孤独な少女絵美3

 
 
 それに対してベティとスージーは、そのおどおどした態度のひとつひとつを「キュート!」と言って騒がしい。すると訳の分からない父親は、どうしていいのか分からず余計恐縮する。
 笑子は、それが可笑しく、ただ笑っているだけだ。
 夕方、イヴァノフ大佐から「明日朝一番に(横田基地に)来てくれ」と連絡が有った。
 「何だよ!暴動でもあったみてえに、この混み具合ときたら!!」
 ベティは朝の渋滞ラッシュに毒づいた。
 「もう、煩いわね!嫌ならサッサとアリゾナの砂漠へお帰り!サンディ・モンキー」
 車を運転するスージーが不愉快そうに言った。
 「今度言ったらぶっ殺す!」
 ベティが後部座席からスージーの首を絞めながら言った。
 「ちょっと止めてよ!」
 スージーがくすぐったそうに言った。
 「止めねえ、『もう二度とモンキーとは言いません』と宣言するまではな」
 ベティは、そう言って、くすぐりだした。
 「もう、止めて、本当に!」
 スージーが言った次の瞬間、"ドン"という鈍い音とともに少し強い衝撃を受けた。笑子たちの車が前の車に追突したのだ。
 3人は一瞬押し黙って互いの顔を見合わせた。
 追突された前の車のドアが開き髪を赤く染めた若い運転手が降りてきた。
 そして助手席側のドアも開きスキンヘッドの太った若い男が金属バットを持って降りてきた。
 「何やってんだ、このボケがあ!」
 赤髪の男が叫んだ。
 「早く降りろカモ〜ン!」スキンヘッドがバットを振り上げて言った。
 スージーとベティはその態度が可笑しかったらしく、ドッと笑い出した。
 「何が可笑しいんだ!」
 スキンヘッドが怒鳴りバットで屋根を激しく叩いた。
 「キャッ!」
 笑子は目を閉じて悲鳴を挙げた。
 「この野郎!」ベティはスキンヘッドを睨みつけながらドアを開けた。
 そしてスキンヘッドが威嚇するように振り上げたバットをいとも簡単に取り上げて股間に膝でキツイ一発を見舞った。
 スキンヘッドの表情が一変して「ウウッー!!」と低く唸り、まるでスローモーションでも見るようにゆっくり崩れた。
 「私は朝一番で基地に来いとは言ったが『朝一番で警察署に招待しろ』とはひと言も言ってない!」
 イヴァノフ大佐は眉間に浮き出た血管が今にも破れそうなくらい壮絶な表情で言った。
 例のスキンヘッドは片方の睾丸が破裂し赤髪の方は頬骨の骨折で全治2ヶ月の重症だ。
 しかも笑子の着ていた革ジャンの内ポケットから32口径の拳銃が見つかり3人は厳重な警備の護送車で県警本部へ逮捕護送され、大佐も呼び出された。
 拳銃はバイクで出歩く時護身用に、いつも持ち歩くものだ。
 (砂漠には毒サソリやガラガラヘビそれにコヨーテなどもいる)
 「つい忘れてました」
 笑子は神妙な顔つきで言った。
 「まあ事情が事情ですし今回も無かったことで、でも次はご勘弁を!」
 例の太った署長が苦笑いしながら言った。
 「一度ならず二度までも、なんと言っていいやら」
 イヴァノフ大佐は流暢な日本語で署長に謝った。
 「ところで相談なんですが」
 署長が一変して真剣な表情で切り出した。
 「近頃埼玉県でも外国人絡みの犯罪が多発して手を焼いている次第なんです。
 外国から来られる方々も単に観光目的というだけでなくビジネス、勉強、就労と様々です。なかにはスリや空き巣なんかの窃盗集団や売春目的といった好ましからざる連中も来ます。ですが、それらに対応するには中々、いつも後手後手となっているのが現実です。そこで、この2人の方に研修ということで県警の方へ来ていただけないでしょうか?いえ常勤じゃなくて結構です。元々河村さんのガードという目的で来日されたのは承知してます。必要に応じて、こちらから連絡させてもらいますから、それに河村さんのガードをするにしても警察官の身分は何かと役に立つと思いますよ」
 そういう訳でベティとスージーは埼玉県警への就職が決まった。
 笑子は「こちらとしても今別件で手が回らないので暫く自宅の方で待機していてもらえないか?そうそう、給与に関しては向こうで貰っていた月2300ドルに出張手当を500ドル合わせた金額で政府とは話がついてる」と大佐から言われ自宅に戻った。
 家では和泉が絵美を連れて来ていた。
 「ゴメン!うちの両親明日から4日間泊りがけで湯布院まで行っちゃうのよ。
 なんでも農協のバザーで当たったとかで。それで悪いんだけど、その間預かってもらえない?私も今クライアントとの打ち合わせで夜遅いし」
 そういう和泉の横で絵美が悲しそうな顔をしていた。
 「うちは構わないのよ」
 お茶を運んできた笑子の母が言った。
 「ゴメンねオバサン」
 和泉が言った。
 5分ほど話して和泉は「ゴメン!これから新宿でクライアントと打ち合わせなの」と言い残して帰って行った。
 「変わらないわね!」
 母が言った。
 笑子は絵美を連れて近くの携帯電話のショップに出掛けた。
 「アメリカ在住ですか?ちょっと購入は難しいですね。こちらで住民票とか免許証を取れば簡単なんですけどね」若い女性店員が残念そうに言った。
 早速川越市役所に出向いた笑子は転入届を済ませ、ついでに、その足で鴻巣の運転免許試験場へと足を運んだ。
 「普通免許は、そのまま発行できますが2輪免許は、もし大型まで必要なら簡単な審査が必要です」窓口の女性が言った。
 笑子は取り合えず四輪だけ運転できればいいと思い大型二輪は断念した。
 「おねえさんバイクに乗るの?」
 笑子が少々驚いたように言った。
 「ええ、今は古いのに乗っているけど以前はカワサキのニンジャっていうのに乗っていたわ」
 笑子が言うと「すっご〜い!」と絵美が目を輝かせて言った。
 再びショップに出向き携帯電話を手に入れた笑子は絵美を連れてショッピングセンターに出向いた。
 絵美の衣類を買うためだ。
 「いいよ、アタイは」
 絵美が、そういって遠慮したが擦り切れて薄汚れたジーパンに少々臭うトレーナーは年頃の女の子には似合わないし第一不健康だ。
 取り合えずジーパン2本にトレーナー3着、下着とジョギングシューズを買い込むと軽く3万円が消えた。
 「悪いな〜、働いて返すからね」
 絵美は申し訳なさそうに言った。
 「よし、しっかり利子取るから覚悟しろよ!でも変な稼ぎには手を出しちゃダメよ」
 笑子が言うと絵美はボロボロ涙を流して「うん!」とだけ言って両手で顔を覆い座り込んで泣き始めた。
 「ちょっと、止めてよ、なんか虐めているみたいじゃないの!」
 笑子が言うと絵美は声を挙げて泣き出した。
 「もう私まで悲しくなっちゃうじゃないの!」
 笑子も座り込み絵美を抱きしめて泣き出した。
 「あれ!エミッチじゃないの?」
 笑子が声のする方に顔を上げると高校の同級生の智子が小さな女の子を連れて立っていた。
 喫茶店に入った笑子たちは近況報告をし始めた。
 「2日前に帰ってきたんだ。こっちには長く居られるの?」
 「うーん、暫くは、こっちで仕事みたい」
 「ところで結婚してるの?」
 旧友は遠慮がない。
 「まだ、今のところ彼氏も居ないし…」
 笑子は言葉を濁した。
 「絵美ちゃんだったっけ、あなたは中学生?」
 智子はマズイと思ったのか唐突に話を変えた。
 「この子もう16よ」
 笑子が言うと智子は驚いた様子で「悪かった!」とだけ言った。
 「それにしても高校の時に皆で受けた簿記の試験で落ちたのエミッチだけだったのに今じゃ博士様だもんね」
 「えっ、おねえさん博士なの?」
 絵美が驚いたように言った。
 「それがさあ、博士なんて掃いて捨てるほどいて、それだけじゃ食べられないのが現実よ。中には学問だけじゃ食べて行けなくて道路工事やってる人もいるくらいなの。私も例に漏れず休みなしで働いても月2200ドルよ」
 「なに言ってるのよ、日本じゃ、そんなに貰えないよ。贅沢、贅沢!」
 話は途切れることなく続き智子の娘は退屈した様子で落ち着かない。
 彼女がグズッて泣き出したところで、お開きとなり家路についた。
 家の前には【埼玉県警】と書かれたミニパトが止まっている。
 ミニパトを矢鱈怖がる絵美を連れて家に入ると居間では制服姿のベティとスージーがテレビを見ていた。
 「どうだ、似合うだろ!」
 ベティが自慢げに言った。
 「私のは合うのが無くて、こんなに不恰好なの」
 スージーが胸の辺りがパンパンに張りズボンはダブダブの制服を着て言った。
 事情を知らない絵美は一昨日とは違う二人に馴染めない様子だ。
 「言い遅れたけど2人はアメリカから埼玉県警に研修に来てるの」
 笑子が咄嗟に言った。
 「そうなんだ」
 絵美は納得できない様子で言った。
 「なんか、あの署長もオヤジ(レイナード署長)と同じで食わせ物みてえだな。
朝の話じゃ時々出向けばいいみたいな話だったけど『明日から8時までに県警本部へ来てください』だってよ!おまけに今夜からオオミヤにある職員用住宅で住めだってさ」
 ベティがふてくされた様子で言った。
 「なに言ってるの!怪しいガイジンを雇ってくれてオマケに住むとこまで世話してくれるなんて感謝しなくちゃ」
 胸のボタンを外し胸を肌蹴たスージーが言った。
 その夜はスキ焼だった。
 ベティは「うめえ、うめえ」を連発して肉1キロと丼山盛りのご飯をあっという間に平らげた。
 その勢いに絵美は「すっご〜い!」を連発している。
 8時過ぎにスージーの携帯電話に県警から連絡があり2人は帰って行った。
 絵美は笑子の部屋の隣にある20年前に交通事故で亡くなった妹恵理の部屋で寝る事になった。
 部屋には整然恵理が使っていた机やランドセル等が、そのまま置かれていた。
 「邪魔なら適当にどかして構わないからね」
 笑子の母が言った。
 絵美は箪笥の上に置かれた、きれいに磨かれたランドセルを手に取ると抱きしめて泣き出した。
 「アタイもランドセル欲しかった」
 絵美はそれだけ繰り返した。
 笑子の母は、つい貰い泣きしてしまい2人で抱き合って泣き出した。



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