リサイタルの軌跡

 ひとりで舞台に出て、テキストも使わず、最小限の演出、照明や音楽などを背景に、ひたすら作品を忠実に朗読する。お客さま も朗読を聞きに来るだけ、というスタイル…。
 忘れもしない、最初の正式の舞台は、いまはなき上野・本牧亭でした。とりあげたのは樋口一葉の『大つごもり』『日記』 『十三夜』、そして「一葉の思い出」と題する、一葉研究家.馬場胡蝶の本です(『明治文壇の人々』より)。
 二回目のリサイタルは、渋谷の東邦生命ホールに舞台を移しました。「三人の女」と題したもので、『十三夜』のお関さんと 『わかれ道』のお京さん、それに『にごりえ』のお力さんの部分をアレンジしたのです。このころから、お客さまのしっかりした 手応えを感じ始めました。
 以来、1994年までは、東邦生命ホールを中心にリサイタルを行い、国立劇場小ホール、国立演芸場、三越劇場などにも 出演してきました。その間、たくさんの地方公演もありました。
 現在は、四谷の紀尾井ホールで、秋のリサイタル「幸田弘子の会」を行う……、というのが、これまでの歴史です。
 舞台で朗読した一葉作品は、『やみ夜』『大つごもり』『たけくらべ』『にごりえ』『われから』『うらむらさき』『日記』など。おもだった ものを、ほとんど読んだことになります。
 また多くの場合、一葉とあわせて現代作品や翻訳物、さらには鏡花などの文学をとりあげるようにもなりました。少しでも朗読の 新しい側面を開こうと思ったからですし、美しい日本語がさまざまな形で存在することを、アピールしたかったからでもあります。
 一葉ばかりではありません。大きな柱としては、前にもお話ししたように、とくに『源氏物語』があります。原文や現代語訳で『源氏』 を朗読する試みを、もう30年近く続けています。寂聴先生の現代語訳は、女優の有馬稲子さんともごいっしょに読みました。 いくつかのカルチャーセンターや大学などで朗読の講座を持つようになったのも、20年ほど前からのことでした。