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両国高校定時制

都立両国高校定時制

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「教室にはどんなクラスメートがいたのか」
「教室には、いろいろな個性をもった人がいた。バレーボールなどで優れた運動神経の持ち主が
 いた。体育の授業のときなどはその生徒の独壇場だ。柔道が際立って強い生徒がいた。柔道部
 もけっこう盛んだった。バスケットボール部も盛んだった。卓球部も盛んだった。教室では、
 静かに教科書に向かう生徒が多かった。明るい感じの生徒が多かった。
 教室ではクラスメートに優しい心遣いを示す生徒もいた。ホームルーム会を主催することが上
 手な生徒もいた。英語や数学に秀でた生徒もいた。音楽が大変好きな生徒もいた。文学に秀で
 た生徒もいた。人の前で演説することが得意な生徒もいた。
 演劇部や生徒会で活躍した生徒もいた。家計を支えてがんばっている生徒も多かった。今から
 みると貧しい時代だった。どうして貧しいのだろう。その貧しさゆえに定時制で学ぶことへの
 問題意識をもった生徒もいた。
 一言で表すと一人ひとりが自分の道を自分なりに歩んでいたと思う。
 年齢の幅もあった。家庭をもっている人もいた。もちろん、中学校を卒業してすぐに入学した
 生徒が多数だったけれど」
「教室には何人くらい生徒がいたのか」
「クラスは、30数人くらいではなかったか。1学年に3クラスあったから全部でかなりの規模だっ
 たと思う」
「卒業したときはどう思ったか」
「やっと卒業できた。うれしかった。その反面、これからのことを思うと不安も広がった。
 先生がたやクラスメートとの別れがたい思いも込みあげてきた」
「先生はどんな先生だったのだろう」
「先生がたは個性豊かな先生が多かった。笑顔が爽やかな先生がいた。明るい声で生徒に話しか
 ける先生がいた。静かな笑顔が印象的な先生がいた。
 人間的な魅力を感じる先生が多かった。話しかけてみたいような先生が多かった。
 専門の教科に秀でた先生が多かった。
 先生の話に生徒はよくついていったと思う。先生への絶対的な信頼があった。
 後に、校長先生になった先生も多かった。定時制一筋の先生もいた」
「卒業生はどんな大学に進んだのか」
「そういうことはこのページでは書かない」
「それはどうしてか」
「大学の進学先によって高校を評価する考えには抵抗を感じる。あまり意味がない。
 進学先で高校や生徒をはかれない。学校の校名で人をはかれない。
 それよりか、地に足を踏まえ道をどう歩むかの方が大切だと思う」
「今から、何年前に学んだのか」
「およそ、40年前に学んだ」
「その頃のことを、まだ覚えているか」
「記憶が薄れてしまった。思い出せないことが多い」
 (2007.9.9)