(3)
ところで、私がこの書に接したのはかなり以前だった。そのときは、はたしてそんなことが起こりえるのかと思った。本当にそのようなことがあったのだろうか。そんな懐疑的な気持ちに支配されていた。信じがたかった。
共産主義とはなにか。弱者にやさしいはずではなかったのか。
実際には、国家の名によって犯罪行為がおこなわれていたと考えられる。この作品を読み進むにつれて問題はより深刻なことが明らかになってくる。
体験なしにはかけない書だった。作品には作者の汗と苦悩がにじみでていた。
作者の出口がない苦しみが感じられた。
収容所で朽ちていった人びとの苦しみが感じられた。
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彼は、また、数学者として別の特殊刑務所にも収容された。
そこで刑期の大半を過ごした。その刑務所から「煉獄のなかで」が生まれた。
“煉獄”(れんごく)とはどんなところか。
それは“カトリックの教理”で、罪を犯した死者の魂が天国に入る前に、火によって罪の浄化を受ける場所とされる。
この煉獄には何が描かれているだろうか。どんな内容なのか。それを表したいが、私の手にはあまることだ。そこで、ほんの少しだけ冒頭部分(要旨)(木村・松永訳)を追ってみる。
ヴォロジンは外務省の要職にあった。彼はドブロウーモフ教授に電話をかけようかどうか迷っていた。公衆電話はどうだろう。
長話をせずにすぐに立ち去れば悟られなくて済むだろう。
彼は思い切って公衆電話から教授に電話をかけた。長い呼び出し音の後で、相手の声が聞こえた。相手は教授夫人のようだ。彼は教授と話したいと頼んだ。
その夫人は、彼に名前を名乗ってほしいと言った。ヴォロジンは教授についてある重要なことを直接に話したいといった。
相手を説得して直接に話さなくてはならない。その気持ちが相手に伝わらない。
そこで、ヴォロジンは「教授がパリに派遣されていたときに・・・」と話している最中に電話は切れてしまった。電話線がどこかで切断されてしまったようだった。・・・
電話も盗聴されていたのだろうか。これらの書に接した人はきっとこう思うに違いない。
なぜだろう?
何のために?
どうしてこのような処置が必要なのだろう?
どう考えても分からない。そんな疑問から逃れられないように思う。
そのラーゲリ(収容所)とはどんなところだろう。どこにあるのか。そこで何がおこなわれたのか。ウィキペディアによると、主にスターリン時代に政治犯や犯罪者を収容したところだとある。
(収容所は他にもある。ドイツのアウシュヴィッツ収容所はユダヤ人を虐殺したことで知られている。また、第二次世界大戦時に日本人捕虜がシベリアに抑留され、収容所で強制労働に従事させられた。このことも記憶にとどめなくては)
(2008.8.14)