「兼続、おまえにひとーつ頼みがあんだが」
「なんだ。不気味だな」

真田幸村も招いた夕餉の席で直江兼続はいやな顔をした。同盟、決裂、同盟。幾度かそれを繰り返すうち個人的な交友を深めたのがこの二人である。
幸村も何事かと身を乗り出す。
慶次が二人に手を合わせている。

殿を紹介してくれ」

兼続は椎茸の煮物をぽろっと箸からおとした。
次いで箸をおき
額をおさえて
嘆かわしく首を横に振った。

「・・・慶次、慶次。よしてくれ。友の許婚に浮気の仲介をするやつがあるか」
「別にそういうつもりじゃねえさ。ただなあ、ありゃあ眼福物だろ、戦ばっかりでよごれちまったお目目にたまには美しいものをうつさねえとと思うわけだ」
「それこそ見世物になどできるか」
「そこをなんとか」
「断る!」

兼続は椎茸を口に放り込んで、唇を引き結んだ。もう問答はしない、と態度で現している。

「幸村、おまえからも兼続になんとか言ってやってくれ」

慶次が話を振ると、幸村は弱ったふうに笑った。

「ではみんなで殿を見舞う、というのはいかがでしょう」
「幸村まで!・・・いや、見舞いか。そういえばしばらくご挨拶に伺っていないが」
「最後にお会いしたのは二年前でしたか」
「うん、そんな前になるか。十代の二年といえば随分お変わりになられたのだろうな」

兼続も想像しながら椎茸をもう一つ口に運んだ。

「じゃあ決まりだ!善は急げ!兼続」

どん、と背中を叩かれて兼続は椎茸を喉につまらせた。






***



殿に?」

三成は眉のはしをぴくりとあげた。
強引に代表に選出された兼続が弁明を試みる。

「ああ、その最近ずいぶんお会いしていないからな。慶次もちょうどここの屋敷に厄介になっていることだし、ついでに紹介でもしようかと。ハハハ」

乾いた笑い声になってしまった。
油の上の炎が、本を読んでいた三成の頬に影をつくった。彼の顔は文字の羅列を向いているが、視線が動かない。思案しているようだ。兼続は沈黙の間をひたすら緊張の面持ちで耐えていた。冷や汗をかいている。
なぜ前田慶次を紹介しなければならないのか、そう聞かれたらもはや言い逃れできない。
しかし背水の陣は予想に反してあっさりと成功してしまった。

「かまわん。明日の昼でよいな」
「いいのか?」
「なにがだ」
「いや、なんでもない。三成、どこへ行く」
「伝えてくる」

「ついでだ、兼続も幸村もしばらくここに滞在するといい」と言い置いて、彼はおもむろに立ち上がり、部屋を出て行った。

「ずいぶんツンケンした御仁だねえ」

隣の部屋で聞き耳をたてていた真田幸村と前田慶次が出てきた。

「ですが了解をもらえてよかったではありませんか」
「断られると思っていたのだが、どうも変だな」

兼続は腕を組んで首を傾げる。

「痴話げんか中か?」
「それはないだろう」と兼続は即答した。

苦笑いだ。

「ケンカできるほど殿と三成は親しくないのだ」



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