「ただの人」の人生
関川夏央著
文藝春秋
1993年6月
「文學界」などに書かれたものなど、20ほどの作品が三部に分けられている。
過去の人たち、死んだ人たちは、口臭や体臭をもたず、文句も言わない。時間軸としての旅として、そうした人たちの人生をたどる。
題名になった「ただの人」は、朝鮮日報の記者だった人物。日本で拉致された金大中事件のとき、検閲された社説をすり替えて、政府に事実を発表せよ、と書いてソウル中が湧いた。
こうした「ただの人」でない人たちの、ただの部分に焦点を合わせたという。啄木の病弱で貧しい家族の情景、文豪漱石の家庭事情、借金生活や、当時の給料や原稿一枚の価値とかを、くわしく書く。
食べるだけでも大変な時代が、作家の生活からも透けて見える。当時の作家たちは一応に無計画、自由奔放、刹那主義の生き方が顕著だった。
同時に初夏の水田など、自然豊かな日本の風景とともに、良き時代としてよみがえる。ある映画評論家の壮絶な生涯、プロの将棋世界のきびしさも書いている。
昭和30年代当時の相撲の記憶はなつかしい。吉葉山は横綱だったが、あまり強くなかった。しかし確かに美男子だった。力士の名前を聞くだけで、懐かしさが込みあげる。
国家全体が生命体。マスゲーム、個人は全体の一つの細胞に過ぎない。そこにはストレスなどない。北が狂った天国、日本は退屈な地獄と分析する。
最後には、第一次大戦のドイツ兵の捕虜、四国の板東の収容所について書いている。大正5年から数年間、4000人ほど、ほとんど21、2歳の若者。彼らは農業、畜産などにたずさわった。ユーハイム、バウムクーヘンのケーキ作りもした。
書籍の発行、音楽活動等々、収容所特需景気にわいたという。ドイツ人気質、所長の人柄にもふれている。当時スペイン風邪が流行、彼らの帰国13年後ナチス政権が誕生した。('06,10,10)
人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。
使徒の働き4章13節