(12)
私は、この物語に登場する人のなかで、ニコライ・ロストフに興味を惹かれる。そこで、大まかに彼の動きを追いながら彼について考える。
ロストフ伯爵は彼の父で、ロストフ家の舞踏会の席で、彼はナターシャやソーニャとともに歌をうたった。それはみなが好きな“泉”という歌だった。・・・・・
そのあと、彼はデニーソフ指揮下の騎兵として前線に発った。ロシア軍は、優勢なフランス軍に押されて、後退するのを余儀なくされていた。ロシア軍はドナウ川に沿って退却しエンヌの橋を渡った。すべてわたり終えたあとで、司令部から、“橋を焼き落せ”という命令が届いた。この命令は、部隊の置かれている状況とかけ離れていたように思える。
部隊の動きと命令には何か“ちぐはぐさ”を感じた。戦場ではこういうことはよくあることだろうか。このとき整列した軽騎兵の中に仕官候補生のロストフがいた。彼は試験がよくできる優等生のような気分に浸っていた。ここは戦場なのに、彼にはその現実があまり理解できていなかったようだ。
ロストフは馬を下りて、他の軽騎兵とともに橋に向かった。そのとき、彼の未熟さがあらわれた。初陣だからやむを得ないことだったが。・・・
敵の砲火の下、彼は橋に立ちつくしていた。
彼は何をしてよいか分からなかった。敵をたたき切ろうと思ったが相手がいなかった。(彼はいつも戦闘を想像していたのだが)
橋を焼くのを手伝いたくても他の兵士たちのように麦の藁の束を持ってこなかった。そのとき、橋に、胡桃を撒き散らしたようなパチパチという音がして一人の軽騎兵が欄干にたおれた。青い服を着たフランス兵が銃を構えながら近づいてきた。彼は他の兵士とともに倒れた兵士に駆け寄った。その軽騎兵は“お願いだ、ほっといてくれ”と叫んだが担架に乗せられた。
そのとき、一瞬、ロストフの目に遠くのドナウの流れと空と太陽が映った。
“ドナウの流れはなんときらきらと輝いて見えることか。この空はなんと高く澄み、どこまでも青くつづいていることか。また、沈みゆく太陽はなんと厳かになのだろう”とロストフは思った。また、“もし、私があそこにいけるのだったら何も望まないだろう”とも思った。次の瞬間、彼は担架とともに砲火の下を走った。ロストフは、走りながら“この空におわす神よ私を助けて欲しい”と祈った。
他の担架が彼の前を過ぎった。彼はやっと部隊にたどり着いた。人びとの話し声は穏やかになった。
そこで、デニーソフから“どうした、火薬のにおいをかいだか!”と一喝された。
ロストフは“俺は臆病者だ。何の役にも立たない人間だ”と自分を責めた。

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この“エンヌの橋の上のロストフ”はかなりよく知られた場面だと思う。印象的な表現がつづく。露語の学習テキストにもときおり掲載されている。 (2008.8.29)

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無 題

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