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無 題
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1805年、ロシア軍はオーストリアに進駐した。ブラウナウの要塞の近くに司令部を設けた。総司令官はクツゾーフだった。オーストリアと同盟してドナウ川流域でフランス軍と対峙した。・・・・
戦闘が始まると、次第にフランス軍に押され始めた。ボナパルト指揮下の
10万のフランス軍に追撃されたクツゾーフ指揮下の35千のロシア軍は退却を余儀なくされた。彼らは食料の不足に苦しんだ。兵士も疲れきっていた。負傷者や落伍者が続出していた。このような状態では戦うことなど難しい。戦えばそれだけ損害が増える。難しい状況に立たされていたと思う。退却しても大砲や車両などを失うわけにはいかない。撤退は困難をきわめた。これではウイーンの防衛は困難になった。ロシア軍は勇敢に戦ったが退却の流れは止められなかった。
10月に入り、ドナウ川を挟んで、フランス軍と戦闘して敵のモルチエ軍を打ち破った。この戦闘で敵の軍旗を奪いとり敵を敗走させた。このことはロシア軍の士気を大いに高めた。これまで負け続けていたのだからその喜びようが分かるような気がする。副官のアンドレイ公爵はこの勝利の報告を携えてオーストリア皇帝に急使として派遣された。彼は馬車で発った。彼は皇帝と謁見するのだ。これは特別のことだ。このような場合、誰でも、自らの将来が開けてくることを思わない人はいないだろう。アンドレイ公爵の幸福な思いが読み手に伝わってくるようだ。
暗い夜、彼は、雪のなかにつづく黒い道を馬車で疾駆した。途中、彼は負傷して敗走してきたロシア兵にあった。そのひとりの兵士に“どこで負傷したのか”とたずねた。兵士は“ドナウ川の戦闘です”と答えた。公爵は小銭入れから金貨を数枚とりだして彼に与え、“早くよくなってくれ、ロシアは君たちを必要としている”といった。アンドレイ公爵は人の心が分かる軍人のようだ。クツゾーフが彼に全幅の信頼を寄せていたことも頷ける。理想的な上司のように思える。
さて、皇帝の宮殿に着いたアンドレイ公爵は、侍従の高慢な態度に侮辱されたような気がした。陸軍大臣の部屋では、大臣は、入ってきた彼を見ようともしなかった。大臣は蝋燭の下で文書を読んでいた。彼がアンドレイ公爵と目を合わせたとき、その表情にある種のつくられた笑いが浮かんだ。寄せられる多くの願いごとを処理する人に浮かぶ特有の笑いだった。アンドレイ公爵はこう思った。
「ここには砲弾は飛んでこない。火薬の匂いもない。彼らは勝利などいともたやすいと思っているようだ」
その後、アンドレイ公爵は皇帝と謁見したあと、クツゾーフの本営を目指した。彼の心には、兵士たちの奮闘によって得た貴重な勝利が事務的な大臣の手に移ってしまったように感じた。「戦争と平和」工藤精一郎訳にもとづく。
(2008.8.23)

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