孤独な少女絵美1
「ちょっと、私のコーヒー勝手に飲まないでよ!」
スージーがベティを睨みつけて言った。
「だって馬鹿でかい、おめえが邪魔でコーヒー取りにいけねえんだから、いいじゃねえか」
ファミレスのU字型のソファで笑子とスージーに挟まれているベティが口を尖らせてコーヒーを飲みながら言った。
笑子の実家に向かう前に横田基地近くの国道16号沿いのファミレスで昼食をとっていた。
背が高く端正な顔立ちでモデルのようなスタイルのスージーに、矢鱈と煩いベティそれに革ジャンを着た笑子の組み合わせは外人が珍しくないはずの、この辺りではあるが大いに周囲の視線を集めた。
「もう静かにしてよ!」
笑子は爆発した。
レインボータウンで軍のヘリに乗り込みヘンダーソン基地からギャラクシーに乗り換え横田基地に到着するまで2人は延々と口喧嘩を続けた。
笑子は爆破された家の事が気になりイライラしていたので2人の口喧嘩は正直堪えた。
残ったのは今着ている服に2百ドル30セントとマスターカードの入った財布だけだ。
「暫くは自宅でおとなしくしているのがいいだろう」というタカハシの提案で急遽帰ることになったのだが、なにしろ昨夜突然帰ってきたので家族には知らせていない。
昭島駅前のレンタカー屋で借りた小型車はエアコンの利きが悪く窓を開けて走った。
ここから笑子の家のある川越までは20km程度だ。
スージーの運転はスムーズで違和感がまるで無い。
むしろ笑子の方が慣れない左側通行に少し気分を悪くしたようで軽い胸焼けを感じ始めた。
「やっぱり電話するわ」
笑子が言った。
入間市に入った辺りでコンビニに寄り公衆電話から家に掛けたが留守だった。
「夕食の買出しにでも行っているんでしょ」
スージーが言った。
狭山市に入って、もう一度電話を掛けたが、やはり留守だった。
「変だな?もう5時なのに」
笑子は少し不安になった。
とうとう家に到着したが相変わらず留守だった。
鍵の置き場所を知っている笑子は玄関を開け中に入った。
初めての日本家屋に慣れないベティは靴を履いたまま廊下に上がり後ろのスージーに注意された。
「うるせえな!今脱ごうと思ってたんだ」
ベティは不愉快そうに靴を脱ぎながら言った。
笑子が冷蔵庫を開けると和風ドレッシングとマーガリンそれに缶ビールが2本冷えているだけだった。
その時玄関のベルが鳴った。
「誰だろう?」
笑子は玄関に向かいながら思った。
ドアを開けると警官が二人立っていた。
笑子は咄嗟に「済みません車直ぐに退けますから」と言った。
家の前は駐車禁止だった。
「何してる!」
警官は険しい顔をして言った。
「だから今すぐ退けますから」
笑子は少々不愉快そうに言った。
「他に誰が居るんだ?」もう1人の警官が家の中を覗き込みながら言った。
高々駐車違反くらいで、そこまで言われる筋合いは無いと思った笑子は「今退かしますから」と言ってドアを閉めようとした。
その時警官は笑子の手を掴み「いいから出て来い!」と言って引っ張り出そうとした。
「キャッ!」
笑子は思わず悲鳴を挙げた。
その声を聞いたベティとスージーが居間から出て来た。
「いやっ、止めて!」
笑子は必死に警官に掴まれた手を振りほどこうとした。
「何しやがる!」
ベティが怒鳴って飛んできた。
その次の瞬間笑子の手を掴んだ警官の体が宙を舞い玄関先から道路に転がって行った。
ベティの見事な一本背負いが決まったのだった。
転がった警官に数人の警官が駆け寄った。
そして家を取り囲んだ警官隊に笑子たちは気付いた。
「全く君たちは何を考えているんだ!」
イヴァノフ大佐は呆れ返った様子で言った。
「まあまあ、今回の件は、お互いの誤解で起こったことですから」
丸顔の警察署長は笑顔で大佐を宥めた。
笑子の両親は2泊3日の旅行に出掛けていて留守だった。
それを知っていた隣人が見慣れぬ車が家の前に止まり、家の中から聞き慣れない若い女性が英語で話しているのを聞き不審に思い警察に通報したのだった。
能登半島に旅行中の両親に連絡がつき身の潔白は証明されたが投げられた警官は地面に落ちた時右手首を骨折し全治2ヶ月の重傷だ。
「私は基地に戻るが君たちは、どうする?基地で泊まっても良いんだよ」
警察署を出たイヴァノフ大佐が尋ねた。
「せっかくですから私は家で」
笑子が言うと「私は彼女(笑子)をガードする義務がありますから」とスージーが言った。
「おいおい、オレ1人基地は嫌だぜ!」ベティが口を尖らせて言った。
家に戻ると中が荒らされていた。
本当に泥棒が入った。
笑子は早速110番に電話を掛け電話に出た女性の係官の指示に従い部屋のものに手を触れずに外に出て待った。
10分程して原付スクーターに乗った中年の警官が来た。
彼は玄関から中を覗き込み居間に衣類が散乱しているのを見て「本当に入られたんですね」と神妙な顔をして言った。
その言葉にカッ!ときた笑子は「誰が、こんな冗談を言うんですか!」とつい声を張り上げた。
「そう興奮しないでくださいよ。さっきのように又勘違いかと思ったんですよ。今応援を呼びますから」彼の事務的な話し方に笑子は呆れて、それ以上何も言う気がしなくなった。
5分くらいで来た捜査官に笑子はいろいろ聴かれたが8年振りに帰った家なので何がどうなっているのか全く分からず両親が帰るまで何が盗まれたのか分からない。
「現場を保存する必要が有りますから今夜は別の場所で泊まって下さい」
若い警官が言った。
「どうする?」
スージーが尋ねた。
「基地はカンベンな!」
ベティが言った。
笑子も基地は落ち着かないのでベティに賛成だった。
早速3人は駅前の交番に行き紹介してもらったビジネスホテルに直行したがフロントでは満室を理由に断られた。
「おいおい、さっきポリスステーションでは『部屋有る』って言ってたんじゃなかったのか?」
ベティが口を尖らせて言った。
「怪しまれたのよ。女性3人で、しかもガイジンが2人居るし」
スージーが切なさそうに言った。
笑子には返す言葉が無かった。
「腹減ったな!」
ベティが右手でお腹を擦りながら言った。
「あんた食べる事しか頭に無いの!」
スージーがバカにしたように言った。
「バカバカって、お前はどれだけ頭が良いというんだい!そりゃ大学くらいは出ているだろうけどオレだってれっきとした警官だ。それなりに勉強はしたんだ」
「何よ!警察学校で半年か1年くらい勉強したくらいで。私はハーバード出てから日本のトーダイで2年間勉強したんだから。あんたに言っても判んないとは思うけどハーバードくらいは分かるでしょ!」
「うるせえ!ハーバードが何だって言うんだ。ところで、そのトゥデーってなんだい?」
「トゥデーじゃなくてトーダイ!トーキョー・ユニバーシティ!日本で一番優秀なとこよ!」スージーが鼻高々に言った。
「そのトゥデーとかなんとかいうのは本当に凄いのか?」
ベティが笑子に尋ねた。
「ええ、凄く頭の良い人たちの集まりよ」
笑子は「信じられない!」といった顔で言った。
「でもよ、そんな優秀な、お方が今夜の宿をとることもできねえのか?」
「何よ!このモンキーが!!」
スージーは余程頭に来たらしく興奮して言った。
「誰がモンキーだって!」
「私はこう見えてもジュードーのブラックベルトよ!」
「おいおい、カラテじゃなかったのか?」
ベティがからかうように言った。
気が付けば言い争う2人の周りには人だかりができていた。
「あれ、エミッちじゃない?」
聞き覚えのある声が笑子の耳に飛び込んできた。
笑子が振り返ると和泉が居た。
「イズミー!」
「やっぱりエミッちだ!」
2人は手を取り合って跳ねた。
「うちの実家で泊まれば?」
和泉の提案に笑子たちは二つ返事で受け入れた。
桶川市にある和泉の実家は農家で田んぼの中にあった。
耕運機のある納屋の2階の部屋(以前和泉が勉強部屋として使っていた)へ布団を運び込み寝床を用意した後に和泉の運転する車でコンビニに夜食を買いに出掛けた。
ベティには水の張られた田植え前の田んぼが珍しいようであれこれ笑子に尋ねるがサラリーマンの家庭に育った笑子には答えられないことばかりだった。
コンビニの入口の前で高校生くらいの女の子が3人地面に座り込んで菓子を食べたりジュースを飲んだりしている。
辺りには剥がされた包装紙をだらしなく散らかしている。
その前を通って店に入り、それぞれめぼしいものを買いカゴに入れてレジに並んだ。先頭の笑子がマスターカードを差し出すと店員が「申し訳ありませんが国内の信販会社が加盟しているものは、お持ちではないですか?」と恐る恐る言った。
「これは正真正銘のマスターカードよ。贋物なんかじゃないわ」
「いえ、そうれは重々分かっています。店の方針なんで、済みません」
笑子の剣幕に申し訳なさそうに店員が言った。
「しようがないわね。私が立て替えとくから。でも利息が高いから覚悟しろよ」
和泉がそう言って1万円札を取り出した。
「これ誰が買ったの?」
笑子が買いカゴから花火セットを取り出して言った。
「オレだよ、メシ食ったら後でやろうと思って」
ベティが言った。
「バッカじゃない!」
スージーが呆れたように言った。
「なんだと!お前にはやらねえからな」
ベティが口を尖らせて言った。
「もう止めて!」
英語が良く分からない和泉はおろおろするばかりだった。
見かねた笑子が通訳すると和泉が「食事の後で近くの公園でやりましょ」と言った。
母屋から電子レンジと電気ポットそれに電熱プレートを持ち込んで買い込んだ冷凍食品やカップ麺を順次解凍調理して食べ始めた。
笑子はハシを上手に使いカップ麺を食べるベティ、スージーに感心した。
「連絡してくれれば成田まで迎えに行ったのに」
和泉が言った。
「急に決まったから」
「ところで3人はどういう関係?」
和泉の問いに笑子は一瞬言葉を失った。
「ナリタで出会ったんです。それで意気投合して」
スージーが咄嗟に言った。
「そうなんだ」
和泉が不思議そうに言った。
この設定はどう見ても不自然だったが突っ込む理由も見当たらないので和泉も無理やり納得せざるを得なかった。
食後、和泉の父親の釣用のクーラーボックスに氷とビールを入れ近くの公園に花火をしに出掛けた。
懐中電灯を持った和泉を先頭に笑子、スージー、ベティと並んで畦道を歩いて公園に向かった。
公園にはバットを持って素振りをするユニフォーム姿の中学生らしい少年と街灯から離れた位置にあるベンチで1組のカップルが居るだけだった。
それほど広くもない公園の真ん中でまず爆裂系の花火から始めた。
4〜5mくらいまで上がる火花に4人は見入った。
数分で辺りには白煙と強烈な硝煙の臭いが立ち込めた。
次に打ち上げ花火を持ったベティがスージーに向けて火を点けた。
シュポン、シュポンと次々と火の玉がスージー目がけて飛んで行った。
スージーはキャッ、キャッと騒いで逃げ回っている。
次の花火に火を点ける前にクーラーボックスから缶ビールを取出してリングプルを引いてグイグイ飲み始めた。
その隙を突いてスージーが打ち上げ花火を手に入れ火を点けてベティに向けた。
今度はベティが逃げ回る番だ。
その様子を見ていた笑子と和泉は腹を抱えて笑い転げた。
「あれっ!」
笑子は公園の入口でこちらを恐る恐る見ている少女たちに気付いた。
先ほどコンビニに居た子たちだった。
「一緒にやらない?」笑子が花火を1本手に持って振りながら誘った。
すると女の子たちは相変わらず恐る恐る近づいて来た。
彼女たちに1本ずつ花火を手渡すと笑子は「後はセルフサービスよ」と笑って言った。
女の子たちは直ぐにベティとスージーの餌食となり追い回され始めた。
公園にはキャッキャと黄色い声が飛び交った。
気が付くとカップルも少年も居なかった。
「おねえさん凄いな」
痩せっぽちの背の低い女の子が笑子に言った。
「そうよ、彼女はアメリカで大学出て博士号取ってるのよ」
和泉が缶ビールを片手に言った。
「すっごーい!」
女の子は小さな目を丸々と広げて言った。
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