次のページに
無 題

トップに戻る

(7)
ロシアに秋が近づいてきた。ロシアの秋は過ごしやすいといわれる。空は高く澄みわたり、涼風は頬に心地よい。ロシアは平原の国だ。ヴォルガ川の水源は標高225mそこからカスピ海に注ぐ大河だ。ヴォルガは緩やかに流れる。かもめはゆっくりと川面を舞う。人びとはきのこ狩りや魚つりに興じる。夕刻ともなれば家々に灯火がともる。人びとは1日の仕事を終えて家路を急ぐ。そこで団欒の時を迎える。・・・・・・・・・
いつかは行ってみたいと思うようなところだ。なお、私はほとんど外国にいったことがない。ロシアにも行ったことがない。なぜかロシアは遠く感じる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
兵士たちにとっては、このような景色など目に入らなかったはずだ。いつどこから敵が現れるか分からない。無駄死にはいやだ。生き残りたい。兵士たちの緊張は極限に達していたはずだ。
かつて、私が見たTV映像では、スターリングラードに迫るドイツ軍は夏用の服装だった。冬の服をもたなかった。“ロシアなど一撃で倒せる。モスクワなど短期間で攻め落とせる”と思っていたのだろうか。攻防が長期化して冬が近づくにつれ、ドイツ軍は思いもよらない困難に追い込まれた。それは、油、つまり燃料が凍ってしまうことだった。それでは、車両を動かせないし大砲も撃てない。
でも、ロシア人は別だ。
プーシキンの小説によると、ロシア人は“冬の厳しい寒さ(マローズ)と照りつける太陽”が好きでたまらないらしい。
また、「戦争と平和」に、このような一節がある。ロシアの士官候補生ロストフが、フランス軍との戦闘で負傷し部隊からはぐれてしまったが、やっとの思いで部隊にたどり着いた。そこで、焚き火で負傷した腕を暖めながら“ロシアの暖かい冬と家族のなかにある愛情や心遣い”を思いだしていた。・・・
このように、ロシア人は寒さを愛しく思っている。寒さ(マローズ)も彼らの文化のような気がする。
酷寒の冬が近づくにつれて形勢は微妙に変化してきた。
思うに、ドイツ軍の作戦はかなり雑に感じる。まるで、勉強もしないで試験に臨むような危うさを感じる。
なぜ、周到な準備を怠ったのだろう。ソビエトは敵をロシアの懐深く引きずりこんで地の利を盾に戦うことができる。かつて、ナポレオンはロシアの懐ふかく引きずり込まれて苦杯をなめたではないか。ロシアの冬は厳しい。ナポレオンの敗戦をどうとらえていたのだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

これらのページは、ソルジェニーツィンの小説「イワン・デニーソビィチの
1日」、「マトリョーナの家」、「クレチェトフカ駅の出来事」、「煉獄のなかで」、「癌病棟」、「収容所群島」他、「戦争と平和」(トルストイ)、「静かなドン」(ショーロホフ)、ウィキペディア及び私が見聞きしたニュース、TV映像等にもとづく。
(2008.8.16)