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無 題
(9)
その時代、ロシアの人たちはどんな暮らしをしていたのだろうか。
ここで、ロストフ伯爵家の様子を見る。
今夜は、客を招いてゲームがおこなわれていた。トランプのカードが配られて、みなはそれぞれ居間や図書館などの部屋に散っていった。伯爵はにこやかに微笑みながらカードをひろげて食後のあとに来る眠気に抗しているようだった。

若者たちは伯爵夫人の言いつけにしたがって、ハープの前に集まってリクエストされた曲を弾いたりしていた。
そのあと、若者たちは歌をうたった。歌は若者に
人気がある“泉”という歌だった。歌が終わるころに客間では椅子が動かされ始めた。
皆が舞踏部屋に集まってきた。
伯爵は
マリア・デミトリエブナに手を差しのべて、両手をたたいて彼女を招きいれた。ふたりの表情は輝いていた。
伯爵はバレーを踊るようなしぐさで楽団の長を呼び出し、
「ダニエル・コッパーをしっているか?」と叫んだ。

これは伯爵のお気に入りのダンスだった。彼は、腕を左右に回し、音楽にあわせてステップを踏みながら軽やかに踊った。彼女は彼より背が高かった。
身体も大きかったので軽やかに動けなかった。踊りの途中に、舞踏部屋の各ドアーには大勢の召使たちが集まってきた。みな主人の踊る姿を見たかったのだ。召使たちはみな笑顔だった。
伯爵の踊りはますます激しくステップも軽妙になった。娘のナターシャは父の踊りをみんなに見てもらいたくて、大人の間をすり抜けながら“お父さんを見て”と吹聴してまわった。伯爵は演奏家に合図を送った。テンポが更に激しくなり、微笑しながら軽やかに足をあげたり、腕を振ったりして最後のステップを終わった。みなの拍手のなかで、伯爵は大きく息を弾ませながら“わしの若いときはこのように踊ったものさ”といった。
マリア・デミトリエブナは長い間、大きく息を弾ませてから“ダニエル・コッパーって、なんて激しい踊りなのでしょう”といった。
この「戦争と平和」にでてくる一場面を(要旨)を見ると、主人の踊る様子を見に来た召使など幸せそうな人びとの暮らしが見える。人びとの善意に生きる様子が感じられる。心配ごとなど何もなさそうだ。・・・人びとはまだ気がついていないが、少しずつ危機が近づいてくる。
(2008.8.20)

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