現在の両国高校

次のページに

アルバム

両国高校定時制

都立両国高校定時制

トップに戻る

そのときは、生きるだけでも大変な時期だったと思いますが、学校は少しずつ整備されていきました。先生がたや生徒も学校に戻ってきました。先生がたは学校を再建するために大変な努力をつづけます。教室には再び灯火がともります。教室には生徒の姿が見られます。生徒たちの笑い声が聞かれます。再び、先生がたの厳しい授業が始まります。
 昭和23年には六・三・三制が実施され、東京都立第三新制高等学校第二部夜間課程と校名が改称されました。昭和24年には男女共学が始まります。4月に、はじめて7名の女子生徒が入学しました。また、はじめて修学旅行が実施され、一泊二日の京都旅行が実施されました。また、第一回目の運動会が行われました。初めての文化祭も行われました。
 この年に、湯川博士にノーベル賞を受賞されました。このことは、敗戦に打ちのめされた日本国民に明るい希望をもたらしました。
 昭和25年には校名が
「東京都立両国高等学校定時制課程」と改称されました。この年に、生徒会が誕生します。生徒会機関紙「桂友」も創刊されます。PTAも設立されます。給食も始まります。
 昭和28年3月には卒業生143名のうちはじめて8名の女子が含まれました。
この年からテレビ放送も始まりました。また、この年以降から卒業生も100名を超えるようになりました。
昭和29年には第30回目の卒業式が行われました。卒業生は135名でした。また、創立30周年記念式典が行われ、記念誌「30年の歩み」が発行されました。また、野外照明も増設されました。そのころから学校は、少しずつ現在の両国高校定時制の姿に近づいていきます。
 学校は開校以来、幾多の変遷を経て勤労学生の学び舎として充実期を迎えることになります。先生がたのたゆみない努力の上に現在の両国高校定時制は存在しています。
なお、このページでは先生がたとは教師、事務および給食などに従事された方々を指します。また、このページの記述は両国高校定時制80周年記念誌に基づきます。記述の中に事実と違っていること等がありましたらご教示いただきたく思います。 (2007.8.19)
 
メール