大悟は大ウソ ?

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 ◆「2ちゃんねる」より転載(幸福の科学って最近聞かないけど)

663 名前: 幸福の科学元会員 投稿日: 2000/03/10(金) 04:33
★「大悟」は「大嘘」大川隆法氏は「81年3月23日、大悟するとともに、同年7月、人類救済の大いなる使命を持つ、永遠の仏陀、エル・カンターレであることを自覚」されたそうです。しかし、以下に転載する「幸福の科学原論・1」(「日蓮の霊言」講義)を読むと「81年3月23日に霊道を開き、以後、数年間は日持、日蓮の指導を受けていた」ことは明白です。同様の記述は「幸福の原理」にもあります。霊現象から逃避する人が「大悟」とか「自覚」などできるはずがありません。しかも、個人的な問題すら日蓮たちに相談しています。信じられないことですが、「大悟」は作り話だったのです。ある日、突然「霊能力が与えられた」だけのことでした。繰り返しになりますが、以下は「幸福の科学原論・1」からの引用です。「幸福の原理」ともども、まだ書店で手に入ります。信者の皆様、どうか事実を確認してください。そして考えてください。
***************************「幸福の科学原論・1」***************************

P15>私は、1981年の3月に霊道を開き、高級霊からの通信を受け始めてから、85年夏にこの本が出版されるまでに、約4年半をかけました。この間、私たちがいったい何をしていたのかということは、この本の行間からある程度読み取ることができると思います。

P16>ですから、この本に書かれていない対話もそうとうあったわけです。それは個人的な問題の相談がほとんどでした。やはり最初に霊的現象に出会ったときには、衝撃の連続でありました。理解できないことばかりでしたし、霊的世界について書かれたテキストもなければ、師もいないという情況で、まったく帰納的方法といいますか、実際に体験したり、 wんだことのなかから理論を構築していくというステップでありました。

P17>何しろ当初は、この私自身が賛同していなかったのです。私にこ ういう現象が起きなければならない理由はない、と思っていました。私はもともと考え深いほうではありましたが、どう考えてみても、そんなはずはないと思われたのです。宗教家になりたいと願ったことは過去一度もなく、宗教家としての資質があるとも思えなかったし、自己実現の方法としても考えていなかったことでした。最初に日蓮聖人が出て来て話をされ、それだけでなく同じころ、イエス・キリストをはじめとするさまざまな霊人が出て来ておりましたが、とても信じられないというのが私の正直な気持ちでした。

P19>しかも、それほど心の修行をしたかと問われたら、した覚えもないし、それほど心が澄んでいるかと問われても、それほどでもない。考えれば考えるほど、やはりありえないという結論に達したわけです。

P22>私は、何とかしてこの霊の世界から逃げよう、そう決心いたしました。考えないのが一番だと思って、絶対何も考えまい、考えなければ何も答えはこないはずだ。霊にも関心を持つまい、宗教になど関心を持つまい、と念じ続けていたのですが、やはり人間には心があり、考えてしまうのです。そうすると聞こえてきて困りました。そういうわけで、どちらかというと、私はネガティブな考え方を持っていて、結論をいえば逃げたかったということですが、しかし、逃がしてはくれなかったのです。そして3か月から4か月ほど一人で格闘していたわけです。

P23>私はまだこの世に未練がそうとう残っていたものですから、でき たら足を洗いたい、逃げたいという気持ちがありました。

P49>日持上人、日蓮聖人ともに一貫して、この最初の4年、5年の間、 自分の努力ということを強く繰り返して主張されました。私たちはともすれば、答えを、結論を聞きたがったのですが、答えてくれないことが多かったのです。「自分で道を拓け、それが原点である」ということを何度も何度も言われました。


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