明日こそは立春、
上杉軍にの臣下を委任する書状はすでにしたためた。
なけなしの持ち物はすべて家臣に残して立ち去ることにしていた。
左近は自分が引き取ると云ってくれたけれど固く辞した。
前田慶次など嫁に来いとさえ言ったけれどもそれもまたは断った。
行き先は適当に知っている尼寺を言った。
どんなに、起きれないほど具合が悪くても明日になれば地を這ってでも発つ。
尼寺には行かない。
里へ戻る。
墓を作る。
里まで着けずに死ぬかしらと思う。たどりつきたい。


夜過ぎて声がした。

殿」

心労か、胃がきりきりと刺すように痛くて一昨日からずっと伏せっていた。
最後の最後までこの有り様で、石田三成に合わせる顔がないとは会うのを拒んでいたのだ。聞いた抑揚のない声には袖で目元をぬぐう。

「・・・はい」

三成はす、と襖を開いた。
夜着の三成は上掛けさえ着ていなかった。いけないと思ってすでに畳んで漆の箱に収めていた自分の羽織を出そうと思った。立ち上がろうとして胃の痛みに身体が縮こまった。

「うっ・・・」
「そのままでよろしい」

三成は火鉢の火で油に灯した。三成の整った横顔には鼓動をはやくする。

「お寒いか」
「三成様こそ、上掛けも羽織らずに」

うん、と三成は応えながら座った。何か言いあぐねている。
畳の上は冷たかろうにと思っては布団を三成の膝へかけた。腹の痛みをおさえても身体を起こすことに成功していた。三成はの目から見ても改まっているように見えた。明日のことで話があるのだろうと思った。はすでに彼にも礼状をしたためていた。卓においてあるのだが渡すのは明日にしようと決めている。

「・・・単刀直入に言う」

は言葉をきいていた。もはやこれまでと思えば妙に落ち着き払って三成の抑揚のない声を聞くことが出来た。
抑揚のない、というには少し強張っている。
寒いのかしら。



「あなたを抱きたくてここに参りました」



正直すぎる物言いには反応が遅れた。それを拒絶と思った三成は視線をそらした。
畳の目を見ている。

「そう思いましたが、何もしません。胃を痛めているとききましたから」

三成は唇を噛んでいるように、の目に映った。



「どうぞ」



の声は三成に対して冷静だった。

「痛むばかりでお腹を下しているということもありませんし、ご安心あれ」

ははにかみ笑いで恥を忍んで言った。三成が先に恥をかいてくれたからだ。

「子は成せずとも、お相手をつとめることはできましょうかと思います」
「俺はあなたの身体だけがほしいのではありません」
「心も今宵まであなた様のものです」
「今宵とはいつ終わる」
「まだです」

三成はの布団へ雪崩れ込んだ。
覆って、唇を割る。
吸う唇は熱い。
脳の中心がじんと熱を帯びる。
三成は折れそうな細い首に噛み付いた。
手は夜着の内へ。

「うっ・・・」

がびくりと震えた。それは乳房に触れたからではないだろう。

「胃が痛むのか」
「っ・・・いいえ、いいえ」

は額に玉の汗をかいていた。口で息をして腹に爪をたてて痛みを堪えている。

「続けてくださいませっ・・・三成様、最後に」

はっと熱い吐息がこぼれて三成は己の一物が頭をもたげるのを感じた。
三成の長く節ばった指はの窪へと伸ばされる。
指の腹がひたりと当てられた。

「い、や・・・っ、三成様っ」
「濡れている」
「何か・・・でてる」

不安げに眉を寄せてとろりとそこを濡らしてしまったのを恥じている。
あまりの感じやすさに三成は驚いた。まさかは男に抱かれたことがあるのか。
いや、まさかと思い直す。
三成は窪に触れた指を見えるところまで持ち上げた。



「血」


指にはべったりと、血。



「どこかっ」怪我を、といいかけて三成はとまった。



この冬の月夜、
立春前夜、
冬の節句のその真夜中に
は初潮をむかえたのである。
立春は明日、いや、あと一刻もないだろう。
三成はもう一度そこに手を伸ばして掬い取る。血が出たことをこれほど喜んだ日が他にあるだろうか。
喜びながらものそこからあまり血があふれるのですぐに心配になった。
もその異変を理解したらしい。
喜びたいのは山々だったが襲い来る腹痛に油汗をうかべていた。


「大丈夫か」

返事が返らない

「待っていろ!すぐに誰か呼んでくる、すぐに来ますからっ」

三成は立ち上がろうとしてうまく立てなかった。
すこぶり始めていた。に見られていないことを心から祈って理性をふりしぼって萎えさせた。
それどころではない。
それどころではない。
それもちょっと惜しかったりしなくもないかもしれないけれど絶対それどころじゃない。












「左近、左近!」
「ん・・・」

眠っていた左近は文字通りたたき起こされた。真夜中のことである。
髪と着物を振り乱した主君が飛び込んできたのである。この大声を出す冷静さを欠いた男が石田三成だと夢うつつには一瞬わからなかった。

が大変なことになった、すぐに手当てをっ」
「なんですって!」

飛び起きて夜着に上掛け一枚ひっかけ、左近はの寝室に飛び込んだ。
で、「初潮がきたのだ!」といわれて左近は呆れた。
普通、女中を起こすべきだろう。
男の左近には勝手がわからない。
ところが

「さこん・・・たすけて」

意識を朦朧とさせうずくまるに縋られて、左近は恥や照れなどかなぐりすてた。

「殿はだれか女を呼んできてください」
「わかった」
「姫様、お気を確かに」
「おなかいたい」
「おいたわしい」

女中を呼んで三成が戻ってくると、健闘したが居るだけ無力だった男たちは追い払われてしまった。
とりあえず、やたら張り切りだしてしまった女たちにその場を任せて、左近と三成、騒ぎで起きてきた幸村と兼続と慶次は温まっている兼続の部屋に移動した。
なぜこんな大事になったのかと兼続に尋ねられ、左近がかくかくしかじか、立春の期限のことを伝えた。兼続、幸村は初耳なのだ。

「いや、何事かと驚きましたが・・・立春の直前になって姫様がああなられるとは」
左近は感慨深そうに唸って自慢のもみ上げを撫でた。

「よかったな、三成。これで晴れて祝言をあげられるではないか」
どん、と兼続は三成の背を叩いた。三成の表情は暗い。

「・・・は大丈夫なのか」

「大丈夫も何も、たったいま万事大丈夫になったのだろうが」
「あんなに痛がっていた。あのまま万が一」
「私もよく知りはしませんが、月のモノに痛みはそれこそツキモノだそうですよ」

幸村が助言する。

「そうなのか?」

三成は兼続に尋ねた。

「俺に聞かれてもわかるものか」

「慶次殿、慶次殿。なぜ先ほどから背中を向けているんです」

幸村が声をかける。むすくれた顔が振り返った。
慶次は夜更けに三成がを夜這いしたのがなんとなく気に入らない

「なんでもねえ」
「いや、その顔は何かある顔だ。腹でも下したのか」と兼続が詰め寄る。
「まさか慶次殿の限ってそんなことはないでしょう」と幸村。
「腹なんか下したことは一度もねえさ、腹下したのはお姫さんのほうだろうが」

「無礼な!は腹を下したのではなく、しょ、しょちょうに、だな。・・・左近、殴れ!」

「殿、落ち着いて」
「そもそも貴様、人の城で食料を散々食い荒すだけならいざ知らず、ついにはにまで手を出すとは何事かっ」
「おめえが手ぇ出していいっつったから出したんだろうが!」

三成と慶次は鼻を突き合わる。

「誰も出していいなどと言っていない」
「うら若き男女を二人きりにするってこたあそういうことだ」
はうら若いが貴様はもう若くない」
「おうおうおういい度胸だ、おもてでろぃ!」



「もし」

女中のひとりが蝋燭を持って廊下に座っていた。一礼して述べる。

「たった今おやすみになられたところですので、お静かに」

ぴしゃり、と閉じた。

この夜、
立春前夜、
冬の節句のその真夜中、佐和山は静かに春を待ち眠る。



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