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795 件目 補足的になりますが。 masshi_26 1999年11月27日 10時5分 はじめまして。 会員歴6年の者です。 >ちと回答がこちらの求めるのとずれてますね 誰が責任を >負うかとかそうゆんじゃなくて そういうことをしてる人を >幸福の科学としては好ましく思うだろうか思わないだろうか >ということですね 幸福の科学の教義のなかに、キリスト教に対する一定の批判が ありますので、その辺を受け入れられれば、クリスチャンであっても 特に問題はない ナすよ。 クリスチャンにもいろいろな方がいますので、難しい部分もあるけど、 「イエスのみによってしか救われない」と頑なになっている 人の場合は無理がありますね。 (これは sogenakotoiwandemo さんのMsg 789 に対する返信です ) |
815 件目 キリスト教の話が多いように思いますが、 masshi_26 1999年11月28日 9時54分 幸福の科学の基本思想は、やはり仏教であり、 ギリシャ的精神でしょう。 それからキリスト教以外にも、政治経済、経営、科学、哲学、 芸術など、さまざまな方面にも通じていまして、 宗教遍歴の無い人も大勢会員になっておりますので、 誤解のないように、よろしく。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 808 に対する返信です ) |
842 件目 仏教的なる考え方 masshi_26 1999年11月29日 17時49分 そうですね。 用語の使い方は、その時々に応じて変え トもいいと思うの ですが、「仏教的なる考え方を中心にした教え」であることは 確かだと思います。 その考え方に基づいて、さまざまな方面に通じている 教えでしょうね。「仏法真理」ですね。 >伝統仏教の教えが全て釈尊の教えに基づいているのか、キリスト教の >教えが100%イエスの教えに基づいているのかこれは我々には >その正しさを全て証明する力はありません。 日本の伝統的な学説が100%正しいわけあるはずないですが、 iroiroさんが述べている教えの高下の問題と、 多様性の問題があると思います。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 822 に対する返信です ) |
844 件目 探求心です masshi_26 1999年11月29日 17時52分 こんにちは。 >神とかあの世とかは人間の認識できる範疇にないのに、 >それを言いきることは思い込みですよ。そこに至る努力があろうと、 >結果は確認のしようのないことで、デタラメかもしれないことに >しがみついてもしょ 、がないでしょう? 幸福の科学の基本理念として、「正しき心の探求」があります。 神の心、仏の心を探求し、身につけていくことによってこそ、 そこに人格の向上もあると思います。 佐倉さんは、カントやニーチェではなかったでしたっけ? (これは ahokusai さんのMsg 831 に対する返信です ) |
917 件目 re:re.そうでしょうか? masshi_26 1999年12月1日 12時42分 >神仏やあの世について、否定はしてませんよ。ただ、 >人間がわかることは「神仏がいるかもしれない」 >「あの世はあるかもしれない」ぐらいで、どうして、 >あの世は九次元構造だとか、エル・カンターレや他の >霊人が10人(?)いるとか言いきれるの?どこからそんな >詳しいことが分かるの? 仏典にも聖書にもコーランにも、 類似的な説(あの世や神々などの話)はあるの ですから、そんなこと言ったら少なくとも宗教は成り立た ないでしょう。 結局、その人の説く教えの内容によって、信じるか否かが 決まると思います。 「霊言集」については、内容のなかに間違いに思える ようなことがあっても、あくまで「霊人の語る言葉を そのままの状態で紹介する」というスタンスをとったもの ですから、些末な事柄については、あまり気にしていない というのが、 ほとんどの会員さんの考えだと思っています。 その霊人の語る「思想」を学ぶというか、「教え」を参考にしよう というスタンスだと思います。 (これは ahokusai さんのMsg 900 に対する返信です ) |
954 件目 re:一度佐倉哲HPを徹底的に批判すべきと考えますが・・・ masshi_26 1999年12月2日 10時21分 funabaさん、どうもこんにちは。 「真理を信じない」というのは、哲学者としても失格と 言っていいと思います。「哲学する」ということは真理を探求 することであり、真理から目を離してはいけないんです。 真理を正しく、どこまでも深く追求し、そこで認識して得たものを 他の人に教えることができた人を哲学者 ニいうのでしょう。 そうでないのであれば、無責任且つ誠実さのかけらもない 言い草でしかないと私は思います。 ただ私たち会員は、その軽薄な性格までを真似るべきでは ないし、自分から毒を食らうのも考え物ではありますね。 (これは funaba_tufs さんのMsg 922 に対する返信です ) |
1010 件目 re:宗教と哲学3 masshi_26 1999年12月3日 12時3分 >彼が信じないと言っているのは、「真理」ではありません。 >「真理」は知るものです。彼が「信じない」と言っているのは、 >知ることのできない、「究極的真理(を名乗る宗教的教義)」です。 >最初からある特定の教義を究極的真理として信じてしまったら、 >哲学になりませんね。 どうも、はじめまして。 私の言葉使いが悪かったかもしれませんが、 「究極的」という言葉を使っているかどうかは記憶にありません けども、知ることの出来ない究極的真理を名乗る宗教的教義のことを 信じないと言っているだけだとすれば、「あ、そ 、ですか」という ことにもなりますが、そうだとしても、それで哲学者であるとは 到底言えませんよね。 >何が真理かは自明ではないわけですから、真理だと信じ込まれている >宗教的教義には、 >疑をもって挑まなければなりません。それによってその教義が究極的 >真理であるか、そうではないかを知ることができるでしょう。 疑をもって挑まなければならない、ということは「猜疑心」ではなく、 「探求心」という意味でなら一応理解できます。 総裁先生は「悟りに終わりはない」とも言われていますしね。 でも、佐倉さんの場合は終わってしまったと言ってるようなものでは ないのかと疑ってしまいますが、、、。 (これは ELRANTY さんのMsg 988 に対する返信です ) |
1011 件目 re:続 masshi_26 1999年12月3日 12時29分 >この煩悩を絶てば良いのだな。。(シメシメ)って思って自分の >煩悩を絶つ決意をしました。この後30分くらいたって、煩悩の >発生原因を突き止めそれを捨てられた時の気持ち良さ、、、、 >これが信仰の「原点」かもしれません。 なるほど、日常会話で語ってるので気づかないものがありますが、 これは仏教いうところの「苦の滅」で、悟りの原点でもあるのでは ないでしょうか。仏教の「目的」でもあります。 会員さんは、知らずにというか、自然に仏教の基本「苦集滅道」を 実践していたりするものなのですね^^;。 大学などで既成の教学を学んだだけの人は、こういうこと してるのかなぁ、と思う今日この頃でした。 (これは funaba_tufs さんのMsg 1004 に対する返信です ) |
1049 件目 ELRANTY さんへ、 masshi_26 1999年12月4日 14時27分 私は昔から哲学が好きで、哲学を自分なりに 勉強してきたものです。 一時期、信仰がぐらついた時期も 過去の哲学者の本を読んだりしていて、そこで 総裁先生が哲学書を読破していることも推察できたし、 過去の哲学者を超えた教えであることも認識したつもりです。 たぶん佐倉さんは「神秘的なものはすべて迷信である」とした、 新カント派の影響を強く受けているようだし、 あれで哲学とは言いたくない。 幸福の科学にも合理主義思想はあるし、神秘主義思想もあるので あって、その両輪を兼ね備えた教えです。 釈尊の説いた教えもその両方を兼ね備えていたから、いろんな誤解が 生まれているわけです。どうしても、「どちらか」で片付けてしまう のが世人の常かもしれませんが、つまりは「中道」こそが正しい道で あるということですね。 宗教だけではなく(もちろんすべては宗教から生まれたものですが)、 科学からでも哲学からでも芸術や経済の方面からでも会員になる人が いるというのですから、それは真理に他ならないと思いますよ。 (これは ELRANTY さんのMsg 988 に対する返信です ) |
1058 件目 re:論点整理 masshi_26 1999年12月5日 17時23分 こんにちは。 たしかに、事実上一人対三人のような対話になって、 レスが大変だとは思うのですが、なぜその三項目 ェはじめに 持ってくるほど重要な問題なのか、その意図が分からないです。 どれも「ほとんどどうでもいい」というのが正直な感想です。 ですが、Aの「佐倉哲さんは釈迦が無霊魂を説いたと、悪意をもって 主張しているか。」が私の発言に関係していると思われるので、 とりあえず、Aについてお答えしようと思います。 佐倉さんの発言をすべて読んでるわけではないですが、 少なくとも「釈迦が無霊魂を説いた」と主張しているのは確実でしょう。 それが悪意を持っているかどうかが重要なのだと思いますが、 おそらく本人に直接聞いてみれば、持っていないと言うだろうし、 悪意というよりは、誤認識であると見ているのが私たちではないでしょうか。 「真理は認識できない」ことを認識した、と主張してるのだと思います。 (これは ELRANTY さんのMsg 1051 に対する返信です ) |
1059 件目 どういうことでしょう masshi_26 1999年12月5日 17時52分 オウム信者か田原総一郎さんの信奉者か分 ゥらないし、 「言うこと」と「やること」は違うと言ってる人が言っているし、 資料が少ないのにその可能性が高いというのは、 どういうことでしょうか。 マスコミは宗教の「悪い事件」についてしか報道しない ところがほとんどですから。 (これは ahokusai さんのMsg 1054 に対する返信です ) |
1085 件目 re:幸福の科学の教えについて masshi_26 1999年12月6日 8時41分 私の知り合いの会員さんで、二年くらい前まで熱心な クリスチャンだった人がいますが、今でもイエス様のこと を大川先生の次に尊敬しているそうです。 その方は、「大川先生は何でも解っている方なので、イエス様 のことについてあれこれいうのはまったく問題ないのだけれど、 一般の会員がイエス様のことをむやみにあれこれ言ったりして いることは絶えられないときがある」 というようなことを仰っていました。 ちょっと、感慨深いものがありました。 その時代環境や個性によっての違いはありますが、 イエスも同じ真理をこの世に広めた方であることには変わり ないんですよね。 幸福の科学は「現在進行形の宗教」で、現代社会に対応できる 教えであることが大事な点だと思いますよ。 (これは kyully さんのMsg 1 に対する返信です ) |
1086 件目 re:洗脳考 2 masshi_26 1999年12月6日 9時23分 オウム事件以降、洗脳やマインドコントロールという言葉が 流行ってきましたね。 私の意見としては、「視野が極端に狭くなってる状態」と思われます。 ある意味では、「執着」でもあると思います。 幸福の科学では、自分で自分の心を統御すること、 心の運転手になることが、悟りの原点であると教わってます。 (書籍:幸福の方法 などより) そして「慢心」ではなくて、本当の「自信」があれば、むやみに 排他的にならなくて済みますと思います。 (これは funaba_tufs さんのMsg 1084 に対する返信です ) |
1207 件目 re;佐倉さんの弁明・・(^^;; masshi_26 1999年12月8日 13時48分 Rikimaru7さん、はじめまして。 >動機については、確か佐倉さんは、「高貴な選択」という言葉を >使っていたと思いますが、これは、ソクラテスの「魂の世話」に >通じるものがあると思います。 佐倉さんは、一種の「仮想」の高貴な選択を想定しているので あって、ソクラテスはそんな詭弁をことごとく批判したのでは ないですか。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 1183 に対する返信です ) |
1209 件目 re;自己責任!? 現実を良く見て下さい。 masshi_26 1999年12月8日 14時1分 fredy99さん、はじめまして。 たしかに、僧団には一時期、支部単位で月の目標要請などが あったりして、正会員は大変でしたね。 私もなんとかかんとか疑問を持ちながらも(^^;)、 着いていってましたが、もう四年くらい前(たしか95、6年)に、 総裁先生から直々の叱咤や指導があ チて、そういうことは概ね 廃止になりましたよ。 支部や組織のあり方も大分イノベーションされてきてますので、 お近くの支部でも覗いて、変わり様をご覧になってみてください。 実際、途中で離れていて、また舞い戻ってこられた方もたくさん おります。 あなたの意見も一理あるのですから、もう少し力を抜いてみたら 如何でしょうか。 (これは fredy99 さんのMsg 1204 に対する返信です ) |
1246 件目 re;宗教の世界では「下克上」は、ムリ、ムリ..と、悟ったのですね。 masshi_26 1999年12月9日 10時50分 >それでも、根本的には何も変わりません。表現方法が変わっても、 >数合わせとお金集めをしていることには変わりません。 ということは、fredy99さんは、今まで数合わせとお金集めのために 会員になられていたわけですか? 結局、「組織のあり方」が退会原因のようですが、 組織運営はあくまで自治によるものが大半を占めていると 思います。 また、布施 フ精神も解っていないと思われます。 その喜んでいる人は解っているから了承しているのでは ないでしょうか? 質問攻めになってしまいますが、 その「上申書」はどのような内容だったのでしょうか? 見出しを読むと宗教の否定のようにも思いますが、 組織運営というのは、男性なら仕事でよくご存知だと 思いますが、つらいことがあるのはたしかですよ。 また、自分個人の思い通りにいかないこともありますよ。 (これは fredy99 さんのMsg 1236 に対する返信です ) |
1247 件目 re;私も「甘い」と感じています>iroiroarimasuさん masshi_26 1999年12月9日 10時54分 >ミカエルさんFunabaさんmasshiさんの所属する支部では >如何でしょうか?fredy99さんが言われるような行為が >現在進行形で行われているのでしょうか? 私の所属する支部でも現在進行形では行われてませんね。 逆に過去の誤りのおかげで、その辺についてはむしろ敏感に なりすぎているのでは?という感じもするくらいです。 >私が感じたFredy99さんの学びは浅くて甘いのだなあと言う >感想です。それはミカエルさんや他の方もご理解されたこと >でしょう。 あまりよってたかってみんなで言うのもなんですが、 なんというか、距離の取り方がうまくできてないの ではないでしょうか。 ご自身で、中心的な活動が出来ないと思われるのであれば、 そういう役割から離れて、他の出来る人に譲ればいいですし、 それに法の流布には、ある程度の試練は付き物ですね。 >私も「女性」ということを差し引いても「甘い」と感じています。 女性の支部長も登場しているご時世ですから、 本当の男女平等になっておりますね。 (これは michael_the_3rd さんのMsg 1239 に対する返信です ) |
1268 件目 心の平静を「保ちつつ」発展すること masshi_26 1999年12月10日 11時20分 何事も無理をしていては、永くは続きませんね。 一人ひとりの人生においても、何らかの組織においても、 そうですね。 また、「ここぞ!」というときも、人生においてあると思います。 大川先生の教えで、悟りの階梯として、 まず「心の発見」があり、次に「心の平静」があり、 次に「心の発展」あると教えられています。 (書籍:悟りに至る道 他) 最後の発展の時期に至っても、心の平静を「保ちつつ」 発展することが非常に肝心なことだと思ってます。 現在のサンガ(僧団)の活動状況はそれが伺えるので、 素晴らしいことだと思ってます。 さらなる発展はまだまだ続きますけどね^^。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1250 に対する返信です ) |
1270 件目 未来への贈り物 masshi_26 1999年12月10日 12時59分 fredy99さんの仰ることもわからないではないですが、 最初から話を通して読んでみると、ひとりで「悲劇の主人公」に なってしまってるようにも感じる次第です。 誰かに自分のことを解ってもらいたいけど、 解ってもらえなかったという理想と現実のギャップ セと思います。 我々は現在だけではなくて、未来の人たちに対しての責任も ありますので、それを踏まえた上での活動が必要になることも ご理解ください。 たしかに、現在の人のなかには、ご理解頂けない人もいるかも しれませんが、「仏法真理」は未来の人たちへの贈り物でもあるであって、 それを考えれば、一時期のいざこざはあまり問題ではないとも言えます。 一見、無責任と感じられるかもしれませんが、未来に対しての責任 を重要視することは、宗教や哲学思想の主要命題ですし、 そうでなければならないものです。 これは哲学ではカントが要請したものであり、ヘーゲルがその任を 果たしたと思われます。 マルクスによって、蚊帳の外にされもしましたが。 難しく言えば「時間論」に関わります。 (これは fredy99 さんのMsg 1269 に対する返信です ) |
1320 件目 re:どうも masshi_26 1999年12月12日 11時37分 Fredy99さんが辞めてしまったことは 大きな戦力の損失でもあると思ってます。 また、非常に女性的な面(いい意味で)も感じられます。 ただ、基本的に幸福の科学で批判している、「本覚思想」 「一乗思想」的な面が強く感じられたので、私も偉そうに厳しい ことを言ってしまいましたが、また戻って来て欲しいことには 変わりありません。 ということをお伝えしておきます。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1306 に対する返信です ) |
1321 件目 ELRANTYさんへ masshi_26 1999年12月12日 13時7分 ここで佐倉哲批判をするのならば、ELRANTYさんも黙っちゃいない(?) ということでしょうか? 本人に悪意がなければすべて善いのか、ということではありませんね。 「知っていて犯す罪より、知らずに犯す罪のほうが大きい」ことはあります。 (これは ELRANTY さんのMsg 1292 に対する返信です ) |
1322 件目 続・ ELRANTYさんへ masshi_26 1999年12月12日 13時11分 思うこととしては、あれだけ大きく幸福の科学批判を しているのはインターネット上であのHPだけではないのか。 あと「宗教性そのものへの批判」「唯物論」「無神論」については、 佐倉さんに限らず反論をしなければならないとは思います。 そうすると、現代の仏教学自体への批判ということにもなってくるので、 これに全力投球することになると、かなり力のいる仕事にもなります^^;。 何かの対話の過程で、それに関わる話が出るかもしれませんが、 中立ではない人に対話を仕切られることは、公平ではないと思います。 もっとも、はじめにこの場に佐倉さんを持ってきたのは、funadaさんではなく、 たしか別の人でしたよね。それについて反論をすることは自然だし、 はじめに持ってきた人が中止されたのであれば、funadaさんが中止 すること自体別におかしなことではないと思います。 ELRANTYさんも「唯物論」や「無神論」に対しては、 反対の立場なのではないのでしょうか? その辺はどうなのでしょう。 (これは ELRANTY さんのMsg 1292 に対する返信です ) |
1432 件目 re:佐倉哲さんへの批判について masshi_26 1999年12月14日 12時58分 >ここで「佐倉さんの悪意」としているのは、「仏教について誤った解釈をすることが >罪である」ということを、知っててやっているか、知らずにやっているのか、という問題 >ではありません。「釈迦が霊魂を説いたと知っているのに、知らないふりをしている」 >という批判についての真偽が、ここの「悪意」の問題です。 ちょっと噛み合ってないようですね。 佐倉さんが「知らないふりをしている」ことを、 私が悪意として捉えて批判したのか? とお聞きしているのでしょうか? それなら、そうではない、ということになります。 (これは ELRANTY さんのMsg 1330 に対する返信です ) |
1433 件目 re:佐倉哲さんへの批判について4 masshi_26 1999年12月14日 13時1分 紹介して頂いた、 イ倉さんの意見を読みまして、 有神論でもなく、無神論でもない、という思想的立場が見えてきました。 結局のところ、「矛盾である」ということだと思います。 >神がいようといまいとわたしの生き方は変わりません。 >霊魂があろうがなかろうがわたしの生き方は変わりません。 トワイスボーンとも言いますが、信仰を持った人の生き方は、 信仰を持っていなかった頃と比べると、普通は違う生き方をしますね。 仏教でもキリスト教でも、信仰を得た人はすべて変わりましたよね。 歴史上の偉人たちは、ほぼ信仰を持っていましたね。 これについて、佐倉さんは「自分の実益になるから信じるのだ」と 言いたげですが、少なくとも他の人や社会にとっての益になる場合はあります。 また、佐倉さん自身も自分の実益を考えてるのでは? という批判も同じように可能です。 (これは ELRANTY さんのMsg 1334 に対する返信です ) |
1434 件目 対外的デメリット masshi_26 1999年12月14日 13時22分 >それは感じますが、shihan23さんも懸念されています様に、 >対外的デメリットも多々あると思います。 そうですね。 私もはじめはその懸念を感じて、ここに書きこんだのですが、 いつのまにか逆の立場になってしまいましたね。 それと、ネット上ということでの根拠の弱さや 会話がうまく理解しえないという欠点もあるように思います。 (これは michael_the_3rd さんのMsg 1425 に対する返信です ) |
1500 件目 >ELRANTYさん masshi_26 1999年12月15日 11時15分 >さて、「知っていて犯す罪より、知らずに犯す罪のほうが大きい」とは、文脈からして、 >仏教を誤って解釈してしまうことが罪なのだということを知っていて犯す(悪意)よりも、 >仏教を誤って解釈してしまうことが罪なのだということを知らずに犯す(善意)ほうが、 >罪は重い、ということですね。ここがどうもよくわからない、と思ったのです。 いえ、そうではなくて、 私はまず、「悪意がなかったからといって、すべて善いということではない」 と言いました。 悪意がなかったからと言って、すべてを是認できるかと言えば、 そうではないでしょう、ということです。 それだけのことです。 悪いこととは知らずに為した行為が、実は罪が大きいことだってあります。 たとえば、オウム信者に悪意はなく、救済のつもりでサリンを撒いたという例も あるわけです。 自分を疑わずして、哲学者とは言えませんね。 (これは ELRANTY さんのMsg 1452 に対する返信です ) |
1501 件目 >ELRANTYさん 2 masshi_26 1999年12月15日 11時18分 >さて、いずれにしても、「悪意(知らないフリ)がなくとも、仏教について誤った解釈を >することはいけない」というご意見ですよね。では、佐倉さんが仏教について誤った解釈 >をしているかどうかについて、ここでお話すべきか否か、お考えをお聞かせください。 そう畏まって言われると、考えるものがありますが^^;、 私は一応、自由気ままに、許される範囲で話したい ニ思ってますし、 誤った解釈をしていると感じたならば、話すことも当然あると思います。 別にELRANTYさんとだけ会話しているわけではありませんので。 (これは masshi_26 さんのMsg 1500 に対する返信です ) |
1502 件目 >ELRANTYさん 3 masshi_26 1999年12月15日 11時30分 >佐倉さんの有神論・無神論批判は、神はいるとかいないとかいう主張内容の否定ではなく、 >「神はいる」とか「神はいない」とか断定してしまうその主張の姿勢の否定です。 >「知り得ない事柄については断定を控える」一貫した態度です。なんの矛盾もありません。 つまるところ、佐倉さんは「断定は控えよ」と命令しているのかな。 >そして、佐倉さんが言っているのは、「幸せになるからといって、信仰の対象になる >教義が真理(真なる言明)とは限らない」という、ただそれだけのことです。 それだけのことで、「人類史上もっとも巧妙な嘘」としているようですが、 佐倉さんの言う「幸 氓塔Zさせるものが真理である」とした宗教家は一体誰なのか、 解らないところですね。 たしかに信仰には幸福を得させる作用がある、と心理学的に言っても その通りだと思いますが、「幸福を得させるものが真理である」という言葉は、 訊いたことがありません。 一言に「幸福」と言っても様々なものがありますし。 ただ、その主張の部分部分を取り出せば、私の考えにも共通する 部分はあるとも言えますが、まあ、あまり面白いとは言えませんね。 (これは masshi_26 さんのMsg 1501 に対する返信です ) |
1507 件目 やっぱりすごいな masshi_26 1999年12月15日 12時42分 iroiroarimasuさんは、やっぱりすごい方ですね。 私の投稿姿勢は、もちろん幸福の科学の教えを解って頂きたい ということもあったのですが、以前、ネット通信上で議論した 際に「教祖への盲信」「思考停止」「自分で考えることが 出来ない人たち」など、他の方からの批判や誤解をたくさん見る という経験がありましたので、この場は自分の考えを述べること ができる人もたくさんいるぞ、という証明になるような方が 投稿されていたので、ちょっと嬉しかったこともあり、 その勢いで私もかなり逸脱したことを投稿してしまったかも しれないな、と今は反省している次第です。 あと、会員同士であっても間違ってると思ったら指摘することも 必要だなと感じていますので、なんかおかしなことを言ってたら かまわずに指摘してください。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1504 に対する返信です ) |
1596 件目 ELRANTYさんへ masshi_26 1999年12月16日 12時22分 >そうですね。大袈裟過ぎました。申し訳ございません。 >しかし、名指しよりは「このような仏教解釈は間違っている」 >というような書き方がいいのではないかとは思います。 >今後もよろしくお願いします。 あ、こちらこそ、雑文をお読みくださり有難うございました。 と、、、、結局、畏まってしまいましたが(^^:。 たしかに名指しの批判はお互い痛みを伴いますので、 私としても、なるべく気を付けたいです。 ですが、仏陀やイエスたちの経験した痛みに比べれば、 そんな痛みなど大した物ではないということは言えると思うんです。 (これは ELRANTY さんのMsg 1552 に対する返信です ) |
1597 件目 re;真理と幸福 masshi_26 1999年12月16日 12時25分 >この言葉そのままはないですが、基本的に幸福の科学は >このような考え方ではないでしょうか。 >「信者の人格を見て、その教えが真理かどうか判断しなさい」 >というような考え方があるのではないかと思われます。 >記憶違いであれば申し訳ございません。 上の言葉そのままではないですが、聖書にもありますように、 実った果実を見れば、その木が善いか悪いかの判断材料になりますね。 仏教的には「世間解」に通じる教えだと思います。 普遍の真理というのは、やはり共通するものがありますね。 ちょっと話はズレますが、「共通点」ということで言えば、 人間は誰しも共通点があります。 たとえば佐倉さんや高橋信次さんにも、どこかしら共通点はあるはずだし、 ELRANTYさんと私も(抵抗あるかもしれないけど(^^;)共通点はあります。 時には論争することもあるでしょうけど、 その点だけは永遠に転生しても忘れてはならないことだと思ってます。 (これは ELRANTY さんのMsg 1554 に対する返信です ) |
1598 件目 >色々さんへ ・インスピレーション masshi_26 1999年12月16日 12時53分 以前、作曲をしていたことがあるのですが、 やっぱり精神的なものに通じてくると、 インスピレーションが降りやすくなりますね。 でもある程度、この世的な努力をして、技術を磨かないと それをうまく表現しきれないのですね^^;。 私は会員になってから、クラシックが大好きになったのですが、 如来や菩薩の曲で(^^;、お勧めのCDなどあったら 教えてください。やっぱり同じ曲でも演奏家のレベルによって、 違いがあると思うんですが、その辺を mりたいです。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1593 に対する返信です ) |
1600 件目 裏側 masshi_26 1999年12月16日 13時24分 masshiです。 >私には、エルランティさんがいわれる「地獄界そのもの」のようには >受け取れません。如何でしょう会員の方はどの様に思われます。 「地獄界そのもの」ではないですよね。 私が他で議論していた、悪意というものもなくて、 「悪意はないけど人を驚かそう」という傾向が強いのだと思います。 個人的には近いものを感じることはありますけど、 地獄そのものではないですね。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1577 に対する返信です ) |
1707 件目 ELRANTYsannhe masshi_26 1999年12月17日 14時48分 >その木、つまり教義がよい(この場合の「よい」とは、世間の判断からして >「よい」ということ)かどうかは、信者 フ行動や人格などによってある程度 >判断が可能(この説にも実は大きな矛盾があるのですが、それはいまは無視) >ですけれども、その教義が「真理」(真なる言明)であるかどうかは、 >まったく無関係なことだと言えます。そして佐倉さんの主張はまさに、 >そのことです。「人を幸せにするからといって、その教義が“よきもの” >であることはあっても、真理(真なる言明)とは限らない」ということです。 言葉の定義が曖昧なので、議論しづらいですね。 真理というのは「普遍性」のあるもののことです。 真理と言っても、人間の小さな視野からでは、 真理の全体像を捉えることは出来ないものがある。 誰それが見ているのは、真理の一部に過ぎない。 とりあえず、こういう見方を私はしているとご理解ください。 (これは ELRANTY さんのMsg 1611 に対する返信です ) |
1709 件目 ELRANTYさんへ masshi_26 1999年12月17日 14時49分 >その木、つまり教義がよい(この場合の「よい」とは、世間の判断からして >「よい」ということ)かどうかは、信者の行動や人格などによってある程度 >判断が可能(この説にも実は大きな矛盾があるのですが、それはいまは無視) >ですけれども、その教義が「真理」(真なる言明)であるかどうかは、 >まったく無関係なことだと言えます。そして佐倉さんの主張はまさに、 >そのことです。「人を幸せにするからといって、その教義が“よきもの” >であることはあっても、真理(真なる言明)とは限らない」ということです。 言葉の定義が曖昧なので、議論しづらいですね。 真理というのは「普遍性」のあるもののことです。 人間の小さな視野からでは、 真理の全体像を捉えることは出来ないものがある。 誰それが見ているのは、真理の一部に過ぎない。 とりあえず、こういう見方を私はしているとご理解ください。 佐倉氏の言う「矛盾」の概念は、カントの二律背反で、 立場としては合理主義、理性主義、不可知論の立場だと思います。 もちろん、その意図としては、盲信に陥ると危険であるという 配慮の思想でもあって、 @教にとっても必要な教えのひとつである、 ということが言えます。 (これは ELRANTY さんのMsg 1611 に対する返信です ) |
1710 件目 ELRANTYさんへ の続き masshi_26 1999年12月17日 14時56分 矛盾が生じるのは解るのです。 次に、その矛盾を眺めている「我」は、完全なのかどうかという 問いが生じます。 矛盾と言うのは、この世で生活していれば、様々なところで 出くわすものであり、佐倉氏の言う矛盾だけがすべてではありません。 矛盾を見つめることはもちろん必要ですね。 矛盾を解決していくことによって、世界や精神の進歩もあります。 矛盾を解決するというのは、矛盾から目を背けることではなく、 その対立している矛盾を眺めている「我」が如何にして矛盾対立を統一に 導いて行くか、その方法を構築していくか、という思考が必要です。 その構築に挑むことなく、「断定を控える」ことで「矛盾を解決した」 つもりになって思考停止しているのが佐倉氏だと思います。 人 ヤの精神というのは矛盾が生じたからといって、 すぐに絶望するというような弱いものでもありません。 現に矛盾を眺めている「我」があるのですから、精神は矛盾に堪えるように 出来ています。矛盾に堪える力があります。 矛盾していながらも、時間は流れています。 (これは masshi_26 さんのMsg 1709 に対する返信です ) |
1711 件目 ELRANTYさんへ の続き 2 masshi_26 1999年12月17日 14時57分 また、人間の精神作用は、理性だけではありません、 感性、知性、悟性の作用もあります。 カントは「理性は理性で認識できないものを追求する」、 「あなた方は私から哲学を学ぶのではない。哲学することを学ぶのだ」 ということも言ってるんですね。 (これは masshi_26 さんのMsg 1710 に対する返信です ) |
1712 件目 その続き。時間は流れるので、 masshi_26 1999年12月17日 15時1分 他の 轄eについては、また次回ということでお願いします。 (これは masshi_26 さんのMsg 1711 に対する返信です ) |
1727 件目 ミカエル三世さん、レス有難う。 masshi_26 1999年12月18日 11時49分 ここは投稿スピードがホント速いですね。 今度、iroiroarimasuさんがビルゲイツに続く「霊速スピードの経営」 という本を出してくれたら迷わず買わせて頂きます。ジョーダン >楽器の個性よりも、曲の方が上回っている様なのです... これは、なんとなくですが、解るような気がします。 バッハよりモーツァルトの曲のほうが演奏や音源が、ずっと聴いている うちに気になることが多いように思うのです。 バッハの曲は、仮に雑音のなかであったとしても、聴き入ることができる という偉大さを感じます。「無我」になれるのかなぁ。 まあ、iroiroarimasuさんやミカエルさんのように専門的なことには 疎いので、詳しいことは謎ですが。 >本当は、「幸福の科学がどうたら・・」といった話題ではなく、masshi_26 >さんや、iroiroarimasuさんとも「音楽談義」がしたいですね... うーん、たしかに幸福の科学の会員になって、日々、 悟りという名の幸福な生活を送っていると、「幸福の科学がどうたら、とか 言っても、そんなのわかる人にはわかる、それだけじゃん」て 感じもしないでもないです^^;。 (これは michael_the_3rd さんのMsg 1604 に対する返信です ) |
1728 件目 iroiroarimasuさん、有難うございました。 masshi_26 1999年12月18日 12時2分 仕事その他の関係で返事が遅れました。 まだ、レスの内容をじっくり読んでないんですが^^;、 音楽のことについて、有難うございました。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1726 に対する返信です ) |
1799 件目 演奏 masshi_26 1999年12月20日 10時39分 iroiroarimasuさん、こんにちは。 以前、あるテレビで、音楽 Eで世界的権威の ある先生(名前忘れました)の話に感銘を受けたことがあるのですが、 やはり、どの分野でも第1級の人は悟りの高さを感じますね。 演奏家が演奏しているときというのは、 「その一音一音を今自分が弾いているんだ」ということを 自覚しつつ音を出すことが大切だ。 その曲のメロディーを一瞬一瞬自分が奏でている のであることを忘れずに自覚しつつ演奏することが大事だ。 というようなことをその先生は語られていまして、その話を聞いた生徒の 演奏する曲がその話を聞く前に比べると、格段に向上しているのを 私でも感じました。 「どれがどうなって、どう変わったのか」という説明は 出来ないんですが、明らかに違うものを感じました。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1733 に対する返信です ) |
1800 件目 感謝していました。 masshi_26 1999年12月20日 11時57分 法話「永遠の挑戦」を東京ドームで聴いたS会の人は 法話を聞いた後、「その通りだ。よく言ってくれた」と 大変感謝していました。 そういう人がS会内部にもいるようですね。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1782 に対する返信です ) |
1924 件目 信仰によって生じた家庭崩壊について、 masshi_26 1999年12月21日 12時21分 fredyさんやイカルガさんが言われた、信仰によって生じた家庭崩壊について、 私見を少し。 信仰によって夫婦仲が悪くなったというのは、 「一時期」ということであれば結構ありうることだし、 歴史的にみても、釈尊自身がそういう人生をあゆんでますので、 家庭より求道を、真理の探求を、選んだ修行僧は多いと思います。 原始釈迦教団にもそういう批判はあったはずです。 ただ、この問題についても総裁先生は法話で話されております。 比較的新しく、まだ書籍としても公になっていないので、 この場に書くのは躊躇するものがあるのですが、記憶の範囲で書きます。 (これは kyully さんのMsg 1 に対する返信です ) |
1925 件目 信仰によって生じた家庭崩壊について2 masshi_26 1999年12月21日 12時24分 続きです。 「公と私」の関係ですが、世の中で重要な役割を持つ人、 会社であれば部長、課長、社長と地位が上がるにつれて、 そのウエイトは私的な面は軽くなり公的な面が重くなります。 社長であれば、個人の趣味嗜好、家族の問題より、 会社経営や社員、従業員のことをまず考えなければいけません。 家族よりそっちの責任の方が重いからです。 そして、もしあなたが重要な役割を担う事になった時は、 それを家族が容認してくれるか家族を説得出来ないのであれば、 重要な役割を担うのは諦めたほうがいいでしょう。 まだ早いということです。 一番良いのは、「頑張って来い」なんて言われてるところですが、 夜遅くまで家庭を持つ女性が支部活動をしていることは、 基本的に容認されてないはずです。 (これは masshi_26 さんのMsg 1924 に対する返信です ) |
1926 件目 信仰によって生じた家庭崩壊について3 masshi_26 1999年12月21日 12時25分 ですので、fredyさんが言われるような状況が、 もし本当に現在進行形であるとすれば、それは勉強不足で その人の自己責任に関わる事柄であると言えますし、 また、その後の努力によって改善も可能だと思います。 私の周りでも家庭不和が起きている所は少し知ってますが、 夫婦相互の許容範囲内で頑張っていることはありますし、 夫がクリスチャンで妻が当会員であるという場合などは、 どちらも「御互い様」という感じですね^^;。 また、初めから仲がそれ程良くなかった場合もあり得ます^^:。 (これは masshi_26 さんのMsg 1925 に対する返信です ) |
1927 件目 「信仰によって生じた家庭崩壊について masshi_26 1999年12月21日 13時9分 実はね、この逆もあるんです。 幸福の科学の会員になって、心の修行をした結果、 妻が変わった。夫が変わった。 子供から見れば、親が変わった。 それをきっかけにして、家庭が (これは masshi_26 さんのMsg 1926 に対する返信です ) |
1928 件目 「信仰によって生じた家庭崩壊について」のアンチテーゼ masshi_26 1999年12月21日 13時15分 実はね、この逆もあるんです。 幸福の科学の会員になって、心の修行をした結果、 妻が変わった。夫が変わった。 子供から見れば、親が変わった。 それをきっかけにして、家庭が調和した。などですね。 これも多いですよ。私自身はこちら側です。 すいません、管理人さん1927の削除をお願いします。 失敗しました。 (これは masshi_26 さんのMsg 1926 に対する返信です ) |
1930 件目 結論 masshi_26 1999年12月21日 14時4分 これ「も」多いと「も」にしてしまいましたが、 なんと言っても、幸福の科学はそういう教えですから。 実際、信仰により崩壊し スという状況は、 私の周りにはありません。「多少の不和」ならありえますが。 (これは masshi_26 さんのMsg 1928 に対する返信です ) |
1984 件目 焼き masshi_26 1999年12月22日 12時5分 >でもそうでないと良い意味での「強さ」が出ませんね。 >shihanさんも焼きが入っている感じですね。(^^) >Masshiさんはどうでですか?何か焼き入れされました。? shihanさんのような空手道で師匠から根性を付けられたような 体験はないので、shihanさんのような方は素直に尊敬してしまいます。 昔ですが、支部長から「もっと光を入れなさい」 と焼き入れられたことなどあります^^;。 私は昔から霊体質のため、光の供給が普通の人より必要なようで、 今は「自灯明」と「法灯明」によって、光の供給を心掛けています。 自分でもまだまだ焼きが足りないと感じてます。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1935 に対する返信です ) |
1985 件目 UFOかと思ったら、ただのライトだったのでがっかりしたことあります masshi_26 1999年12月22日 12時27分 benkyouchuuさん、はじめまして。 BS放送を観ると、外国でUFOや宇宙人が発見されたことを、 かなり真面目に取り上げたりすることあるんですけど、 日本だと唯物論の影響なのかわからないけど、 マスコミや国民は否定的な人が多いですね。 最近では韓国の大手新聞社がUFOを目撃して、 新聞に写真付きで掲載されたとか。 (これは benkyouchuu さんのMsg 1983 に対する返信です ) |
2039 件目 re;そうですね。 masshi_26 1999年12月23日 9時14分 >私の周囲にご主人に認めて頂けず、活動で認めてもらおうとする人が >いましたが、お会いするたびに「それは違うのでは。そんなこと仏は >望んでいないよ。」と口を酸っぱくして言っていました。 >8年くらいかけて、最近やっと理解しても 轤ヲたようです。(^^;; そうそう、仏が望んでいることとはどうしても思えない活動の時期がありましたね。 身内にも熱心過ぎるのがいて、似たようなことが起きたことが ありまして、私もiroiroさんと同じ事を言ってましたよ。 ただ、難しい面もありますね。 例外として考えるべきでしょうけど、何事もオールオアナッシングではないので、 信仰をきっかけに別れたりすることも、人によってはあることだと思います。 また、女性が家庭に納まらなければならないかと言えば、 必ずしもそうではないですしね。 ですが、基本は家庭ユートピアですね^^。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1938 に対する返信です ) |
2040 件目 re;最後に masshi_26 1999年12月23日 9時31分 ELRANTYさん、こんにちは。 私は出来ればもう少し落ち着いた討論をしたかったし、 見たかったんですね。 まあ、これはfredyさんにも言えることですが、 私の力量不足もありますね。 ネット上だと、宗教論というのは、一方的な話が多くなりがちなのは 過去にも経験済みなのですが、またうまくいかなかったみたいです。 (これは ELRANTY さんのMsg 2026 に対する返信です ) |
2041 件目 re;信じるということ masshi_26 1999年12月23日 9時45分 >masshi_26さん。 @しかし,解釈する自分はそう解釈したいからするのであって、 @客観的にどうだとか言っても仕方がない面もあるのでは。 >まったくその通りだと思います。天上界がどのようなシステムであるのか、>知り得ません。 >したがって誰もが自分が信じたいと思うもの、信じられるものを信じます。 >「仏教教団を乗っ取る、かきまわす」などという、サタンの所業に >酷似するやりかたをする神霊が、裏といえども天上界にいるという説を、 >わたしは信じようとは思いません。 あの、これは私が書いた文章ではないんですが・・・ 一応レスします。 インドの仏教もイスラム教に乗っ取られかきまわされた と言えなくもないので、 セ葉の使い方、捉え方の問題でしょう。 (これは ELRANTY さんのMsg 1994 に対する返信です ) |
2042 件目 re;思考停止とは masshi_26 1999年12月23日 10時16分 >自分で判断しようのない事柄について、断定を避けることを思考停止とはいいません。 >知り得ないということ、知る必要がないということを思考によって判断したからです。 >逆に自分で判断しようのない事柄について、ただある教祖の説明を唯々諾々と信じこみ、 >まるで知っているかのように振舞って、「事実だ」と主張してしまう人たちこそが、 >思考停止の人たちです。冷静に事実を見ることができない、ということです。 あの、ELRANTYさんの仰ること意味は、当初から通じているのですが、 また反論するのも不毛なので止めておきます。 余談的になりますが、「思考停止」というのは、 禅や老荘思想の無の境地にも繋がるので、 「思考停止自体が悪いものではない」という意見については どう考えますか?^^ (これは ELRANTY さんのMsg 1995 に対する返信です ) |
2071 件目 re;思考停止 masshi_26 1999年12月24日 12時52分 つまり、 「判断基準となる情報の一部をシャットダウンし、特定の判断に固執する」 のがマインドコントロールで、それは肯定できないということですね。 ここで言う「判断基準」は、何の判断基準なのか、 その辺がはっきりしないんですね。 真理の判断なのか、善悪の判断なのか。 仰ることは通じるんですが、 「それに何の意味があるのでしょうか」と言いたくもなります。 善悪の判断であれば、思考停止と言っても、 禅のように心の平静や安らぎ、自己信頼にも繋がりますし、 それが他者との調和をもたらせば善と言えるし、 また、自分が自分になり行く方法としての真理を含んでいます。 あの世や神仏に関わる情報をシャットダウンするのは、 マインドコントロールにならないのかという疑問も生じるんですよね。 (これは ELRANTY さんのMsg 2060 に対する返信です ) |
2072 件目 そうなんです。 masshi_26 1999年12月24日 13時21分 >どちらの方面の支部におられるのでしょうね。Masshiさんは? >霊体質というか感受性が強いというのでしょうかね? 関東圏ですので、機会があればiroiroさんの支部に伺いたいと思います。 感受性は強いと自分でも思いますが、その欠点も自覚しています。 あまり言いたくはないんですが、幽体離脱の経験もあります^^;。 私の場合は、死にそうになった時とかではないですよ。 たしかに人生途上で焼かれた(?^^;)経験はありますし、 誰にでも何かしらはあることではあるんでしょうけど、 理想が大きいほど試練も大きいのでしょうね。 「二河白道のたとえ」や「イカロスの翼のたとえ」を思い出します。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 1987 に対する返信です ) |
2078 件目 re;創業時には masshi_26 1999年12月24日 14時18分 iroiroarimasuさん、いつもご苦労様です。 エルランティさんやfredyさんを見てると、 率直に言って、幸福の科学の教義から外れているんですよね。 そのままの状態で当会内に居られるはずがないのは必然的ですし、 むしろ正反対に感じることのほうが多かったです。 それと「設立当時が一番良かった。そこに戻れ」と言うのは、 原理主義ですね。 それだと、もしかしたら私に入会する縁がなかったということに なりかねないです^^;。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2070 に対する返信です ) |
2110 件目 こちらこそ、よろしくお願いします^^。 masshi_26 1999年12月25日 10時40分 shihann23さん、こんにちは。こちらこそよろしくお願いします。 「反論」というより、なんというか、 「こう言う考えもあるのではないか」という事は言うかもしれませんが、 ギスギスし過ぎる対話になるのも好ましくないと思うので、 あまり「反論」とは考 ヲてもらわないほうが、御互いにとっても やり良いのではないかと思いますけども。 (これは shihann23 さんのMsg 2079 に対する返信です ) |
2111 件目 ネット上の法則 masshi_26 1999年12月25日 10時44分 ネット上だとどうしても相手の顔が見えず、即答が出来なかったり するので、何気なく使った言葉が相手を傷つけてしまったりすることは あるんですよね。それで(^^)とか(^^;)とかを使って感情を出す 方法がありますね。ただ、それを使いすぎると、 「誠実さがない」とか思われたりするのが、ネット上の法則ですね^^;。 それで誤解が誤解を呼び、掲示板が地獄化する事もありますね。 あと、レスが来ないと嫌われたのか?とかですね、 たしかにそうなのかもしれないんだけど^^;、 あまり深く考えないほうが、気持ちよく対話が出来ると思います。 でも、ネットの怖さは知っておいたほうがいいかもしれません。 会員さんが運営してるHP「ホットスピーキング」にネットの怖さ論 があったと思いますので、参考にしましょう^^。 自戒を込めてですが、なるべく心が安定した状態で対話して、 そうでない時はなるべく控えて、日常生活を充実させることを 第一にすることが大切だと思います。 (これは masshi_26 さんのMsg 2110 に対する返信です ) |
2112 件目 哲学的 masshi_26 1999年12月25日 10時48分 今月の総裁先生の法話”宗教の新しい風”は{青色}で、 哲学的でしたね。あのようなリアリスティックで哲学的な話が 出来る方は、他に居ないですよ。 もちろん、愛の教えや、反省、発展の教えも大好きです。 そう言えば、今世紀最後の法話なのでしたね^^。 (これは masshi_26 さんのMsg 2111 に対する返信です ) |
2113 件目 re; masshi_26 1999年12月25日 11時33分 >教祖が「21世紀までに総ての日本人を会員とする」といいながら、 >目的をとても達成 ナきそうにないのは、そんな傲慢な心があるから >ですよ。それが判りませんか? 目標を大きく持つことは大切ですよ。 やたら謙虚さをひけらかすことで、 聖人か何かになって悟ったつもりでいるような 人より純粋さがあります。 たぶん傲慢な人は「もっと頑張らなくては」とは考えないでしょう。 (これは ikarugayamamoto さんのMsg 2086 に対する返信です ) |
2165 件目 iroiroarimasuさんへ masshi_26 1999年12月26日 9時52分 ちょっと誤解があったかもしれません。 私は別に霊言集時代が駄目だったとか言ってるのでは ないですので^^。 当初から総裁先生は、「このままでは終わらない、 奥の手はまだまだある」ということも言っていましたし、 始めの三年間は学習集団で基礎固めの時期で、 将来は活動形態も変化して、新しい分野への取り組みも 行うことになるということは言ってましたね。 そして伝道期に入って、もし伝道が本格化、活発化しなかったとし スら、 私に縁は無かったとは言わないまでも、まだ入会していなかった のではないかと思うのです。たしかに脱会した人も多いかもしれませんが、 入会した人も、また多いんですよね。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2084 に対する返信です ) |
2166 件目 続・iroiroarimasuさんへ masshi_26 1999年12月26日 9時53分 「段階的」という事が受け入れられない人がいるの かもしれませんが、悟りも段階があり、愛にも発展段階があるのと 同様に、会の発展も段階的であるところが、 優れていると思います。 仏教も本当は「多様なる価値観」ですから、 霊人たちの多くは吸収されてもかまわないわけで(^^;)、 「多様なる価値観」という理念に反した排他色の強い 一部の霊人たちに対しては距離を置くということであって、 その一部の霊人への信仰が強くなってしまったので、 イノベーション(創造的破壊)を行ったのでしょう。 ですから、私はその過程については、僧団には問題あったとしても、 ほとんど疑問がないというより、むしろ理に適っていて、 非常に納得がいくんですね。 ちょっと、ここで仏に対して私があれこれ言うのは無礼だと思ったのですが、 率直に言えば、私の会の発展過程についての経過は、 このような捉え方です。 ですから、疑問を持つ人のほうに疑問が出てしまうんですね^^;。 もともと法を学んでないのではないのかと・・・。 (これは masshi_26 さんのMsg 2165 に対する返信です ) |
2174 件目 re;反論するべき所は・・・ masshi_26 1999年12月26日 12時17分 RIKIMARUさん、こんにちは。 >●教祖が「ノストラダムス戦慄の啓示」と言う差別と蔑視に満ちた本 >他の霊言集の場合と同様に、「大川さんが言ったのではなく、その霊が >言ったのだ」という事なんでしょうか?もしそうなら無責任すぎると思 >いますけど。 たしかに「その霊が言ったのだ」ということなんですが、 差別や蔑視を感じるのは、一般書籍にも結構あります。 と言うのも、また無責任だと感じますか? となると、少し客観的に考えてみようと思います。 責任は何らかの罪に対して執り行われるものだ、 という観点から言いますと、 法的な罪、道徳的な罪、形而上学的な罪に 当てはまるかどうかの問題になると思います。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 2150 に対する返信です ) |
2175 件目 re;反論するべき所は・・・ 2 masshi_26 1999年12月26日 12時19分 そうすると法的な罪以外は可能性として,無いと思います。 むしろ、道徳的な罪、形而上学的な罪について語っている書です。 ただ、予言が外れているものがある点について納得いかない 人もいると思われますが、書物が今手元にないのですが、 ”あとがき”に、先生はこの予言の何%かは的中すると思います。 と書いてあります。 >誰か手元にある人、何%でしたっけ、分かりますか? それと、この予言を滅ぼすために「も」我々は活動しているのだ ということは、言われています。 と、書いてみましたが、これでご理解頂けますか? (これは masshi_26 さんのMsg 2174 に対する返信です ) |
2176 件目 re;反論するべき所は・・・4 masshi_26 1999年12月26日 12時23分 >●信者数1000万人 これについても、総裁はどこかで語っていた記憶がありますが、 ほとんど覚えてません。すいません。 これは、他宗教とのダブルカウントや三宝帰依はしていないけど 月刊誌だけ購読している人なども入れれば、 その数くらい行ってもおかしくないのでは?と思ってますが、どうでしょう? >●創価学会に破防法を適用しろと叫んでいる >幸福の科学は創価学会みたいになりたいのかな?団結力、経済力、政治 >力等々が、うらやましい?1000万という数字も、創価学会を意識し >たものなのかな。 いえいえ、今月の法話”宗教の新しい風”をご覧になってください。 宗教と政治の関係、宗教と経済の関係について話されてます。 宗教と政治の関係についてで、オウムと創価 w会の状態についても 少し話されてますが、あまりここで言うのは控えたいと思いますが、 どうでしょう? どちらも政治に関わった団体であるので、そこにどういう意味合いが あったのか、という事が話されてます。 たしかに歴史的にみると、似たようなケースは結構あるんですよね。 (これは masshi_26 さんのMsg 2175 に対する返信です ) |
2189 件目 re;政治と宗教団体の関わり masshi_26 1999年12月26日 15時6分 >大川さんが政治や経済にかなり興味をお持ちなのは、間違いありませ >んよね? まあ、幸福の科学の書籍には、 ビジネス論も多いし、理想国家論がありますからね。 私も興味ありますし、その関係の書籍は読んだりしてます。 日本で、それらに何も興味がなかったら、 日常生活に支障をきたすでしょう。 釈尊も政治政策について助言してますし、 イエスも政治的な争いに巻き込まれた生涯といえます。 仏教の高僧、天台大師、聖徳太子、空海、日蓮など、 多く フ宗教家は政治に関わってますね。 だからと言って創価学会のようになるかは、別問題ですよ。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 2182 に対する返信です ) |
2190 件目 re;信者数 masshi_26 1999年12月26日 15時25分 >それはともかくとして、私が調べた範囲ですと、信者数1000万 >という事はありえません。100万でもあやしい。下手すれば10 >万ぐらいではないかと、私は考えいます。 今のところ私も確認する術はないのですが、 「信仰心を持っている人」ならば、そこまで行かないと思います。 信者というよりは「会員」ですので、その身内も含まれるでしょうし、 あとは海外もありますね。 釈迦仏教は10万人も行ってないので、現在1000万という数字に こだわりませんけど、ただ、他宗と同じカウントの仕方をするとすれば その数字が出てもおかしくないのだろうと思ってます。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 2181 に対する返信です ) |
2193 件目 re;ノストラの啓示について masshi_26 1999年12月26日 15時57分 先生自身の語る言葉でも、間違ってると思われる人物に対して、 批判してますからね。 批判は差別なのか、と言われると差別とも言えます。 釈尊然り、イエス然りです。 そうすると、偉人たちは皆、差別してます。 >差別発言に限らず、ある霊が間違いや嘘を言ったとしても、それはその >霊が間違ったり、嘘を言ったのであり、大川さんが間違ったわけでも、 >嘘を言ったわけではない、なんて言われてしまいますとねぇ・・・。 そうですね。 ですので、今はそういう事に煩うのは無駄になるので、 方針を変更してますね。 そして先生自身の言葉で語ってくれています。 御自身の言葉については、もちろん責任がありますね。 責任が問われたとしても、それなりの対応は出来ますね。 >霊言そのものの価値が落ちるのはもちろん、大川さん自身の信用問題に >なってくるのではないかなと。 価値は落ちてますね。 信用は信 ツにも関わり、「信じるか否か」の問題ですから、 まあ、たしかにそれで離れてしまう人もいるんですよね。 法を学んでみて欲しいとは思うんですけどね。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 2180 に対する返信です ) |
2240 件目 本当に・・・・本当ですか? masshi_26 1999年12月27日 5時23分 >幸福の科学はいたるところで、それこそ暇さえあれば、 >唯物論者やそれに類する考えの人を否定しています。 >わたしやfredy99さんは、彼らを肯定できるようになった、 >ということです。なんという幸福でしょうか。 すいませんが、これは中身のないおしゃべりに聞こえますね。 fredyさんは、優しさや謙虚さに欠けるとか言ってくれてる のですが、ただ「優しさとは何か、謙虚さとは何か」という、 さらなる思考が必要だと思っています。 だから、そういう意味での「思考停止」ですね。 まあ、日常的には誰にでもある事だと思うのですが。 「否定」や「肯定」って、どういう意味で使ってますか? 「すべての人を肯定できた」とか言ってますが、 では何故、ここで幸福の科学を批判してるのですか? 唯物論者が必ずしも地獄に行くわけではありませんが、 地獄に言った悪霊、悪魔も肯定するんですか? 「価値相対主義」の焼き直しでしかないですね。 「すべては仏が支えている」「神の子、仏の子」 という意味での肯定はできますよ。 (これは ELRANTY さんのMsg 2211 に対する返信です ) |
2244 件目 読書 masshi_26 1999年12月27日 7時43分 >様々な本を読んだとしても、内容を理解できないのであれば、ま >るで意味はありませんね。 これは友人の会員と共に、私も疑問に思いましたが、 先生は様々なのところで、読書論も教えてますので、 会員はいろんな法話を聴いた上で、総合的判断から、 その言葉を受け取っているということですね。 人間はそんなに頭悪くないので、1000冊読めば万事OK なんて事は思いませんので、その辺を察してくれたら幸いです^^;。 (これは Rikimaru7 さんのMsg 2198 に対する返信です ) |
2245 件目 霊言 masshi_26 1999年12月27日 7時44分 霊言については、 ある程度、受け取り側(霊媒者)の認識力が向上したり、 共通の認識がないと降ろすことが出来ないようですね。 隣のおじさんにカントが降りてきても、おじさんは訳わからんでしょうね^^。 ニュートンは理系ですが、先生は文系です。 ですので、ニュートンの言ってることのすべてが伝わらない というか理解できない部分があるという事も仰ってたと思います。 物理学的な言葉を必ずしも使えないので、その「内容」「意味」について、 先生の頭脳の範囲で「当てはまる言葉」に翻訳されたものが霊言集 だと思います。 この辺についても、霊言集の講義や質疑応答、 その他で語られてますので、会員は総合的判断から、 「そういうものか」という受け入れの姿勢だと思います。 ニュートンの霊言という一冊の本にニュートンの考えが すべて詰まってる、というわけではないのですね。 私の見解としては、こんな感じですね。 (これは masshi_26 さんのMsg 2244 に対する返信です ) |
2246 件目 問題集はまだ解いていない masshi_26 1999年12月27日 7時53分 >価値相対主義と許す愛は違うと言うことですね。 そうですね。 現在の教育の荒廃、凶悪犯罪、政治の混迷、経済不況、 自殺の増加、などなど、さまざまな問題に取り組む姿勢は ないのかもしれませんね。 (これは funaba_tufs さんのMsg 2241 に対する返信です ) |
2285 件目 失礼しました。 masshi_26 1999年12月28日 9時7分 >いやいや、ここは中身のない話も十分許されるところですよ。 >そこんとこは許してあげてはどうですか?私もそういう中身のない話は大好>きですよ。私もそういう話したいので許して(^^; そうですね。 ただ、あれだけ批判してる人がねぇ、 と思ってしまうんで、ちょっと耐えられなかったです。 やっぱり私は空手道で鍛えてないので、忍耐不足かもね^^;。 失礼しました。 (これは shihann23 さんのMsg 2249 に対する返信です ) |
2287 件目 許す愛 masshi_26 1999年12月28日 10時1分 なるほど、一言で言えば、 「他人を変えるには、まず自分から」ということですね。 あとは教育的指導の立場から言えば、「叱る」という面もありますね。 たしかに総裁先生も言ってるんですが、 あの世と言ってもオドロオドロしい幽霊や妖怪ばっかりだったら、 健全な人はそんなの信じたくないのは当たり前ですね。 それと、狂信的になる可能性は、どちらにもありますね。 ただ、唯物論者(と言っても曖昧なところありますが)は、 信仰を極端に「否定」したりしますね。 そこが第一の問題ですね。 >>地獄に言った悪霊、悪魔も肯定するんですか? >もちろん肯定したいですね。すべては神の現れですから。 神の現れであるから肯定出来ますね。 宗教の基本的理念は、そこに尽きるものがあると思います。 ですが、悪を助長させることが「愛」かと言えば、そうではないと思います。 これも「時間論」に関わりますが、現在ただ今ということであれば、 肯定できたとしても、盗みや殺人、姦淫、その他、が現実に起きたとき、 そこに現れる苦しみや悲しみをそのままにしておくことが出来るだろうか、 それが「許す愛」だろうか、という問題です。 ただ、基本的理念は忘れないようにしたいですね^^。 (これは ELRANTY さんのMsg 2271 に対する返信です ) |
2288 件目 re;(その29) masshi_26 1999年12月28日 10時32分 > さてこれは詭弁術の初歩の初歩 >「(A)は正しい、よって(B)も正しい」の公式です。(A)に仏陀やイエ>ス、(B)に大川隆法を入れれば、良く判ります。 これは、逆も考えないといけないですね。 「(B)がその理由によって正しくないのであれば、 (A)も同じ理由によって正しくない」 同じ理由であれば成り立つ公式ですが、 ここに「正しい」とか、抽象的な言葉は普通使わないと思います。 > イエスや仏陀は宗派を問わず、大勢の人に認められています。しかし、大>川隆法は会員以外ではほとんど認められていません。この両者を一緒にする>のはイエスや仏陀に失礼だと思います。 イエスや仏陀は時間が経ってからですね。 在世当時というと、特にイエスは・・・。 あなたの方が上の公式使ってばかりでは? (これは ikarugayamamoto さんのMsg 2262 に対する返信です ) |
2300 件目 余談ですが、 masshi_26 1999年12月28日 13時28分 余談ですが、 ELRANTYさんと立場的に非常に似ている人と会話した ことがあります。 退会していて高橋信次さんが好きだという点で似ています^^。 その人はフライデー事件当時の話で、 「私たちはK社の嘘やまったくのデタラメな捏造記事に 私を含めて大変怒っていたのは事実だけど、組織的な指導があったのも 確かなので、今 ナはフィフティフィフティなのではないかと思ってる」 ということを言われてました。 ただ、「信用の失墜」という大きな問題があると思うんですね。 (これは kyully さんのMsg 1 に対する返信です ) |
2328 件目 許す愛 masshiより masshi_26 1999年12月29日 11時18分 ELRANTYさん、どうも。 私、まだ仕事があったので、レス遅れました。 >せっかく、団体批判から離れ、すこしは意義深い話もできました(?)ので、 >気分のよいこのあたりで、このトピックを離れることにしたいと思います。 こういう話を皆で出来れば、このトピックも御互いに意義あるものに なるのではないかと思いますけどね。 許す愛は、非常に深い内面的な問題でもありますので、 もう少しゆっくりと対話したかったですね。 私も理想としては同意する部分が多いですよ。 (これは ELRANTY さんのMsg 2314 に対する返信です ) |
2329 件目 許す愛 masshiより 2 masshi_26 1999年12月29日 11時19分 仰ることは、ある意味で、ELRANTYさんらしいなあと思いました。 それは釈尊が乗り越えていった、「ヨガ行者」の境地なんですね。 1歩間違えれば、「ヤコ禅」です。 そこから、釈尊(お釈迦様)は現実に飢餓や不当な差別によって虐げられ、 苦しんでいる人たちを見過ごすことが出来ずに苦しみ、さらに思考錯誤しましました。 そしてさらなる悟りを得て、梵天勧請の末、法を説くに至ったのです。 そして、弟子を集め、伝道の旅をはじめたからこそ、 今、我々が仏教を学ぶことが出来るのです。 その考えを現実に適用しようとすれば、人間は木石になるしかありません。 (これは masshi_26 さんのMsg 2328 に対する返信です ) |
2330 件目 許す愛 masshiより 3 masshi_26 1999年12月29日 11時23分 >すなわち、短い時間では悪と見えるであろう諸々の物事も、 >長い時間で考えれば、その人の成長にすべて必要なことなのである、と捉えて、 >それを許すことができるのが「許す愛」だということです。 ここが、私が無内容だと感じる点なんです。 では、「怒ること、叱ることは許せないのか」ということです。 すべてを許すのであれば、窃盗をされた人が怒っていたとしても、 その「怒りの行為」をも許すことになるでしょう。 その怒りの行為も成長の過程として、受け入れるのかどうか。 以前、禅における思考停止にもそれなりの良い面があるし、 深いものがありますので、私はその点について肯定しました。 ですが他を批判するときに、それでは通用しませんし、 人間が思考すればするほど世界がおかしくなると言っているようなもんです。 縁というのは、何処で巡り合うか分からないので、 またお会いできたとき、喜び合えたら嬉しいですね^^)。 (これは masshi_26 さんのMsg 2329 に対する返信です ) |
2331 件目 追加 masshi_26 1999年12月29日 11時43分 批判するのも苦しみかもしれません ェ、 悪を為す人も苦しみであり、それに対して憤慨している人も 苦しいでしょうね。 心が透明でありながら、尚且つ、 その苦しみを説く方法を提示できるのが仏陀なのでしょうね。 人の悲しみを我が悲しみとして、 人の喜びを我が喜びとして生きることが 幸福の科学の教えですね。 (これは masshi_26 さんのMsg 2330 に対する返信です ) |
2332 件目 「空」 masshi_26 1999年12月29日 12時20分 以前、老荘思想の、「無意味なものほど意味がある」 という教えに感銘を受けたことがあるんですが、 無内容にもそれなりの意味があることを忘れないことが大切ですね。 いや、これは、イヤミでも悪口でもないんですよ^^;。本当に。 エルランティさんの言ってることは、無の境地に当てはまりますね。 ですが、「無でもなく、有でもない」のが、「空の思想」です。 その両者を合一した思想が必要だと思います。 (これは masshi_26 さんのMsg 2331 に対する返信です ) |
2335 件目 景山さんの思い出。 masshi_26 1999年12月29日 14時19分 景山さんの思い出。 景山さんを近くで見たとき、 「ホントに背が高い人だなぁ」と感じたのが、第一印象でしたね。 裁判の傍聴席に座ったときは、 涙が出るくらい、ユーモラスでした^^;。 いや、いや、勇ましく発言をされていました。 訃報を聴いた時は、本当に残念でしたね。 tatetatenoさんも同じように残念に感じたかもしれませんね。 夢に景山さんが出てきて、励まされることもありました。 あ、でも著作は、ほとんど読んでません。 エッセイ集なんか面白そうですね^^。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2333に対する返信です) |
2340 件目 あくまで個人的な解釈として、ご了承を・・・ masshi_26 1999年12月29日 15時42分 「それだけで終わってしまうのであれば」もう悟りは終了した という アとで、修行はゼロとなり無駄となりますね。 「本覚」的ですね。 また、人生日々修行であることを考えれば、この世に生まれたことは、 修行のためでもありますから、そうなると生まれた意味がないことにも なりますね。 独り「木石」として、じっと止まっていれば、 苦しみも感じないし、すべてを許すことが出来るかもしれません。 ただ、逆説的ではありますが、感情があるからこそ人間なんですね。 神はそのように創りたもうたわけでもありますしね^^。 これも間違った方向に行くと快楽主義に転落しますが。 感情を無くした時、木石になるか、ロボットになるか、 非常に冷たい人間になりますね。 理性至上主義、科学万能主義、唯物主義の怖さはここにあると思うんですね。 ちょっとオンラインなので、解りにくい部分あるかもしれませんが、 この辺で、ではまた。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2336 に対する返信です ) |
2344 件目 私も、 masshi_26 1999年12月31日 12時49分 >景山さんの死を会員の人はどう解釈したのでしょうか? >もし、僕が会員だったら、どうして、あんないい人が、 >あんな死に方するなんて、どこかおかしいじゃないかと思うんだけど。 私もその当時、納得いかない思いがありましたが、 諸行無常を教えられた出来事でもあると思ってます。 これは景山さんに限らず、誰であっても起こることで、 この場で出会った方々も、21世紀中には必ずこの世を去るときがきますね。 善人でも悪人でも同様ですね。 「死に方」については、過去世の因縁もあるのかもしれませんけど、 そこまで私には分かりません。 テレビでも言ってましたが、葬儀に出た人の話を聴くと、景山さんは あのような亡くなり方をしたけど、お顔は非常に安らいでいたそうですよ。 なかには大げさな報道があって、心配する方もいるかもしれませんが、 現在、元気なようですので^^。 個人的には、今回はもう英雄として大活躍したので、あとは残った我々に 使命を託してくれたのかもしれないなと思っています。 (これは ahokusai さんのMsg 2342 に対する返信です ) |
2366 件目 遅れてしまいましたが masshi_26 2000年1月5日 16時27分 遅れてしまいましたが、皆さん、あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 日本の明るい未来の幕開けに、読売新聞の決断が光ってますね^^。 知らず知らずの内に精神が犯されてることってありますよね。 電車の中吊り広告もひどいのがありますね。 電車の中でそういったポルノまがい雑誌を 平気で読んでいる人もいたりしますね。 そういえば評論家の西部邁さんは、規制緩和を大合唱するより それらを規制しろと言っていました。 若者たちには狭い動物的精神に囚われず、自分の心の偉大さに 気づいてほしいと思いますね。 もっと強く、大きくて深い心を人間は持っているということですね。 それが仏の願いでもあると思います。 今年も正しき心を探求してまいりましょう^^。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2364 に対する返信です ) |
2367 件目 たぶん、 masshi_26 2000年1月5日 16時39分 たぶん、ゾンビにはなりたくないと思います^^;。 私もですが。 以前、別の場所で誰かに同じ事言われたことありますが、 幸福の科学は「この世とあの世を貫く幸福」を説いていまして、 「法による救済」でありますので、霊能力を有難がる団体ではないです。 (これは ahokusai さんのMsg 2353 に対する返信です ) |
2371 件目 どうなのでしょう。 masshi_26 2000年1月6日 11時36分 どうなのでしょう。 一人の人間を生き返らせたとして、エル・カンターレの証明になるのかどうか。 私は法の中身だと思っています。 法を身につけて、一人ひとりが幸福になっていくことが、 本当の意味での魂の救済になるし、証明にも繋がっていくと思います。 もし死者を生き返らせたとして、それによって信者がたくさん集まる かもしれませんが、それをよくよく見たならば「心」の修行を無視した 人たちが群がっているだけであって、 本来の救済から言えば、むしろ害になると思います。 私はそんなマニアックな人たちとあまり一緒に居たくはないですね^^;。 もちろん他力もありますが、基本的には自己責任の教えですので、 その辺は冷たく感じる人もいるかもしれませんね^^;。 でも、ちょっとユーモア交じりで言いますが、むしろ私はその冷たさに 惹かれたところありますね。 というのは、裏を返せば自助努力や主体性を重視している教えだからですね。 また、仏教では極楽を説き、キリスト教では天国を説いていますから、 死というものが非常に苦しくて悲しいことである、という考えでもないですね。 (これは ahokusai さんのMsg 2368 に対する返信です ) |
2373 件目 これは masshi_26 2000年1月6日 12時13分 >エル・カンターレとは、大川氏自身が“創造”した神様です。 これは深読みすれば、記号論的に当たらずとも遠からずと 言えなくもないですが、少なくとも正確な表現ではないですね。 >「この世の使命は終わった。ご苦労様でした。 >あの世での使命が待っているから、頑張って下さい。」 これだけではないですけどね^^;。 正心法語を読んだり、個人個人としては、いろいろと贈る言葉も ありますから。 (これは fredy99 さんのMsg 2369 に対する返信です ) |
2395 件目 新聞といえば masshi_26 2000年1月7日 11時41分 iroiroarimasuさんは今、アメリカかな? 新聞といえば、投稿欄に会員さんがよく顔を出していますね。 今日も見ましたよ^^。 (これは iroiroarimasu さんのMsg 2360 に対する返信です ) |
2396 件目 「救う」というのは masshi_26 2000年1月7日 11時45分 >まず、大川さんがエル・カンターレ(神)であることを疑いようの >無い事実として提示した後に、それを信じるか、どうかは個人の >判断に任せれば良いと思う。 でも、どちらにしろ、結局は個人の判断でしかないと思います。 ただ「信じなさい」と言ったとしても、何人も人の心の中までは 自由に動かせませんから。 ミカエルさんの言う通りだと思います。 >全人類を救うのは嘘で、「法」を理解できる一部の人だけが救われさえ >すれば良いって言うのならば話は別だけど。 「救う」というのは、地獄に落ちない事という意味であれば、 誰でも理解できる範囲の教えで充分ですし、当会に入っていなくても 天国に帰る人はもちろんいるでしょう。 もう少し広く考えれば、ユートピア建設として、 あの世とこの世を含めた世界全体や、 未来にまで視野に入れた活動になります。 これは、一人では出来ません。 (これは ahokusai さんのMsg 2389 に対する返信です ) |
2398 件目 補足有難うございます masshi_26 2000年1月7日 12時19分 ミカエルさん、補足有難うございますm^^m。 >また、当会の会員であれば、地獄に落ちないという ロ証もありません。 >教えを理解出来ることと、地獄に落ちないことは、別問題とされています。 たとえば、教えを理解したとしても、今日サリンを撒いたら地獄行きでしょうね。 まあ、それは理解していないのだ、とも言えるかもしれませんが。 一言で言えば、「縁起の理法」に集約されますね。 (これは michael_the_3rd さんのMsg 2397 に対する返信です ) |
2434 件目 新聞投稿 masshi_26 2000年1月8日 11時29分 >新聞の投稿ですが、私んとこの沖縄の地方紙なんですが、 >よく友人の投稿とかが載ってます。やはり会員の皆さんは >鋭い視点で意見しますね。 昨日は産経です。プライバシーの問題もあると思うので、 本人の名前は言わないほうがいいと思います。 存知ない人であっても、幸福の科学の会員であることは 明らかな内容であったりすることもありますね^^。 正論大賞オピニオンリーダーとしても登場しています。 趣味が「七の日参拝」には笑いました^^。 やはり、実際に教えを学んで、その教えを理解し、 自分のものにしない限り、説得力や力強さに欠けてしまいますね。 一方で、自分の得意分野を徹底的に掘り下げていったり、日々、 様々な問題について考え続けているようでなければ、 なかなか質の高い内容にはならないでしょうね。 僕も頑張ろうっと^^;。 (これは shihann23 さんのMsg 2403 に対する返信です ) |
2435 件目 奇跡ですが、 masshi_26 2000年1月8日 11時39分 すみませんが^^;、とりあえず、タイトルの「景山さん」は もういいのではないでしょうか? 奇跡ですが、 先生の法話を聴いて病気が回復したという話なら結構聴いております。 車椅子の人が立てるようになったとか、ですね。 たしかに、心が変われば病も治るということは心理学的に言っても、 十分ありえることなので、その奇跡の法則を拡大していけば、 死者が息を吹き返すということはありえることだと思ってます。 ただ、現在、脳死の臓器移植問題などもあ 閨A 死を何処で認定するかという問題も関連してきます。 ですが、火葬された人が正常な肉体を持って蘇ることは、 普通に考えて、無理なことでしょう。 多少の怪我を癒したり、病気回復は可能であっても、バラバラになった肉体 まで元通りにすることは、まず不可能です。 可能なのは霊として現れることくらいでしょう。 (これは ahokusai さんのMsg 2426 に対する返信です ) |
2443 件目 fredyさんへ masshi_26 2000年1月8日 15時46分 fredyさん、こんにちは。 私の思う処、疑問点などを書きたいと思うのですが、よろしいでしょうか。 と言いつつ投稿しちゃいます。 会員ではなくても、理想を同じくする方とは、出来れば協力なり、 学び合うなりしていきたいと思います。(でも強要ではないですので、念の為) >今は、自分の良心を信じていますので、外から与えられた「尊い義務」に >縛られて良心と裏腹な行動をせずにすむので、ありがたいと思っています。 た オかに、「何かをやらねばならない」というのが、 執着になって苦しくなる場合がありますね。 その「やらねばならないこと」が本当に自分の良心や自分の理想と 一致していれば、ひとまずそのやらねばならない目的に対して、 実践を試みるのは、一般論としても正しいことだと思うんです。 自分の夢をかなえる時は、苦しい事があるのも事実ですよね。 でも、それは「自分の良心を信じること」とは矛盾しませんよね。 ですが、それが自分なりのペースや自分が獲得した方法論で行動するのでは なくて、他から与えられた方法で、「この一つの方法でやらねばならない」と なると、かけがえのない自分の個性が出せなくなりますし、 自分自身の本来の力も出せなくなってしまうと思います。 この辺の問題が、’91〜93年時代にあったと思います。 (これは fredy99 さんのMsg 2437 に対する返信です ) |
2444 件目 ちょっと疑問が残りました masshi_26 2000年1月8日 15時50分 現在の会員は全体目標である「正しき心の探求」と 「愛、知、反省、発展」の幸福の原理を実践する意思があれば、 その他は自由な団体と言えますし、良心と裏腹な行動をせずに 済むと思うんですけどね。 あと、初級、中級、上級などの肩書き的なものに嫌悪感が あるのかなあなんて、思ったりしますが、「俺は何級だ!」とか言って、 自慢するような幼稚な人も見かけませんね。 会員の皆さんが口々に言ってますが^^;、何度も言いますけど、 「現在はfredyさんが仰るような問題はない」と思います。 もちろん、まだまだ「完璧」とは言えないですけどね。 やはり大切な信仰心の部分かなあ、なんて、いろいろ考えてしまいます。 個人的には、どうして離れて行ってしまったのかなぁという点が エルランティさんほど明確ではないので、ちょっと疑問が残りました。 (これは masshi_26 さんのMsg 2443 に対する返信です ) |
2458 件目 「慣性の法則」 masshi_26 2000年1月9日 7時52分 zazzyさん、はじめまして。 たしかに、’90年代は、対外的にも社会的な面でも 大きな問題が多かったので、大変なことはありましたよね。 フライデー事件、オウム事件、S学会問題、政治の混迷、 経済の失策、ヘアヌード氾濫、阪神大震災、などなど、 これらに関連したマスコミの問題も大きいですが、 重要課題が山積みだったので、方向性を定めて活動しなければ 解決できない事柄であったことが、理由としてはあると思います。 「短距離走の時代だった」とも言われていますね。 すべての活動を、その形態で、その勢いで行うことはないですね。 なんか、「慣性の法則」が働いてしまった面があるかもしれません^^;。 「永遠の仏陀」の”まえがき”が取り上げられていましたが、 ”あとがき”は、 「一九九一年に語られた私の本書(注・旧版)での 呼びかけに馳せ参じ、地涌の菩薩として身命を惜しまず活躍された、 幾万、幾十万の光の子たちに、心からの感謝を捧げる。」 という言葉で締めくくられていますね。 (これは zazzy さんのMsg 2454 に対する返信です ) |
2462 件目 芸能人を目指せ masshi_26 2000年1月9日 20時57分 >私が「芸能」を通じて伝道しろって言われたら大変つらいでしょうが(^^; 「会員は、みんな芸能人を目指せ!!」 と言われるのも、ある意味、面白いかも^^:。 ・・・・・それは宗教じゃなくなりますね(;;)。 >もし,本当に何かの負担になるのならそれは「不満」から来ることじゃないか >と思いますが,マッシさんはどう思われるでしょうか? 一言に「不満」と言っても、漠然としたものがありますので、難しいですが、 仏・法・僧の仏・法に不満はなくても、僧の部分に不満があるという場合が、 あるのかもしれませんね。 僧というのは修行してる身ですから、ある意味、不満はあって 当然という気もしますが、不満があれば誰かに相談するとか、 意見を述べるなりしたほうがいいでしょうね。 誰かの情熱的な熱心さが不満に感じることもあれば、 逆に熱心さが足りなくて、みんな寝ぼけてるようで堕落してるのでは、 という不満が生じたりするかもしれません^^;。 この辺の「中道」の見極めが肝腎ですね。 「進歩」すると同時に「調和」も大事だ、というバランスですね。 (これは shihann23 さんのMsg 2446 に対する返信です ) |
2463 件目 re;生き返り masshi_26 2000年1月9日 21時4分 たとえば、スプーン曲げは「自然法則」を逸脱した奇跡なのか という問題はあると思いますけど。 それと「気功」とかですね。 「気を送る」というのは、微少な「気」なら誰でも出すことは 出来ると思います。 素質があれば、さらに修行して気功師になれるかもしれない。 でも、そのような「奇跡」は裏側の人が得意というか好きなようなので、 概ねは、裏側の人に任せたほうがいいと思ってます。 死者の肉体から霊子線(シルバーコード)が切れたらもう肉体に 戻ることは不可能と言われてます。これは神秘学でも 昔から定説になっていることです。 でも、もうちょっと考えて(汗)、仮に超能力でバラバラの肉体を修復すると 考えると、かなりの体力や精神力及び時間が必要でしょうし、 仮に可能であったとしても、治す側の肉体がその行為自体の衝撃に 耐えきれないと思います。 精神に限界はなくても、肉体は鍛えたとしても限界があります。 肉体は諸行無常ですね。 (これは ahokusai さんのMsg 2453 に対する返信です ) |
2464 件目 イイシラセ masshi_26 2000年1月9日 22時6分 >もし,「この方法でしかやってはいけない。それ以外は許さない」 >といわれちゃいますと私もつらいので辞めたくなるかもしれませんね(^^; 一応、イイシラセになると思いますが、 今の活動形態になってから、戻ってきた人もかなりいるんですね。 そのなかに、たとえば、海外などで何年間も様々な宗教学を学んできた人 がいまして、先生が再誕の仏陀であることを確信して、 昔、支部内で「エルカンターレ信仰一本でやっていくべきではないか」 というような事を言っても、僧たちはそんな意見も聞いてくれなかったので、 会から離れていたが、今は思う存分自分の意見が言 ヲるので嬉しい、 この時期が来るのを待っていました、と言ってるそうです。 身内から聴いた話ですが、そういうこともあります。 (これは shihann23 さんのMsg 2446 に対する返信です ) |
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