「詩人は、常に時代にさきがけて、未来を予感する人である。この瞬間にも、時代は、刻々とその歩みを進めてゆく。新しい時代が、もうすぐそこに来ている。しかし、わたくしたちの耳は、近づく時代の足音を聞きとることができない。心をこめて、新時代の到来を歌いあげた詩人の作品を静かに読んでみよう。・・・」
この文は、国語教科書の最初のページに載っています。私たちは未来を知りたいと思います。自分の将来を自分で決めたいと思います。でも、誰も自分の将来を予測できないでしょう。半年後の自分はどうなっているでしょうか。期末試験や入学試験をクリアーできるでしょうか。誰にも分かりません。さらに進めて、社会や時代を大きくとらえて、次の時代を予測できるでしょうか。
“詩人は心を研ぎすまして思索する”
そのことが時代をみる目を育てるのでしょうか。この文を繰りかえし読み、言わんとしていることをとらえようとしました。何か、分かるような気がしましたが、結局のところ、分かりませんでした。
最近、「日高義樹ワシントンレポート」を興味深く聴きました。私は、定期的に放送されるこの番組を心待ちしていています。内容は、ジャーナリスト日高氏とキッシンジャー博士との対談でした。歴史学者であるキッシンジャー博士は国務長官も努めた有能な外交官としも知られています。このワシントンレポートは、世界そして日本にかかわる安全保障や経済の問題などを取りあげています。
今回は、年頭でもあって、キッシンジャー博士の、今年の日本を含む世界の政治・経済等の見通しが示されました。この対談を聴きながら思いました。博士の言うことには説得力が感じられて、たぶん、世界は博士の予測したとおりに動いていくと思われます。でも、本当にそうなるでしょうか。それは、結果をみなくては分かりません。将来を予測することなど誰にもできないように思います。
・・・(2010.1.12)
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