風魔小太郎は頭に花をつけて戻った。
小太郎はわざと花の道をとおって花をくっつけて帰ってきた。入り口で花を振り落として、に差し上げているのだ。
ふてくされたふうに。
やがてその様子をが笑うので面倒になって、外へ連れ出すことにした。
秋の花々の楚々と咲く外へ
紅葉の小田原の庭へ

外の光が随分まぶしいのかは目を細めた。
おおかみとこかみは枝の先にとまる赤とんぼをじ、と見ていた。
「城主の庭だ」
「はじめて見る花がたくさんあります」
「うぬはどこの地にいたのだ」
「西のほう」
は縁側に近かった花に手を伸ばしたりしている。
「西のほうとどちらが美しいか」
「甲乙などつけられないことです」
「その答え方は許さぬ」
「言うなれば、そう、色々の花が入り乱れている”混沌”です。混沌に甲乙はないのでしょう」
「ふむ、混沌か」
「そう」
「混沌か」
小太郎はあごを撫でて景色を見直した。混沌の景色ともなれば気に入ったらしい。
おおかみとこかみは赤とんぼに飽きて、庭で寝た。
「小太郎、あの赤い葉を近くで見てきてもよいかしら」
の靴を用意していなかった小太郎は、自ら庭に歩み出た。縁側に取り残されたはあの強面の凶悪な、混沌ならば花園さえ愛せるかわいい忍が一房手折ってくれるものと思い、梁に体を預けながら待っていた。
「これか」
と小太郎は木の前で一度振り返った。
「そう」とがうなずくと、木を仰ぎ見て
幹を
手折った。
枝を、ではない。
そのあと小太郎は散々に説教され、不服な顔で反抗した。
「うぬが見たいといった」
「かわいいことをいっても意味もなく幹を折るなどよくないことです」
「かわいいことなど言っておらぬ」
「いいえ、小太郎はかわいいことを言いました」
「言っておらぬ」
「言いました」
「言っておらぬ!」
寝るおおかみとこかみの鼻の頭に赤とんぼがとまった。
身体に刻まれた傷は小田原の日々のうちにすっかり癒えた。
強いられることもなく、痛みのない穏やかな日々。

この年の十二月、豊臣秀吉から北条氏に五箇条の宣戦布告状が突き付けられた。























冬になって時折咳き込む
小太郎は相変わらず連れ出しては、霜を踏ませたり、池に氷が張ったのを見せたり。
小太郎が城をあけることも多くなった。北条は怯えている。もはや天下人の地位を揺るがないものにした豊臣から不興をかった今、すがるものは堅城と名高い小田原の城のみ。

小田原の冬、雪が降った。

拠り所としていた徳川さえ豊臣の軍議のために駿府を発ったとの凶報は、まず風魔小太郎によってもたらされた。
を雪の庭へ連れ出し、彼女は珍しく縁側をおりて庭へでた。
しゃがみこんでなにか作りよる。
見下ろしてみると、いくらかの雪だるま。
「それはなんだ」
「ゆきだるま、小田原に雪は珍しいのですか」
「冬はよく降る」
「わたくしが前にいたところでも降りました」
「徳川か」
「もう少し前」
「どこだ」
「西」
「ふん、西ではわからぬ」
は軽く笑ってそれ以上の問答をやめた。ゆきだるまを作るのに専念する。
ていねいに、ことさら丁寧に
手など真っ赤になって、鼻も赤くして、唇は青く、ふるえているのに手をとめない。
丁寧に丁寧に、手のひらが雪だるまを丸める。
指はかじかんでひきつった形をしている。
丸く
丸く
さも、大切そうに
小太郎はその雪だるまをひとつ取り上げ・・・

がぶと頭から喰った。

は目を丸くしてそれを見つめて
小太郎の目とあう
は一拍おくれて頬を緩ませたので、笑うかと思えば
ばらばらと泣いた。
一瞬前まで笑い顔になりそうだったのが今やぎゅっと頬や眉間がこわばって手のひらが顔を覆った。
驚いて、放心さえしている小太郎の口からばら、と雪だるまのなれのはてが零れ落ちる。
まさか泣くなど、まさか。
これくらいで
小太郎はただ、あまりに大切そうに白い手がゆきだるまを触るのでがぶりと食いついただけだ。
小太郎は口を閉じるのもわすれていた。
涙は雪面をわずかに溶かすほど熱いものだったから。



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