江戸の長岡藩邸めぐり
 長岡藩抱え屋敷
高尾山から建設中の東京スカイツリーを見ると、新宿副都心の高層ビルの上に突き出ている。建設地の墨田区向島をネットで調べていたら、驚くべき事実がわかった。最寄り駅の押上駅の北西に、かって長岡藩抱え屋敷があったのである。向島3丁目付近は区画整理によりかなり整然としているが、都立本所高校の西側が複雑な地形になっている。
今の本所高校の敷地は旧小梅村須崎村の入会地で、その西側に湾曲した帯状の須崎村の土地を挟んで、約6千8百坪の長岡藩抱え屋敷があった。

抱え敷地跡は都営浅草線押上駅の北西約500mで都立本所高校に隣接する

安政3年の尾張屋版切絵図の隅田川向島絵図に、牧野備前守の名前が載っている。尾張屋の切絵図では、抱え屋敷も下屋敷と同じ黒丸の表示である。本所高校の西側が湾曲しているのは、抱え屋敷の東側に道路があり、当時の地形がそのまま残っていることを示している。
敷地の跡地は3〜4階程度の建物が多く、2階建ての古い民家や新しい10階程度のマンションも見られる。昔は墨田の町工場が多かったのであろうが、今では日本の高度成長を支えた金属加工業の面影はなく、民家や小規模な紙加工業や印刷業などが見られるだけである。

絵図に牧野備前守の文字(下が北) 抱え敷地跡から見た建設中の東京スカイツリー

幕末
 北:寄合片桐久太郎屋敷
 東:須崎村
 南:小梅村
 西:小梅村須崎村入会地
 広さ:約6760坪
現在
 北:水戸街道、桜橋通りと民家
 東:都立本所高校
 南:中層ビルとスカイツリー
 西:中層ビルや民家
北側:水戸街道、桜橋通りと民家
西側:中層ビルや民家 中層ビルや民家 東側:都立本所高校
南側:中層ビルとスカイツリー


 建設中の東京スカイツリー(旧長岡藩抱え屋敷跡付近からの8景)

訪れたのは2010年の10月25日である。帰ってきてから報道で知ったが、偶然にもこの日の午前に、スカイツリーの本体部分が497mの最高位に達した。今後はタワーの上にアンテナを取り付ける作業が行われる。完成時の高さは634メートルとなるが、アンテナの工事は今までの積上方式とは異なり、本体内部でアンテナを組み立て、先端部分を逐次押し上げる方式となる。2012年春の開業予定である。
本体部分の高さが最高位に達した記念すべき画像を、旧長岡藩お抱え屋敷跡から撮ったのでお見せしたい。
(この日の午後の天気は曇り、夕方に小雨模様となり、画質があまりよくない)





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