立春まであと七日、
冬の庭にをつれて出た。縁側まで来るとは目を細めた。雪がまぶしい。厚手の羽織の前をしっかり留めて、彼女の下駄を飛び石の上に下ろす。先に自分がもうひとつの飛び石の上に降りてから誰の足跡もついていない雪にをおろしてやる。
さく、と音をたてて雪を踏む。
私を見上げてやわらかい、と微笑んだ。






の過去を私はほとんど知らない。
以下は人づてに聞いた話。本人に聞いたことではない。
忍の里の主家
八年前に織田軍に滅ぼされた
五年前突然豊臣家の養女となった
織田軍に捕らえられてから豊臣の養女になるまでの間に、二年半の空白がある。
彼女の体の弱い原因が、その空白の二年半の極度の衰弱にあるらしい。

が十二歳になったころの事である。殿の、秀吉様の言いつけにより自分の許婚となった。
顔合わせをした朝の風景を覚えている。寝巻きに羽織をかけただけの簡素すぎる格好で侍女に支えながら対面した。熱があるらしく、むこうはぼうっとしていた。こちらもぼうっとした。
初めて人間に見とれた。
景色に見とれたことならある。美しい山々と川と空を見て美しいと感じるのと同じ感覚を一人の人間にあたえられたのである。しかも熱を出してぼうっとしている子供にだ。
ただ美しいものもあるものだ、と客観的に思ったのに過ぎない。
まだ恋愛感情ではなかったはずだ。山、川、、空は自分の中で同列だった。
美しい山々とくちづけし、川と抱き合いたいとは誰も思うまい。だから恋愛感情ではない。

「石田三成と申します」
、と申し$:@p」

呂律がまわっていなくて語尾が聞き取れなかった。

「吐きそうなんですか」
「吐きません」
「なんで普通に泣きそうなんですか」
「吐きそうで」

馬鹿みたいなこれだけの会話で対面は終わった。
城に一緒に住むらしいから、殿から預かったばかりの佐和山城に急いで離れを作らせた。
庭を整え、薬を探した。


元旦の夕刻過ぎ、に接吻した。
私から乞うた。
婚約が解かれるのが惜しくて味見をしておこうとおもったのだろうか。
少なくとも今は山、川、、空というふうに同列には並び得ないことだけわかる。

女に欲情したことがないわけではない。
十代のころなどは美しい女を見るたびに秀吉様のようなことを考えた。抱いて欲しいと
やってくる侍女を抱いたこともある。恋人はいない。私には殿の決めた許婚がいるのだから
他に恋人など作ってよい道理がない。

離れが賊に襲われて、勇敢に鏑矢を放った夜。
白い雪の上に白いが黒い影に取り囲まれていたのを見た、あの時の戦慄を二度と言葉に
できない。全身の毛穴ががばと開いたように思われた。刀がの倒れたすこし向こうに突き
刺さったとき、の身体に、細い首に刀が突き刺さっているように見えた。あの時の慟哭を思
い出すだけで震えが来る。
無事を確かめて抱きしめたあの瞬間の、すがりついたあの手の感覚がひどく鮮明なのだ。痛い
ほどだった。 












は雪をすくいあげて丸くする。きゅきゅ、と音がする。
それを雪の上にいくつも並べる。あっというまに手乗りの雪だるまが群れた。
縁側のそばにたってそれを見ていた私をが呼んだ。手招きされて近くによると石の上、
大小さまざまの雪だるまが並んでいる。

は彼女の臣下の名を一人ずつ言いながら、雪だるまをそれぞれ指差した。
それから、と三つ並んだ雪だるまを示す。


「これが左近」
三つ並んだうちの真ん中の大きくて背の高いゆきだるまをさした。

「これがわたくし」
左側、背の低いゆきだるま。

「これが三成様」
右側、一番丁寧につくられた、中くらいのゆきだるま。



「・・・似てない」

私が言うとは微笑んだ。
左近だるまが私との間にいたので、並び替えたかった。



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