大阪城につくと普通の客間に通されて、普通の食事を与えられ、普通に眠った。
外出は禁じられたがそれ以外に不自由はなかった。
ただ一度だけ、北政所、ねねがやってきて何事か言われる前に抱きしめられた。
ねねは此度の人質交換には反対したという。子供が作れないならば好都合、人質として出して結ばせようとはあまりに人の道に外れると。
ねねと秀吉の間にも実子はなかった。
なにか望みは無いかと聞かれて、上杉に預ける彼女の兵が無事に北へいけるように頼んだ。

輿入れはまことに厳かに行われた。
真夜中に、
闇に隠されるように、である。

夜の籠に明かりなどあるはずもなく、暗がりに覆い尽くされぬように言葉を探す。
”あの夜は”
目を閉じて、
”あの夜は”
そう、指を組み合わせていた

”徳川のお方が”とわたくしが切り出して
うん、と三成様が顔を伏せたまま応えた。
三成様のお声と似ているといい
三成様の背丈と同じだといい
三成様と暖かさが同じだといい
三成様だといい

さびしい、そう言ってくれたのはまるで息のようにか細い三成様の声であった。
かあいらしい方

























「おまえは卑しい忍の里の末裔だそうだな」

秀忠はにそう言った。初めての閨でのことである。

「え」
「聞いておるぞ、うぬの里は伊賀と雑賀とともに焼かれたのであろう」
覆いかぶさられた上から声が聞こえる。
婿殿との対面はそこからはじまったのである。
「お待ちを、秀忠様」
唇を吸われた。
息だけで告げる。組み敷かれた下から這い出そうとすると掻き抱かれた。
背筋がぞっとする。
痛い
男は慌てている。
焦っている。
なにを
なぜ
「いやじゃ」
「大声を出すな」
秀忠が妻、小督の方は恐妻としてしられている。
「愛いの、よいぞ。もっと抗ってみよ」

これは女が抵抗してそれをやり込めることにも官能があるらしい。
日ごろの不満の捌け口だか理由は知らないが、ならば抵抗もせずに横たわって、秀忠を飽きさせればよかろう。
これを嵐と思ってやりすごそう。
はだんまりを決め込んだ。
この男を盛り上げてやるような女々しい真似はせぬ。
男が懐から何か取り出して、それが何かを見極める前に男の腕がさっと横切った。の二の腕を短刀が掠める。

「なんと美しい」

血がぷつりぷつりと溢れる。

「白い肌には赤がよう似合う」

哂っている。
唇が頬を裂くようにんまりと笑っている。
は男の股の間から逃れた。

「なに、怯えるな。深くはしない」

声が後ろから迫った。
暗がりだ
暗がりだ
これは狂っている。
戸を引けども、閉ざされびくともしない。
振り返ればぬらりと炎を反射した刀身と両の目。
戸を背に吐き捨てる。

「下衆めっ」

「後ろ盾もない人質が、まともに扱われようと思うてか」













秀忠が眠りについたあとも、はただそこに繋がれていた。
体中に傷を刻まれた。痛い、痛い。まだうずく傷もいくつもある。血のあとがそこかしこにあるこの布団でどうしてこの男は眠るのか。眠れるのか。侍従たちはこの男のこの性癖を知っているのか。
には新しい着物が明け方前に渡された。
知っている。
侍従の者どもは血で濡れていることを知っている。
「爪で自分の肌を傷つけたと言え。わかったな」
そう凄んだ。は着物を羽織ると寝所を飛び出した。
明け方の廊下を走る。

水を水を。

はやくこの身体をあらいたい。
早朝に湯殿が使えるはずもなく、は井戸の水をくみ上げて着物を脱ぎ捨てて頭からかぶった。
水は冷たい。
冷たい。
二月の水である。
触られたところを強く擦ると血が溢れた。
首から上には手を出さぬとは卑しい考えを持っている。
さえだまって隠していれば誰にも知れないようにしたのか。

水を
水を
想う声を
想う手を
思い出して














それから三度召され、三度とも似たような仕打ちを受けた。
それはもはや性交ではなく、攻撃である。
正室である小督の方の目に触れぬよう、は城の中でも高い土塀に囲まれた南の方に置かれた。



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