されていたはずだ。順風満帆に見えるそのプロフィールだが、実際にどだったかなど本人以外が知ることではない。きっとこんな味のようなのだろう。
「私には組術などわからないし茶番にしか思えないが、まぁ、そういうことだ。久々にお前を見れて喜んでたようだし。……なんだ、減ってないじゃないか」
「勘弁してくれ」
待避させようとしたグラスはあっさり奪われ、上等なワインの情緒など無視してなみなみと注がれてしまった。飲まず逃げは許さないとばかりに、グラスを突き返してくる。
「報酬分くらいは付き合ってもらうぞ」
期待はずれて本物ができあがりそうだとは、言えまい。
「……お手柔らかにな」
たっぷりと重いグラスを掲げ覚悟を決めて一息にあおる。熱い液体が喉を通り胃に落ちていく。それだけでくらりと来る。空きっ腹にこれはキツイ。
「良い飲みっぷりだな! ……そういやお前弟子を取ったんだって?」
再びなみなみと注がれたグラスへ口を付けようとした時で、危うく吹き出すところだった。俺の件は当然ステイ持ちのはずで、だから、荷物と一緒に届いたカナタのことも知っていて当然だった。
「寝てるのか? 子供にはつらい時間だしな」
「あ、あぁ。まぁ、な」
ステイの少し酔ってきた目がベッドに向けられた。大丈夫、ちょっと見たくらいなら寝ているだけに見えるはずだ。緊張を悟られないようワインを飲んだ。早速回り始めたアルコールも手伝って味なんかカケラもしなかった。
「まさかお前がな。どこかの屋敷に飼われて、やばいことでもしでかすんじゃないかと思ってたが」
弟子なんてなと、続ける。大きなお世話だと口に出すのはやめておいた。どちらかといえば俺の方がだなんて、口が裂けても言えやしない。ん、ちょっと待て。
「なんだそれは」
ヒモが向いていると言いたいのか?
「不器用で要領が悪い。……ふん。起こして酌でもさせるか?」
「……待て、ステイ!」
立ち上がろうと腰を浮かし、急に回ったアルコールに再び椅子へと逆戻りした。幾ら空腹でもたった二杯で歩けなくなるはずはないと頭を振って再び立ち上がったとき、ベッドのレースは引かれていた。
「うわっ」
「なんだ、起きてたのか」
ステイが覗いた反対側から濃紺のローブが転がり落ちる。そのまま一回転して素早く立ち上がると、俺の背後へ回り込む。
「カナタ……?」
「酒なんてのんでんじゃねーよ……! あーびっくりした」
びっくりしたのは俺の方だ。間に合ったのは良かったが。
「驚かせてしまったようだな。シークはどうだ、良い師匠か?」
「……い……!」
「えと、ボク、ししょーにはいつもお世話になってます!」
猫をかぶる首より上とは裏腹に、カナタの右手は俺の脇腹をつねっていた。
「あれがなにかって?」
カナタはひとしきりステイに付き合った後で取り出したそれを、じっくり眺めた後で『オゾンのカケラ』と呼んだ。濁った青い球状のこぶし大の物体だった。指ではじくと一瞬だけ羽をもった少女に変わる。「空の高いとこのシルフは特殊なんだって事にしとけよ」と言い置いて、今度こそ寝るためにベッドを占領した。
二日酔いどころか全く抜けていないアルコールに酷い顔をしながら、同じくらい二日酔いに顔をしかめるステイにそれを渡して最後に師匠の顔を見て、たっぷりと重い報酬を受け取って、ようやく俺達はお役ご免となった。王都を出て、元いた町にゆっくり戻る。今度こそ、オヤジのシチューを食ってやる。
「どういえばいいかなぁ。とりあえず、アレで作れると思うんだけど、オレも試してないし」
さらりと、言う。神様でもあるまいに。
「大丈夫、なのか?」
「さすがにリミットはつけといた。オレだって怖いし。まぁ、じじぃ喜ばすにはあんなもんでいいんじゃね?」
師匠の明るい笑顔を思い出す。ベッドの上から動くことはないとはいえ自室に様々な実験器具を持ちこんでいるその様は、まだまだ現役だと自負しているようだった。世の仕組みを解き明かすことが最後の夢なのだと、魔術の師は挑戦者の目で語っていた。
「そうだ、言葉は」
「さてね。キーワードはつくっといたけど、いらないみたいだったし」
「それくらいは自分で探したいんだろう」
「無駄だと思うけど」
カナタはいつもの通りに腕を頭の後ろで組んで、にぎやかな街の穏やかな日常を歩いていく。俺はいつもの通りに追いついてがしがし頭を撫でてやった。
「まぁ、そういうな。無駄とかそういうんじゃないんだ」
「撫でるな!」
「ほらほら、オヤジのシチュー、今日は俺のおごりだ」
にぎやかな通りを一本入れば、ほら良い香りが漂ってくる。
「それ、オレが稼いだんじゃんか!」
「細かいこと言うな。……感謝してるんだぜ」
騒ぐカナタを押しこもうとドアを押す。ドアにでかでかと貼られた但し書きが目に入った。昨日まで無かったはずの但し書き。『王宮関係者お断り』。
俺たちは顔を見ただけでつまみ出された。
[<< Before /
□ RETURN /
AFTER >>]