熊公の独り言 W




◆ 緊急入院・緊急手術 ◆
 内腸骨動静脈奇形の第一回目の『栓塞手術』は前回の『独り言』に書きました。5日(日)に無事に退院して来ました。
 6日(月)は休養日として、7日(火)は工房へ行きました。鍛冶作業はせずに来春の畑作業に備えて耕運機を掛け帰って来ました。
 8日(水)は義母の通院のため、アッシー君をすることにして居ました。随分と足が弱くなられて、車イスを使用する為、ワイフの軽自動車よりも熊公の乗用車(ホンダ FREED)の方が車イスの出し入れが楽と考えました。術後でワイフは恐縮していましたが、フリーの身ですから運転くらいはすることに。
 病院を2つハシゴします。乗り降りの際やはりワイフが義母を介助するにしてもやはり力が足りない感じ、車イスへの移動や車イスから車への移動にはどうしても協力してあげないといけない状況でした。
 2つ目の病院は駐車場が使いにくいので一旦熊公は自宅に帰り、終わったら迎えに行くと言うことにしました。義母とワイフを2つ目の病院に送り、一旦帰宅すると急に尿意が来ました。排尿してビックリです。血尿が出ました。
 第一回目の『栓塞手術』は導尿を慎重にして貰いましたから、管を抜いたあとは出血もほとんど無くとても楽だったのになんで5日目に出血したものか・・・。でも、検査入院の際はそのままにして置いて5日目には普通になりましたから、今回もそうなるだろうと思って居ました。
 病院にワイフと義母を迎えに行き8日の任務は終了しました。排尿の度に血尿が出ましたが、その内止まると、普段通りに夕刻には入浴を済ませ、晩酌をして10時頃に床につきました。この段階で尿意が近くなっていることは感じ、排尿量が減っていることも感じていました。


 〓 オシッコが出ない!! 〓

 12月9日(木)・10日(金)

 1時間に1回くらいのペースでトイレに行かなければならなかったのが、45分・30分・15分と短くなり、2時過ぎくらいからはついにトイレから出られない状況になりました。翌朝ワイフは出勤ですが、熊公の状況を見ていて「病院に連れて行くから・・・」 と、心配してくれました。ここで『正常性バイアス』が働いちゃいました。前回は自然に治ったんだから今回も平気という気持ちです。ワイフには仕事に行くように伝えてトイレに籠もっていました。

 オフクロ様も心配して来てくれましたが、頼めることは無く、ただ、カトリックで大切にしている『ルルドの水』を貰いたいと伝えました。この言葉でオフクロ様は深刻な状態と考え、兄貴に電話したようです。兄貴はワイフの職場に連絡してすぐに帰宅するように手配したようです。

 兄とワイフはほとんど同じ頃に来てくれました。ワイフは掛かり付け医の『Mo先生』に状況報告、その結果紙パンツを着けて、慶應義塾大学病院に緊急で受け入れて貰うように連絡することを伝えられてきました。
 兄貴が慶應義塾大学病院に連絡を入れてくれて、兄貴の車で慶應義塾大学病院に向かいました。


 〓 緊急入院・緊急手術 〓

 病院には1時頃に到着しました。先ずは採尿ですがオシッコはほとんど出ない状態、残尿量を見ると300mlは膀胱にあるということでした。先週PCR検査を受けていますが、ここでもPCR検査を受け、レントゲン・心電図をとり、処置室で導尿してエコーを掛けました。導尿の結果随分楽になりました。エコーの結果はなんと8cmの血腫が・・・。球体の体積は【4/3×π×】 ですから、270ml位の血の塊が出来ている計算です。PCR検査の結果を待ち緊急手術をすることになりました。採尿の結果『白血球』は出ていないと言うことで、炎症性のものではないようでした。貧血気味ではあるけれど輸血は必要ないであろうという事でした。

 PCR検査の結果『陰性』であることが判明して、4時から緊急手術ということになりました。ちなみに、仮に『陽性』の場合は手術出来ないのかを聞いたところ、『陽性』の場合は防護服を着用しての手術になるのだという事でした。

 
 導尿 ほぼ血液                          手術を待つ熊公

 手術室へは車イスで向かいました。兄貴とワイフに握手して、「頑張ってね!!」 と言うワイフに、「死ぬまで生きているから大丈夫!!」 と言い返して手術室に向かいました。

 今回の手術は『膀胱鏡』を使って血腫を掻き出すと言うことでした。またまた全身麻酔です。1週間に2回も『全身麻酔』を掛けるなんて・・・。
 マスクを着けられ、「大きく息を吸って下さい、これから麻酔入れますよ・・・」 まで記憶がありますが、あとは起こされるまでまったく記憶がありませんでした。起こされて聞いたのは何分かかりましたか?と言うこと、40分だったという事でした。

 ストレッチャーに載せられた記憶は全くなし、何となくの記憶では手術室から病棟のベットで移動させられたような記憶があります。
 病棟は10階の10B 病棟 1020号室の個室です。これはコロナ対策として、緊急入院の場合は隔離措置を執るのだそうです。
 今回の手術は動脈カテーテルとは違い、絶対安静では無いので気楽な感じでした。
 点滴架台にはポンプが付けられて有って生理食塩水を膀胱へ送り込み洗浄する仕組みになっていました。導尿管もいつものものとは違っていました。
 夜、熱が37.8度まで上がり、氷枕をして寝ました。熱が上がったという事で、もう一度PCR検査を受けることになり、この個室でもう1日過ごすことになりました。リッチな感じです。

 
   手術後すぐの熊公                    手首にはタグが取りつけら・・・

 
   トイレ付きの個室                       外されたバイタル計測器

 今回のバイタル計測器は無線でナースステーションに送信されるようになっていました。10時頃に外され部屋の中だけの歩行が許可されました。窓へ行ってみると富士山が見えました。今回は単眼鏡を持って来たので景色を眺めるのがより楽しくなりました。

 
1020号室の窓からの景色                    窓側側からの部屋の様子

 膀胱内の出血は無く、排尿は綺麗、膀胱に送り込む生理食塩水の量を減らしていくことになりました。また、PCR検査の結果も『陰性』と言うことで隔離が解かれました。明日病室の移動が伝えられました。

 看護師さんにこの個室の値段を聞いてビックリ、1泊 40000円のお部屋でした・・・。(;^_^A
 今回は泌尿器科での手術ですが、『栓塞手術』の放射線科の『I先生』、血管外科の『Ma先生』も立ち会って下さったそうで、大学病院内の術科を超えた連係プレーがもの凄く良く分かりました。
 『I先生』からは、熊公の動静脈奇形は他の部分にも影響があって、膀胱方面にも沢山の血管が入り込んでいると言われていましたが、どうも今回はその血管のどれかが切れ出血を起こしたようです。原因としては一回目の栓塞手術の導尿で血管に刺激が与えられ、何かの拍子にそれが切れたと考えられると言うことでした。今回、膀胱鏡を使って出血した血管とその周りを丁寧に焼いて下さったと言うことを聞きました。

 今日はオフクロ様の93才の誕生日、長男・兄貴も合流してお祝いする予定が今回の緊急入院で残念なことに・・・。しかし、予定通り長男・兄貴は合流してお祝いしてくれました。LINEのテレビ電話でしばらく話をしました。個室の良さですね・・・。

 
オフクロ様93才の誕生日 おめでとう!!

 12月11日(土)

 8時頃に導尿が解除になり楽になりました。このまま調子が良ければ月曜日退院になると言う見通しを聞くことが出来ました。
 10時頃に午後に部屋を移ることになると看護師長さんが連絡に来られました。そこで恐る恐る、「このお部屋1泊40000とお聞きしました。2泊したという事は、3日分の支払いになるから、12万円分ですか?」 と聞いたら・・・。「隔離措置は慶應義塾大学病院の方針で行っていることなので、患者さんにはご迷惑をおかけしないです。最初から40000円の個室ご希望の方以外は、ご希望のお部屋の料金を頂くだけです。」 という、なんとも有り難い返事が帰って来ました。\(^o^)/

 11時半頃『造影CT』を撮りに行きました。結果、膀胱は綺麗であるということが分かりました。造影剤を使ったあとはオシッコを沢山しないといけないと掛かり付け医の『Mo先生』に言われているので、お茶を沢山飲んで、排尿することにしました。
 病室の移動はベッドごと1034号室に移動、今回は窓際です。明るくて良い感じ、窓は20度方向を向いていて、池袋のサンシャインビルがほぼ真正面という感じで、右側にスカイツリーが眺められました。

 
1034号室のベッド                       スカイツリーの朝焼け

 お茶を沢山飲み排尿しなければと考えて居ましたが、尿意があってもオシッコが思うように出てくれないので、看護師さんに残尿をチェックして貰ったところ、かなり残っているという事で、すぐに泌尿器科の先生に連絡して貰い、再導尿となってしまいました。
 出て来るオシッコは出血も無く綺麗なものなので、今回の排尿困難は前立腺によるものと言うことで、夜から前立腺を小さくする薬を服用することになりました。
 今回の血腫を取り除く手術で『膀胱鏡』を使いましたが、これはかなり太い金属の管を挿入するのだそうです。その為、もともと肥大している熊公の前立腺が腫れてしまい、尿道を狭くしているのだという事でした。
 これで月曜日の退院は延期となってしまいました。

 12月12日(日)

 10時半頃、子供の頃以来初めて他人にお尻周りを拭いて貰う・・・。恥ずかしい感じ。看護助手の若い女の子なのでチョット緊張しました。
 その後、今回の手術の執刀医『Ba先生』が回診して下さり、手術時の状況を詳しくお話ししてくれて、1〜2mmの血管が切れていて、そこからヒューヒューと出血しているのが見えたという事でした。周りの血管は広範囲に焼いて下さったという事。これで導尿時に困ることは無くなるかも知れないです。
 3時頃点滴終了、抗生剤の投与が時々あるのでルートはそのまま残されましたが、導尿の袋だけになって動きやすくなりました。

 夕刻2階のコンビニに買い物に、パンツをどうするか考え、入院中は紙パンツで生活した方が楽そうなのでこれを購入、また、持って来たBluetoothのイヤホンの充電端子が折れてしまい、充電出来なくなったので、販売されていたBluetoothのイヤホンを購入しました。

 12月13日(月)

 山が良く見えました。ビルの合間に見るので同定は確実とは言えないものの、筑波山とおぼしき山、那須方面の山、上越国境の山を眺めることが出来ました。熊公としては富士山や秩父の山が眺められる側の病棟の方が好きな感じ・・・。

 
  那須方面の山並み                      スカイツリー・大都会の夜景

 単眼鏡は持って来たものの、スマホのアダプターは持ってこなかったまで上手く撮影出来ませんでしたが、病室の窓から那須方面と思われる山を撮影してみました。
 また、夜のスカイツリーも色々な方法で撮影してみました。スマホカメラの色々なモード結構楽しめました。

 12月14日(火)

 朝6時半頃からラウンジで朝の光の変化を楽しんでいました。この時季の日の出は6時42分頃です。綺麗な朝焼けを眺める事が出来ました。雲はどんどん変化して雲量は増加していっていました。横浜では雪が降ったという事でした。
 今日は試しに導尿の管を抜く事になっていて、7時40分に管を抜きました。その後3回排尿量と出血のチェック、残尿のチェックをする事になっています。
 8時半頃から雨がポツポツと降り出しました。11時40分トイレへ150ml排尿しましたが、残尿量が多すぎるという事で、再々導尿をするという事に・・・。
 「3回様子を見るといってたんだから少しの猶予を!!」 と、懇願しましたが、12時半頃に懇願虚しく導尿されてしまいました。これでまたまた退院延期です。
 シャワーの予約を入れていたのですがキャンセルして、身体を拭いて貰うことになりました。
 今日は特別なことは無いので天気の変化をズッと見ている一日でした。2時半頃から天気は回復していきました。生き物のように変化する雲、今日はそれを見ているだけで飽きませんでした。

 1時頃にシスターから電話が来ました。検査入院の時にも電話を下さったシスターです。毎年小魚の佃煮を贈っているのですが、そのお礼の電話でした。現在入院中で有ることを話したら、修道院のシスターみんなでお祈りして下さっている事お聞きして元気を頂きました。
 夕方、『Ba先生』の回診、導尿の管を留置した状態で退院して、22日に外来で受診、そこで膀胱に水を入れて導尿の管を抜き、排尿の様子を確認する事になりました。このテストで合格すれば年末は普通に生活することが出来、不合格であれば導尿管を留置して年越しすることになります。
 19時、最後の抗生剤の点滴が終わり、点滴のルート確保終了です。

 12月15日(水)

 今日は朝の回診の際に手術前後に撮影した血腫のエコー写真や出血の様子の写真を下さいとお願いしたところ、貰えることになりました。
 10時40分導尿の袋が外され、管の先にキャップが取りつけられました。キャップには2種類有って、一つは特別お金を出すこと無く着けられるもので、お弁当などに使うソース入れのキャップみたいなもの、もう一つはマグネット式で簡単に蓋を外すことが出来るものです。
 色々看護師さんと話をしてマグネット式の方が楽であることが分かっていたので、それでお願いすることになりました。このキャップは2階のコンビニで売られています。
 コロナ禍の折り、外来の方との接触を防ぐため入院患者は17時から翌朝8時までしかコンビニ利用出来ないので、看護助手の方にお願いして買ってきて貰いました。
 消毒の仕方、テープの張り方等を教えて頂き、今日一日はトレーニングです。19時半からシャワーの予約を取りました。

 
導尿のキャップ(マグネット式)                  ベッドから眺めるビルのあかり

 お昼に『退院療養計画書』・『予約票』を受け取りました。これを貰うと『いよいよ退院』という気持ちがふくれあがってきます。

 導尿の管を留置した状態でのシャワーはやはりなんだか浴びにくいものが有りました。でも、1週間ぶりですから気持ちが良かったです。点滴の架台も無いし、点滴のルートも外されていますから動きは自由です。 シャワー後、紙パンツから普段使いのパンツに履き替えました。

 12月16日(木)

 退院当日です。6時過ぎにラウンジに行ってコーヒーを飲みながら、どんどん明るくなっていくスカイツリーを眺めて居ました。


退院当日の夜明け

 7時前から荷物をまとめて退院の準備をしました。朝食を摂ったあとからは本格的な準備です。歯を磨き、洗顔のあとは服に着替え、レンタルした甚兵衛やタオルを使用済みの駕籠に入れて、ベット整理をして、8時30分頃に点検を受けました。最後にタグを外して貰い自由な身です。

 すぐに会計に行き支払いを済ませました。長男が退院後はタクシーで帰宅するようにカンパしてくれたので今日はタクシーで帰ることにしました。タクシー乗車は9時少し前でした。首都高使って貰い、家の前に着いたのは9時30分でした。病院から30分、早かった〜〜〜!!
 やはり我が家はのんびりできて良いものです。


 〓 快適入院術 〓

 3回も入院するといかに生活を快適にするか考えるものです。そこで熊公の方法をお話しします。ただし、これは慶應義塾大学病院の施設・サービスだからできることで、全ての病院に通用するものでは無いです。

 慶應義塾大学病院の病棟には『フリー Wi-Fi』が飛んでいます。また、パジャマ・タオルセット(1日550)というものが有って、1日に何度でも何枚でも着替え、タオルを使用出来るというサービスがあります。これがもの凄く便利です。

@                           A
 

 @の写真はベッドの工夫です。病院のベッドは背中を起こすことが出来たり、足を少し上げたり出来ます。非常に便利で良いのですが、ベッドの枕は背中を起こすと当然下に落ちてきます。これをバスタオル2枚でズレない枕を作ります。1枚を長辺方向で二つ折りにしてU字にして、袋になっているところにもう一枚のバスタオルを丸めたり折りたたんだりして枕にします。それをU字の袋の所に入れ、半分に折ったバスタオルの両端をベッドのマットに挟み込みます。こうすることでベッドの背を動かしてもズレることはありません。
 また、背もたれを起こし、足を少し高くした状態で本を読んだりしていると、腰痛が起きやすいです。熊公の場合、コシが外弯する形で寝ていると、すぐに腰が痛くなってしまうので、ここでまたバスタオル一本を丸めて腰に当てて腰痛を防ぎます。
 本当の枕は点滴のルート確保して居る腕の脇息代わりにします。

 Aの写真はイヤホンです。スマホの音楽などを聴くときはBluetoothのイヤホンが非常に便利です。いつも一番左側の耳掛け式のものを使います。これは耳に優しいし、電池が長時間持ちます。今回はこのB端子の受け側が折れてしまい充電不能になりました。そこでコンビニで購入したものが中央のものです。充電量が少ないので4時間くらいしか使えません。そこで片側ずつ使っていました。完全に耳に差し込むタイプなので、食事の時などは歯の咀嚼音が音楽を邪魔したりして困りました。
 右側は有線のものです。こちらは電気切れがありませんが、線が邪魔ですね。でも、備え付けのテレビを見たりする場合は必ずこれが必要になります。熊公は入院セットに必ず入れています。

B                           C
 

 Bの写真は延長コードです。入院セット用に1mの電線を準備しています。また、腕時計がぶら下がっていますが、これはスマホのホルダーのクランプ部分に紐を取りつけておき、それで延長コードを固定し、腕時計を吊して、いつでも時刻が分かるようにしてあります。この紐が役に立ちます。

 Cの写真はスマホホルダーです。見にくいですが赤矢印の管状のものです。先にスマホのホルダーが付いていて、寝ながらビデオを見たりするのに役立ちます。文章入力などはアーム部分がぶれるので片手で動かないようにする必要がありますが、これがあれば眠れないときなどでもすぐに音楽を聴くことが出来たり、『YouTube』や『プライムビデオ』を楽しむことが出来るわけです。
 また、白と黒の電線が有りますがこれはB・C端子の電線です。スマホやイヤホンの充電に使用します。

 よく病院の夜は長くて辛いと言う話を聴きますが、熊公はまったく飽きませんでした。音楽を聴いたり、スマホ内に取り込んで有る本を読んだり、ビデオを見たり、結構楽しく過ごしました。
 注意すべき事として、慶應義塾大学病院の『フリー Wi-Fi』は24時間毎の更新が必要です。忘れているとデータ使用量が増えてしまうことが有りますから、時々チェックする必要があります。

 最後に病院で食べた19食のご飯の写真です。熊公は全て美味しく完食しました。

10日
11日
12日
13日
14日
15日
16日

 来週22日(水)に慶應義塾大学病院に行きます。先ずは栓塞手術の詳しい状況をお聞きして、二回目の手術の予定を立てることになります。続いて泌尿器科に受診して現在留置している導尿管を外して、排尿の様子をチェックします。合格すれば外したままの生活、駄目であれば再々々導尿で、おそらくそのまま年を越すことになっちゃうと思います。なんとか合格しますように!!

 それにしても、今回の緊急入院・手術には兄貴の力が大きかったです。また、早退して帰って来てくれたワイフが、掛かり付け医に相談してどのように動けば良いかの指示を聞いてきてくれたことも大きいです。
 退院後掛かり付け医の『Mo先生』の所に行きお話ししましたが、尿の逆流で『腎盂炎』を起こすのも怖いけど、おそらくはそのままにして置いたら膀胱が裂けることになって、その手術は小腸の一部を膀胱の役割持たせるために移植するような手術になって、それは40時間も掛かる様な大手術になるところだったと話されました。また、慶應義塾大学病院の術科を超えた連携が良かったわけです。『Mo先生』は、「慶應義塾大学病院に行っていなかったら今頃は大変な状態だっただろうな、さすがに慶應義塾大学病院は凄い!!」 と、話していました。
 兄貴とワイフ、そして、危機を感じて兄貴に連絡してくれたオフクロ様、そして、危機を感じて指示してくれた『Mo先生』、慶應義塾大学病院の先生方に感謝しなければならないですね。
(2021.12.17.)






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