夜の廊下は冴えている。
冬だ。
離れへ続く渡り廊下まで行くとひとけのないぶん、余計に寒い。
離れの障子にぽうと明るみがある。
中の娘はまだ起きている。
「鴎外殿、私です」
「・・・みつなりさまっ」
中でどしんばたんと音がして「少々お待ちを」と声が返った。
「寒いのですが、入ってもよろしいか」
「ああ申し訳ありませんっ、どうぞ」
あまり慌てるから中になにかあるのかと思えば、部屋にはひとりだった。
誰かが入った様子もないし散らかってもいない。すでに床が延べられている。
鴎外の手には櫛が握られていた。小物入れが開きっぱなしになっているのを見るに慌てて髪を整えようとしたらしかった。
「失礼いたします」
三成はぴたりと障子を閉じる。
羽織はかけていたものの、布団からでているのが寒そうでならなかったのでせめて足だけでも布団にいれさせた。
「明日、私の友人が見舞いに参りたいと申しております。よろしいか」
「ご友人、わたくしにですか」
「兼続と幸村、それに前田慶次殿です。昼ごろに参ります」
「まあ、なんと嬉しいことでしょうか。お客様なんてどれくらいぶりかしら」
頬を上気させる。
今は亡い国の姫のもとを訪ねるものなどそうは無い。加減はよさそうだ。
「それからもうひとつ」
「はい」
まだうれしさの余韻がのこった声に対して、三成の声に変化はなかった。
「立春までに初潮がこなければ婚約は破棄するとの達しがありました」
一瞬、鴎外の顔が笑ったまま凍ったのがわかった。
それからどう表情をつくっていいのかわからないらしく、視線ばかり下にさげていく。
「・・・そう、ですか」
「ええ」
「わかりました」
それはなるべくしてなった決定だ。疑問の余地はない。そしてまた予想していたことだったのだろう、鴎外はすぐに持ち直した。少なくとも表情だけは。
「明日は」
三成はなぜか言う予定ではなかったことを言う。
「兼続の友人の前田慶次殿もおいでです。今から縁を深めておくとあとあとよろしいでしょう」
口が滑った。すべりでた言葉はもう元には戻らない。
鴎外はカッと顔を赤くした。決して照れているのではないことはわかる。
「失礼」
女の唇がなにか言う前に三成は離れをあとにした。
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