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両国高校定時制

都立両国高校定時制

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「話を戻そう。そのほかにどんなことがあったか」
「昭和37年にキューバ危機があった。当時はアメリカとソ連邦(ソ連邦は崩壊した。今はロシ
 ア)が東西に分かれ激しく対立していた。アメリカの大統領はケネディ、ソ連邦の首相はフ
 ルッショフだった。ソ連邦はアメリカに対抗するために、キューバに核ミサイル基地の建設
 を始めた。アメリカとしては絶対に容認できなかった。
 そこで、アメリカはソ連の意図を打ち砕くためにソ連邦の輸送船団をキューバ近海で封鎖し
 ようとした。もし、軍事衝突が起きたら核戦争になりかねない。世界中の人々が固唾を飲ん
 でその成り行きを見守った。それがキューバ危機といわれる。
 幸いにしてソ連の輸送船団はアメリカの艦隊を前にして反転し引き返した。
 これで、人々は核戦争の恐怖から逃れることができた。
 国連の舞台では両国の激烈な議論が行われた。同時に、舞台裏でも世界の運命がかかった外
 交交渉が行われていた。でも、舞台裏のことは私たちには分からなかった。
 このキューバ危機は舞台裏の外交交渉も含めて後に映画化された」

「キューバ危機が平和のうちに解決された」
「双方とも面子にとらわれず賢い選択をした。こういう心配は二度としたくない。
 なお、その後のことだが、ソ連邦は解体されてしまい、今はロシアとなっている。
 これは大きなニューだった。
 ソ連邦では共産主義独裁の政治がおこなわれていた。言論の自由などはなかった。
 その後、このアメリカと覇を競っていたこの共産主義ソ連邦が国民の意思によって崩れ去っ
 た。
 国民は共産主義独裁政治を否定した。
 国民は共産主義にノーと言った。
 国民は民主主義と市場経済を選んだ。
 その結果、ソ連邦に従属していた多くの国々も独立した。
 また、そこで民族や宗教がからみ紛争が起きるのだが。・・・」
「ほかに話題はあるか」
「昭和39年に東京オリンピックが開催された。オリンピックが東京で開かれることは画期的な
 ことだった。オリンピックは日本のスポーツ界に大きな活気をもたらした。国中がオリンピ
 ック
に酔いしれたと思う。オリンピックの結果は覚えていないが、女子バレーボールは東洋
 の魔女と呼ばれていた。たしか金メタルを獲得したはずだ。
 このころから日本の経済力は着実に成長していったと思う。

 もうひとつの明るい話題として、朝振一郎博士にノーベル物理学賞が授与された。
 このことは日本の科学技術が進歩している証になった」
 (2007・10.3)