無 題
(6)
ドイツA軍団(兵力100万)はロストフの町を占領して、カフカスに侵攻し、エルブルス山にハーケンクロイツの旗を立てた。
これは軍事的には意味のない行為だった。そこのマイコープの油田と給油施設はすでにソビエト軍の撤退と同時に破壊されており、油田を手に入れることができなかった。
その結果、部隊は燃料の調達に苦しんだとされる。
B軍団(兵力30万)は南東に向けて進んだ。その中の第6軍がスターリングラードに向けて進路をとった。スターリングラード(人口60万)はぜひとも落さなくてはならない。敵将の名を冠しているからだ。そこには軍需工場がある。ヴォルガ川の西岸に位置している。ここを落せばヴォルガ川の交通も遮断できる。
ヴォルガはロシアの物資を運ぶ動脈でもあるからだ。進撃の途中にソビエト軍の抵抗にあったがもののかずではなかった。むしろ、泥の中に車が嵌ったり、蚊に悩まされたりする様々な困難に苦しんだはずだ。進撃を続けてヴォルガ川が遠くに目に入ってきた。
このとき、ドイツ軍の兵士は何を思ったろうか。
“スターリングラードを攻めろ”
これは命令だ。命令は絶対だ。だが、兵士の胸には一抹の不安が過ぎったのではないだろうか。ヴォルガ川はヨーロッパ最長の川で、ロシアの“母なる川”だ。
こんなに遠くまで来た。ここで、本当に勝てるのか。
無事に国に帰れるだろうか。ドイツには、彼らの身を案じる家族がいる。
これは大きな戦争だ。国の両親や、妻子は無事だろうか。今頃どうしているだろう。
帰って家族の顔を見たい。それができたらどんなにかよいだろうか。だが、戦争は非情だ。そんな感傷は意味がない。目の前の敵を倒さなくては帰れない。
スターリングラードは美しい都市だったといわれる。
823日、スターリングラード市街にドイツ航空機(のべ2,000機)が爆撃を加えた。市街地はほとんど廃墟となった。数千人の市民が犠牲になった。だが、その廃墟は、逆にソ連軍の陣地、塹壕と化していった。
913日、第6軍は砲爆撃とともに市街地に突入した。だが、瓦礫と化した廃墟の中でソビエト軍の激しい抵抗を受けた。瓦礫のなかにソビエト軍の狙撃兵が潜んでいた。建物の影から、あるいは頭上から、地下道から攻撃を受けた。建物ひとつ、部屋ひとつを奪い合う消耗戦が始まった。ベルリンに君臨するひとりの人間は短期決戦を予想していたが戦闘はこう着状態に陥った。
両軍は決死の攻防を繰りひろげた。このような状態では兵士たちのいのちは紙切れのように軽かったに違いない
 
(2008.8.15)

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