大津〜名古屋


2日目、7月6日(火)晴れ、曇り


夜中もずっと目が覚めていた感じがあって、外が明るくなってベットに未練はない。

歯を磨いて洗顔したあと、シーツをまとめ、こっそりと裏の扉を開けて外に出る。

まだ薄暗いが、ホステルの建物を背後に自転車といっしょに写真を撮っておく。

5時30分出発。車も人通りも全くない。

琵琶湖大橋を通りたかったが、道に迷って、結局もたもたしながら南に下がり、なんとか1号線に出る。

小さい富士山型の山を左に見ながら、いつまでたっても同じ。琵琶湖の周辺を走っている感じがする。

かなりの間、道路標識に琵琶湖までとか、彦根とかというのがあって、逆に西に向かって走っているような錯覚を覚える。

ラジオがどうしてかほとんど入らない。

石部、水口、四日市まで、あと56q。地図で何度も見ていた地名が続く。

旧道の東海道の道があるはずだと思いながら、車の排気ガスを吸い、ひたすら東へ東へ走る。

周囲が山だったり、畑が続いたり、田舎の風景が続く。亀山、土山。

茶畑が丸く剪定されてきれいだ。東京まで436q。

どの地点にも、主要都市までの距離の標識がある。40qぐらいが半日の目安になる。またたくさんの川を渡る。

野洲川があった。いろいろメモをしておきたいが、そのために止まらなければならない。ボイスレコーダーがあれがいいのにと思う。

このあたりはよく整備されていて、コンクリートの道路をひたすらに走る。

鈴鹿トンネル276m。なだらかな上りだったので、鈴鹿峠はどこだったのかという感じ。

トンネルを抜けて、下りの快適さは抜群。長い距離の下りに、峠の存在を実感する。

鈴鹿峠と鈴鹿市との位置は大違い。鈴鹿サーキットも、きっと山の上の方にあるのだろうと思っていたが、どうも鈴鹿の市外から海の方にあるようだ。

平坦な道を走り出すと、足も腕もお尻も痛い。昼食。にぎり二つにお茶。

くもり空にもかかわらず、真っ赤に日焼けしている。

腕はもちろん、短パンの足のふくらはぎに目立つ。耳たぶの皮が、セミの抜け殻のようにはがれるのには驚き。

四日市は工業地、活気がある。コンビナートからの煙が目立つ。

コンビニでは、事務員とか作業着姿の人がにぎわって、弁当などを買っている。以前の工業都市、尼崎市とダブる。

桑名市内。ここまできたら何となく安心する。

長良川を渡る。大きな川で、淀川を二つ合わせたよう。中央に陸ができていて車も走っている。

近くに長島温泉もある。海方向のもう一つの橋には、キノコ型のドームのようなものがいくつも見える。

木曽川。自動車のバックナンバーが三重から、名古屋に変わっていく。

金魚や鯉の養殖のため池をたくさん見かける。缶ジュースを買ったついでに、金魚を鑑賞する。

缶ジュースなどはいっきに飲めないので、ポットに入れて2、3時間かけて飲む。

いろいろの種類がある。コカコーラののどにしみるような味も良いが、やはりお茶が一番。

名古屋市内に入る。やっと来た、とホッとするのはまだ早い。ユースホステルまでこれからがまだ長い。

自転車屋さんで、バックミラーをつけてもらう。ついでに、地図も見せてもらい詳しく道を教えてもらうが、簡単ではない。

陸橋に出たが、自転車、歩行者は通行止めで先に進めない。コカコーラの販売員の人、ガソリンスタンド、いろんな人に道を尋ねる。

名古屋は広くてややこしい。千種区をちだねくと言ったりして、失笑を買う。

18時、名古屋ユースホステルに着く。もう日が陰っている。動物園の隣。石段を自転車を押して上がる。

朝から12時間走り続けたのだから、無理もない。疲労困ぱい、途中で何度も息が切れる。

玄関先の水道で、顔と足を洗ってやっと自分を取り戻す。

受け付けをすますと、早速明日のことが気にかかる。

名古屋に入ってから、ここまで2時間もかかっている。とにかく国道1号線に出る道を確かめておきたい。

受付で尋ねると、地図を持ってきて親切に教えてくれ、地図のコピーまでとってくれた。これで明日の心配がなくなった。

出産近い大きなお腹をした事務の女性は、受け付けの横で夕食をとっている。それもお客が食べる食事と同じもの。

「お張り名古屋は妻でもつ」は、本当だった。

夕食はエビフライ。部屋は二人の相部屋。下着を着替え、シャワーを浴びて床につく。万歩計は45,350をカウントしている。

9時30分、就寝。ところが、昨日もほとんど眠れていないのに、夜中に一睡もできない。

のどが渇くし、心臓の鼓動も激しい。胸も痛い。不安な気持ちが膨らむ。

なんと無謀な計画を立てたものだと、悶々として朝を待つ。