には理由がわからなかった。
いま三成が彼の寝室に自分を連れてきたことも、
布団の上に横たえられたことも、
三成も同じ布団の上にとどまったことも
髪飾りをひとつひとつとられていくことも。
櫛をとられの髪はすとんとまっすぐに布団に散らばった。
酔いなど一気に醒めた。
手が髪から頬に下りてきてはびくりと震えた。
少し揉み合いになった。の羽織をはぎとろうとする三成にが抵抗したのである。
手を押さえつけられて上掛けまで解かれた。

「放してください」
「断る」
「お戯れを」
「五年経った」

はひるむ。

「ひとつき」

三成の声は地を這う。

「あとひとつきでこの腰が子をなせるようになると思うのですかっ」

常は沈着な三成が明らかに取り乱していた。ぜぃと息をする。
体を起こそうとしたは三成の片手で布団に押しもどされた。
腹部に三成の手が触れる。
臍のあたりをぎゅっと手の腹で押される。爪でも立てられるのかという恐怖がある。

「俺を憎め」

何もしてやれず、終わる日をただ迎える俺を憎め

三成の爪はの腹に突き立つことはなく、手のひらがそっと置かれただけだった。

「憎んでくれ・・・」

声が痛い。
痛い。
ちくりと針の先で指をさすようだ。
三成の頭はぐっと下がった。歯を食いしばっている。全身ひどく強張っているのに手のひらは、の腹に触れる手のひらはあたたかに優しい。




の腕は、石田三成の頭を自らの胸にゆっくりとおしあてた。
突然のやらわかな衝撃に三成は驚く。
胸はあたたかく鼓動している。
いいにおいがした。

「五年間も待ってくださった」

声はやわらかい。心地いい。

「三成様は五年も待ってくださったのに、何一つお返しできないこの身が憎うございました」
「豊臣はあなたの里を焼いた織田の筆頭、おわすれではありますまいに」
「三成さまは信長ではありません。離れと庭をくださったのが三成さまです、苦いお薬と」

あの離れの一室は、三成の許婚のために三成が命じて作らせた。
離れから見える庭は、城の中で一番よく手入れされた庭だった。三成が命じて整えさせた。
許婚が飲む薬は、諸国から集めた妙薬である。三成が集めた。
を正室にすえるため三成は他に妻をとらなかった。

「今はただ、五年もの間三成様のお傍に在れたことを幸福と思うばかりです」

憎まれればどれほど心が楽だったか知れない。だがどんな仕打ちをしてもこの娘は三成を憎まなかった。ついには別の男をあてがって、一度は憎まれたろうと思った。
の伝言「いまはお会いできない」そう聞いたのである。憎まれて心は楽になるはずだった。こんなに苦しいものだとは思いもよらなかった。愕然とした。

「お心を知ることができてよかった。お別れをする前に」

は壊れている。
これほど人を憎まずにいられるものか。
人として壊れているのだ。
憎まないのも、恨まないのも、異常なことなのだ。
これは、世にもうつくしい壊れ方をした、人。


の身体を起こして、正面にすえた。顔をわずかにかたむけて、目を閉じて静かに短く接吻をした。
やわらかく、つややかな唇に今度は深く口付けた。
別れは近く、そして惜しい。












くちづけはただくちづけで終わった。三成の身体は本音を言えばを抱きたかった。
しかし病み上がりの身体はひどく弱っていて、無体を強いるに忍びない。
案の定接吻のあとに具合を悪くしてぱたりと倒れてしまった。そういえば酔っ払っていたのだと思い出す。
着物を直してやってそのまま布団に寝かせた。

「左近を呼んでくるか」
「少し休めば治ります」
「そうか」

は三成の袖を掴むと糸が切れたように眠ってしまった。三成は慌てたが、本当はの左近への振る舞いがうらやましかった。様子を報告せよと大谷吉継や島左近に頼むたび、三成ととの距離はまったく近づかないかわりに二人ととの距離が親密になっていった。
誰もいないのを気配で確認して三成はの唇、ではなく耳の横に接吻した。
なんとなく罪悪感。
やがて宴会場にもどってくると兼続と幸村はすっかりつぶれていた。左近だけはまだ手酌で酒をあおっている。左近はにやりと人の悪い笑みをして「おかえりなさいませ」と言った。

「うむ」

少しは進展があったのだろうと左近は邪推している。

様のお加減は」
「いま眠ったところだ」

眠るまでそばにいられるだけの気遣いがあったのだからそれこそ進展だろう。
だが今さらである。いまさら抱こうと愛そうと、立春で仕舞う。
あとひと月。



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