両国高校定時制
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授業で学んだ国語
忘れ得ぬ人々 国木田 独歩
多摩川の二子の渡しを渡って少しばかり行くと、溝口という宿場がある。その中ほどに、亀屋という旅人宿がある。ちょうど三月の初めのころであった。この日は、大空かき曇り、北風強く吹いて、さなきだに寂しいこの町が、一段ともの寂しい陰鬱な、寒そうな光景を呈していた。きのう降った雪がまだ残っていて、高低定まらぬ藁屋根の南の軒先からは、雨だれが風に吹かれて舞うて落ちている。わらじの足跡にたまった泥水にすら、寒そうなさざなみが立っている。日が暮れるとまもなく、たいがいの店は戸をしめてしまった。暗い一筋町がひっそりとしてしまった。旅人宿だけに、亀屋の店の障子には燈火が明るくさしていたが、今宵は客もあまりないとみえて、内もひっそりとして、おりおりがんくびの太そうなきせるで火鉢の縁をたたく音がするばかりである。
だしぬけに障子をあけて、ひとりの男がのっそりはいってきた。長火鉢に寄りかかって、胸算用に余念もなかった主人が驚いてこちらを向く暇もなく、広い土間を三足ばかりに大股に歩いて、主人の鼻先につっ立った男は、年ごろ三十にはまだ二つ三つ足らざるべく、洋服・脚絆・わらじのなりで、鳥打帽をかぶり、右の手にこうもりがさを携え、左に小さなカバンを持ってそれをわきに抱いていた。
「一晩厄介になりたい。」
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これは教科書に掲載されている小説の一節です。読み始めると、興味が涌いてきてその続きはどうなるのだろうと思いました。いつか続きを読んでみたいと思っていました。・・・・・・・
最近になってこの小説を読みました。
国木田独歩は小説家でありかつ詩人です。読み始めると途中でやめるのが惜しくなってしまいました。読んでみると小説にでてくる人たちのやり取りなどがいつまでも記憶に残ってしまうようでした。それは小説の題名のように心に残るもののように感じました。
国木田独歩の作品はこのほかに「武蔵野」があります。
この小説の舞台になっている溝口宿の亀屋という旅館は実在したもので、小説にとりあげられたことを機に記念碑が設けられました。現在、その旅館は廃業してしまっていて記念碑は他の場所に移されてしまったということです。 (2009.5.10)