「人知れず微笑まん」 樺美智子
誰かが私を笑っている
向うでもこっちでも
私をあざ笑っている
でもかまわないさ
私は自分の道を行く
笑っている連中もやはり
それぞれの道を行くだろう
よく云うじゃないか
「最後に笑うものが
最もよく笑うものだ」と
でも私は
いつまでも笑わないだろう
いつまでも笑えないだろう
それでいいのだ
ただ許されるものなら
最後に
人知れずほほえみたいものだ
私が両国高校定時制で学びはじめる少し前、昭和35年ころに安保(日米安全保障条約)反対闘争が頂点に達していました。その様子は、連日、新聞などで大きく報道されていました。その国会周辺でおこなわれた安保反対のデモ行進の最中に、当時、学生であった樺美智子氏が残念にも命を落としてしまいました。この詩は樺氏の遺稿集「人知れず微笑まん」のなかに収められているものです。・・・・・・・・・・
昭和30年代から40年代にかけてですが、現在とは比較にならないほど貧しい時代でした。もちろん、携帯電話やパソコンもありません。人々は貧しさから抜けだそうと工場や商店などで懸命に働いていた時代でした。・・・・・・・・
その後何年か経って、私は大学に進み卒業しました。そして、職業を得て、ある書店でこの書に接しました。この詩は一度読んだら忘れられませんでした。この詩は何回も読みました。とくに、困ったなと思うときや、どうしたらよいか迷っているときなどにこの詩に接しました。 (2008.7.2)