第8日目、10月12日(火)
信号の手前で、止まっている車のミラーに、自転車の後ろのマットが接触。
あっ、ごめん、ごめんと何度も頭を下げる。大したことはないと思ったが、車のほうはそうでもないらしい。
若い女の子が車から出てきて、丹念に調べだす。
理屈が先に出て、納得がいかないと絶対に引き下がらない、典型的な女の子。これは天草の人に似つかない。
あまりにしつこいので、あんたが道路に寄りすぎだと、言ってやった。
こんなことがあると気分が落ち込んでしまう。どうも先行きがよくない。
きつい上り、そして下りと喜んだら、また上り。
コンビニで389の道を聞いたら、5分ほどという。ところが分岐点などどこにもない。見過ごしたのだろうか。
車で5分かと思い直して進む。行けども行けども左に行く道が出て来ない。とうとう本渡市街。迷子状態、分けがわからなくなった。
螺旋状の瀬戸大橋を自転車を押しながら苦労して渡る。ところがこちらは上島。全く方向がわからない。
おばさんに違っていると言われて、また引き返す。大橋の上からの眺めはみごとだったが、鑑賞している余裕はない。
今度は自転車の男の人に聞く。左に324号。やり直しだ。遠回りしてしまったので、疲れがますます加わる。
町並みを通り抜けると、やっと海が見えてきた。
きょうはあろうことか、島の海岸線を走るつもりが、とうとう山の中を延々走ってしまった。
やっとフェリー乗り場。ここでもまた、今しがた出たあと。
長崎に行くつもりで切符を買って気がつく。なんと島原行き。長崎はもう一つ先のフェリーなのだ。
払い戻しをしようとしたら、向こうは高速艇で自転車はだめですよ、と言われる。
信じがたいが、そうだったら遠回りは、無駄にならない。それに今からもう走る気力もない。
天草に来ながら、キリシタンの痕跡を一つも見ていない。西の海岸を走れていたらと、悔やまれる。
パンと牛乳を隣の売店で買い昼食。
車が数台待っていて、のんびりしている。ちょうど長島のフェリー乗り場もこんな感じだった。
切符売り場の人が向こうでは男性だったが、こちらは女性。回りは小さな店があるだけ何もない。海の水が澄んでいて魚釣りができそう。
12時30分乗船。あたたかい缶コーヒが、実においしい。ここでもすぐ対岸が見えている。
ゆっくりと体が休まるが、この船はエンジンの音が極端に高い。旅の気分が完全にそがれる。
左に251号の道をとって走り出す。海岸線が続く。海を十分に見て走ったのは、日南の海岸とここぐらい。
落石除けのロックシェッドがいくつも続く。まだ早いが晩の弁当を調達。少し海岸線を離れる。
小浜。温泉街のようだ。歩道が石だたみのようになっていて、観光地の雰囲気がある。
少し行くと、町営の銭湯があった。2日前にも風呂に入っているので迷ったが、引き返して入ることに。
リックだけ持って、鍵つきの脱衣箱もある。入浴料は150円。地元の人は50円だ。
何の設備もない、石けんもない。よくある四角の浴槽だけ。
ただ硫黄の臭いが強く、牛乳の色がしていて、温泉という雰囲気はある。
ひとりだけお年寄りが入っていた。傷のある方の足を上げて、しばしくつろぐ。湯上がりは気持ちがいい。肌がすべすべしている。
弁当も用意していることだし、あとは寝ぐらを捜すだけ。山側を注意して走るが、高い山は見えず、雲仙岳は東の向こう側になるのだろうか。
16時30分、道路をはずれて、横の細い道を少し上る。左に格好の草むらがある。いい場所がすぐ見つかり、幸運をおぼえる。
ところがけっこう車が通る。どうやら村の入口になっているみたい。
車からちらっと見られることもあるが、気にすることもない。暗くなればここだけの世界だ。
弁当は手づくりで作っている、小さなスーパーで買った。
みかんとで670円。おかずはアジのほか南京、にんじん、小芋など、野菜がたっぷり入っている。
ご飯は炊飯器から、パックにいっぱい入れてくれた。料金をレジで確かめたが、間違いないという。久しぶり家庭の料理を味わう。
きょうはずいぶん遠回りをして、長崎まで行けなかった。
予定では直接フェリーで長崎に着き、さらにその先に行っていたはずだった。
徒労と疲れですぐ寝ついたが、夜中に目が覚める。
がさがさと何かが近づいてくる。気味が悪い。きつねかタヌキだろうか。
とても確かめる勇気もない。起き上がってしばらく、耳をそばだてて身構える。
少したってから、ばさっという音がした。自転車でも倒れたのかと、外をのぞいて見た。
きっと何かに驚いて逃げたのだ。あとはもう静かになった。走行距離、84q。