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この物語にはピエールが全編を覆って現れる。私は、このピエールという人があまり理解できない。読んでいても彼の行動や心理が分からない。
一方、ニコライ・ロストフはよく分かる。臆病な彼は初陣で惨めな自分に悩んだ。その後、経験をつんで恐怖の感情をコントロールできるようになった。その彼が武勲を立てた。その彼でさえ、実際の戦場で敵と戦うことに疑問を抱くようになった。
また、アンドレイ公爵の場合は、有能な副官としてクツゾーフに仕えた。彼の側にいるように頼まれていた。アンドレイ公爵は、オーストリー皇帝に勝利の報告を終えて、クツゾーフの本営に向かう際に、ロシアの敗残兵と遭遇した。そのとき、彼らのあまりの無秩序さに憤慨した。そこで、ロシアの士官を叱責する場面があった。彼は有能な指揮官だった。ロシア軍の堕落した姿を見るに耐えなかった。また、なんとしてもナポレオンの侵略を阻止したいとの気概に燃えていた。
だが、ピエールはどうも理解しがたい。ピエールは父であるベズフホーフ伯爵の死により思いがけずに大富豪になった。彼は、これまで孤独で気ままな生活を送っていた。今では、自分の事だけを処理する生活から離れて、大勢の召使に囲まれ世話をされるようになった。政府高官であるバァシーリイ公爵は彼と親しくなるように努め、これまで親しかったように振る舞い、その若者に、彼とともにペテルブルグに行って彼の邸宅に留まるように勧めた。もし、彼が娘と結婚すれば、財力の基盤はゆるぎないものとなる。バァシーリイ公爵は、ピエールと自分の娘を結婚させるためにあらゆる手立てを尽くした。ピエールに外交官の道を用意するともいった。彼は宮廷女官アンナパーブロブナにピエールと娘エレンとの仲介を頼んだ。
ピエールは、アンナパーブロブナの屋敷でエレンと話しながら、自分は用意された道の上を歩いているように感じた。もし、他の道を選ぼうとしても、それはできないことのように感じた。エレンは社交界きっての麗人でとおっていた。物語のなか、アンナパーブロブナの夜会で、エレンはこのように描かれている。
“お父さん、遅れてしまいます”と、ドアーのところに佇んでいた公爵令嬢のエレンが言った。こちらを向いた彼女はギリシャ時代の肩座に乗っている塑像のような美しさだった”
二人は結婚した。だが長くは続かずに破綻してしまった。その後、ピエールはフリーメーソンの会に入った。その会とは真摯な信仰を持っていることが条件のようで平和慈善団体のように思われる。周りの人は、ピエールがフリーメーソンの会に入ったことをこころよく思っていなかった。この非常時になんということか。退会を勧める人もいた。その後、ピエールはカフェに通ったりロストフ家に行ったりした。なんとなく目的ももたない日を過ごしていたように思える。
ナポレオンがスモレンスクの戦いでロシア軍を破った。フランス軍の勢いは加速度がついていたと物語には表現されている。ナポレオンはモスクワに迫っていた。ロシア軍はそれを阻止するためボロジノに布陣した。ピエールはその戦闘を見るためにボロジノに向かった。その行為が私には分からない。同胞が戦っている場所に戦うのではなく見学に行くなどは理解できない。なお、アンドレイ公爵はクツゾーフの副官として留まることを断り、連隊を指揮していた。アンドレイ公爵は彼の領地“禿山”に立ち寄った。そこで、妹の公爵令嬢マリアにこう言った。
“しばらくするとフランス兵がやってくる。できるだけ早くここを立ち退いてモスクワ方面に避難するのだ” (2008.9.19)