東峰神社裁判
6・24東峰神社裁判(所有権移転登記手続き等請求事件)
(第1回口頭弁論)傍聴記

                                       文責:T.M.

昨年6月16日,空港公団は東峰神社の立ち木を,成田空港の暫定滑走路の飛行の傷害になるとして伐採しました。空港公団は「土地の所有権を得ており,民法上,立ち木は土地と一体のものであり処分できる」(6/17総裁記者会見)と開き直っています。

 今年4月9日東峰部落は,@神社の土地所有権が部落にあることの確認と,A伐採した立ち木を現状に戻すことなどを求めて提訴しました。その第1回の裁判(501号法廷)が,6月24日行われ傍聴しました。傍聴席36に対し反対同盟をはじめ80名弱の人が並び抽選になるという状況でした。

 裁判は,被告・空港公団の答弁と原告6人の意見陳述(1人は,後日提出する)が行われました。

 原告のみなさんの意見陳述は,東峰神社が部落にとっていかに大切なもので子どもの頃からよりどころとしてきたかということ,それが部落に一言の相談もなく破壊されたことへの怒り,神社林の伐採は部落に対する否定だといったことが語られました。空港問題をめぐって東峰部落は三つのグループに分かれているのですが,同時に,部落の仕事を共同で行い,助け合い,共に生きている共同体であり,部落が団結していることが示されました。

 被告側の答弁は「神社林だということは争う」としていますが,主張は短く「もっと詳しい答弁を」という裁判長の訴訟指揮が行われるというものでした。

 今後の裁判では,原告側は当時を知る石井武さんの証人尋問を早く実施させたいとしています。みなさん!傍聴に駆けつけてください。
    
 

 原告の意見陳述について

       石井恒司さん

現在54歳になるが,神社は幼い頃総有として建てられたと聞いている。開拓地は伐採し根を掘り起こして大変な想いで開墾した。開墾が一段落した頃,村の守り神として東峰神社が建てられた。

毎年11月23日舞台をつくり宴会を開いている。村の中心にある社は,木に覆われ,村の数十年の歴史と木々が繁り威厳を保っていた。今も村総出で掃除,手入れをしている。

公団は村に歓迎されていない。一方的に伐ってしまうという冒涜は許されない。

神社は,法律によって守られているのではない。村の歴史,心のよりどころによって守られている。法律によって壊されるのは許されない。


       川嶌みつ江さん(弁護士が代読) 陳述書の全文はこちらをクリック

電気もなくランプだけの生活で,開拓が始まったのは昭和21年から26年だった。当時村には神社もなかった。天神峰部落のどうろく様に手を合わせていた。

そうこうするうち,東峰部落も神社を建てることになった。部落総出で神社を造った。それからは,東峰神社で手を合わせるようになった。祭りの日は毎年11月23日としてきたが,それは神社をつくった日で,櫓を組み,踊り,映画も行われた。

部落の人に確かめもせずに木を伐ったのは信じられない。

神社を元通りにしてください。

 

       島村昭治さん

東峰神社は子どもの頃に建てられ,東峰部落として団結が固まってきた。祭りは楽しみの場所であり,お宮参りをしたり,精神的な支柱という存在だ。盆と年末に掃除をしたりして守ってきた。

公団は部落に相談もなく神社林を伐採した。許されない行為だ。公団は36年間このようなことをやってきた。私は,公団を許せない。

 

       萩原進さん     陳述書の全文はこちらをクリック

東峰神社の創建は1953年,それからあたりまえのものとしてあったと思っている。

戦後,開拓し,あの地に神社を部落総出,近在のものも含めて建設した。東峰神社は,部落のものも近在のものも東峰部落の物だといっている。

神社は,日々の労働を癒す安らぎの場でもあった。演劇を行ったり,夏には映画上映を行って過ごした。

自分が15歳の時,重箱に赤飯を詰めてお参りに行ったことがある。それは大人になったということ。娘の七五三にも行った。という意味で,東峰神社は部落の守り神である。土地,建物,森も一体となって神社を形成している。金銭でやりとりする物ではない。

公団が部落の者を排除して木を伐採して,衝撃を受けた。神社を壊すことは,部落を破壊するもの。それが許されるのか,泣き寝入りせよというのか。破壊に抗議し,逮捕されたが,200通のFAXの励ましがあった。なによりもうれしかったのは,部落のみんなが家に来て励ましてくれたことである。

自分は開墾に実際に携わったわけではないが,実際農業に携わっていると,先人の苦労を大変だったと思う。

公正な裁判を心からお願いします。

 

       樋ヶ守男さん     陳述書の全文はこちらをクリック

私が東峰に住み始めたのは1991年4月です。個人あるいは一つの家族は,死んだり流動的ですが,どこにどれほどの期間かかわろうと人間にとって大切なことは,現在も将来も人々がそこで生きられるように,そこの環境やコミュニテェを生きた関係として維持していくことです。各自の考え方や立場の違いがあっても,人々が東峰という地で生きている。そのために自治的な部落がある。

神社林の伐採で,自分が何度となく神社修築や掃除に関わったり,この地に住みこの神社に関わっていなくなった多くの人々の思い,仕事がすべて無にされてしまった。現在の成田空港には多くの生命と農民たちの魂が生き埋めにされている。神社林の盗伐は,さらに生き埋めを続ける,東峰の人々を既に死んだ者として扱い続けると言うことです。

公団は,神社林盗伐の非を心から謝罪すべきです。

 

       平野靖識さん

77年から三里塚物産を営んでいる。80年,三里塚物産がその土地を取得した。

東峰神社は,掃除,草刈りも女性たちの仕事で行われている。神社の修築(1990年)にも携わった。

東峰神社は,東峰部落の財産であり,神社林の伐採は許されない。

 

総有関係を証明する東峰神社
建立式の写真。【53年11月23日】
建立当時の東峰神社。住民が植樹
した木々の苗が見える。
立ち木を切り倒される前の東峰神社
の写真。【2001年ころ】
根元からすべての立ち木を切り倒され、
丸裸になった東峰神社。【2001年6月】

  

 

☆参考(東峰神社の歴史 『東峰神社の理解のために』パンフレット刊行委員会より)

(1)  二宮尊徳を祭神とする産土(うぶすな)神社

苦難の開拓が一段落する頃,心のよりどころとして,1953年11月23日部落の共同事業として建立された。部落合議の末,東峰部落の産土神社とした。

(2)  寺田増之助氏が敷地を寄贈

社殿ならびに石燈,御手洗い,石碑などは伊藤音次郎氏が寄贈した。

敷地(154u)は寺田増之助氏が寄贈した。

   部落全体の共同作業で建立し,神社林を植林した。

建立した1953年11月23日から部落全体の所有(総有)となった。

(3)  便宜的・表見的な登記名義

   その後寺田増之助氏は東峰部落から転出することとなり,宅地,耕作地,山林などの所有地を,東峰部落  外の浅沼輝男氏に一括譲渡した。この時,神社敷地も,浅沼輝男名義に書き換えられた(1961年12月13 日)。

    1969年3月19日,空港公団は浅沼輝男氏から同人が所有する空港用地を買収したが,その際,神社敷地   分は「笠峰53-2」として分筆し,浅沼輝男氏名義のまま残した。

   権利関係が不動であるのに,上記のように登記名義が変遷したのは,現行の登記法制には総有財産についての    登記方法がないからです。総有の場合の登記名義は,便宜的,表見的なものであり,名義人に実質的な所有権は   ないのです。

(4)  空港公団が「所有権移転」登記

  ところが空港公団は,立ち木伐採の前日(2001年6月15日),突如として登記簿上の表見的な名義人に  すぎず売買する権利のない浅沼輝男氏から,神社敷地を買ったと称して,空港公団に「所有権移転」の登  記をおこなったのです。

  「土地の所有権は得た」とする公団総裁の会見は,この無効な名義変更のことを指すのであり,この上に  「土地と立ち木は一体」という事実と異なる理由付けによって盗伐を行ったのです。神社林は部落の人々  が奉納し境内において育成・管理してきた,それ自体がご神体であり,土地に生えている単なる樹木とは  異なります。


総有(そうゆう)[法学/民法]  (栗田隆HP−豆辞典−より) 参考

財産を複数の人が共同して所有することを共同所有といい、総有は、その1つの形態である(他に、共有、合有がある)。

総有の対象となる財産は、次の特質を有する総有団体が管理・処分する。構成員の変化があっても団体は同一性を保つ点では、法人と同じ。 法人格は認められないので、総有団体は、現実の構成員の全体である。

したがって、総有財産は総有団体に帰属するといっても、その構成員全員に帰属するといっても、同じことである。各構成員は、総有財産について使用・収益権を有する。総有財産に関するこれらの権利は、団体の構成員の地位と結びついていて、構成員でなくなることによりこれらの権利も失う。

民法は、私有財産は個人が管理するのが経済活動の便宜にかなうとの立場から総有関係について積極的に規定することはしなかったが、江戸時代からの慣習を尊重して入会権(民法263条)を認めており、これが総有関係にあたると理解されている。

総有財産に関する訴訟の当事者については、次の2つの可能性がある。

総有財産を管理する社団が形成されていて、それが代表者の定めのある権利能力なき社団に該当する場合には、社団が当事者となりうる(民訴29条。入会団体の総有に属することを争う者との訴訟に関し、最判平成6531日民集4841065頁)。

団体構成員全員が当事者となることもできる(この場合には、固有必要的共同訴訟となる。入会権確認の訴えについて、最判昭和41.11.25民集20-9-1921)。