ホールにまつわる苦労について

 朗読の舞台をおもな仕事にするようになると、新たな問題がいくつも生じてきました。そのひとつが、劇場、ホールです。
 数えられないいくらいたくさんのホールや劇場に立ってきましたが、外の音が聞こえてしまうなどというのは、 むしろあたりまえでした。当時は、それほど音響に気を遣っていなかったのでしょう。
 自動販売機の音やエレベーターの音、ロビーのお客さんの騒ぎ。国立劇場の小劇場では、なんと大劇場で演じられる 歌舞伎役者の声までが、聞こえてきたものです。
 その点、最近のホールはとてもすぐれていて、東京の紀尾井ホールなどはすばらしいと思います。
 もちろん、朗読専門のホールというのはないわけですから、多くの場合、コンサート会場や演劇用のホールを借りることになります。
 演劇用はいいのですが、こまるのは音楽専門のホール。響き、エコーがっきすぎてしまって、かんじんの声が、聞き取りにくく なってしまうのです。しかも、ときどきは私も、音楽家たちとの「ジョイント・リサイタル」を行ったりするので、朗読に適したポイントを 探すのはたいへんです。
 大阪の和泉ホールで、ドイツの天才少年チェリストと、いっしょに公演をしたことがあります。このホールは音楽会用に設計されて いますが、響きがよくて、しかもはっきり声が聞き取れるという、すばらしい設計でした。長方形ではなく、少し膨らんでいるところが、 その音響の秘密のようです。
 リハーサルのときは迷いました。楽器の演奏家にはちょうどいいのですが、朗読では舞台のどこに立ってもエコーがつきすぎます。 あれこれ試してみて、けっきょく舞台の前のフチから1メートルくらいで読むと、さほど響かないことがわかりました。
 演目は、私が『源氏物語』。少年チェリストは、バッハの無伴奏ソナタです。いわば、東西の古典、音楽と文学の競演、というわけ です。
 こういうユニークな組み合わせでは、ちょっとした工夫が必要になることがあります。ただ『源氏』とバッハを並べても、なんだか 愛矯がなくてつまりません。
 そこで私は、チェリストヘのオマージュとして、まず三好達治の「少年」という大好きな詩を読み、そのあと彼を呼んで、がんばってね というぐあいにバトンタツチしました。私はあとで『源氏』を読み、最後にチェリストに伴奏してもらって、いくつかの詩を朗読しました。 これは我ながら、とてもうまくいったリサイタルだと思っています。
 ホールによっては、プロデューサーがひとりですべてを取り仕切るところがあります。しかも女性で。世の中にはさまざまな凄い方 がいらっしゃることを、私はあちこちの公演で学びました。