四日ほど経ち、石田三成は部屋を訪れた。
食事を運んできたのである。鴎外はかっと顔を赤くして、苦い顔をした。会いたくなかったとでもいうようである。
「おはよう」
おはようございますと聞こえるか聞こえないかという声で返ってきた。
様子が変だから三成は「まだ痛むのか」と尋ねる。
「いいえ!」といきんだ声が返ってきて向き合った。三成も驚いている。
鴎外は自分で自分の声に驚いていた。
「なにをそんなに恥ずかしがっているんです」
「は、はずかしがってなどおりませぬ」
「顔が赤い」
鴎外は手の甲を頬にあてた。
「・・・ごめんなさい、女中の方々からは皆がなるものだから恥ずかしがることはないと教えていた
だいたのですが、まだ慣れず」
三成はあの出血量と痛がり方に鴎外が死んでしまうのではないかと思った。女の初潮を見るなどもちろん初めてで赤飯をたくものだというのもあのあと初めて知ったところだ。むしろわきあがる熱情のおもむくまま不調の鴎外を組み敷いた三成のほうが恥ずべきところであろうと考えていた。
膳をおいて鴎外に箸を持たせる。
「いただきます」
「ああ」
なおった右手できれいに箸を握りぱくり、ぱく。
その横で三成が手ずから二人分の茶をそそぐ。といっても柚子で香り付けをした白湯である。
薬を飲まねばならない鴎外は緑茶は飲まないのだとこれも朝女中から聞いた。なぜこんなに食事の量がすくないのだと女中に尋ねるとそれ以上は胃が細っていて食べられないのだという。
三成は鴎外についてなにも知らないことを自覚し、無表情に静かに内省した。
三成は無表情にただ鴎外の横に座っている。食事をじっと見られているのが落ち着かない鴎外であるが彼はそれを感知できるほど気がきく人間ではない。
柚子の香りの白湯に二口ほど口をつけてから食事中の鴎外に声をかけた。
「くちづけがしたい」
鴎外は口に運ぼうとしていた米を箸からほとりと落としてしまった。
「よろしいか」
単刀直入で尊大な物言いに鴎外は条件反射で「はい」と言いそうになってしまった。
「いま、でございますか」
「今すぐ」
「い、いけません」
「なぜだ」
「なぜって。朝ですし、食事をしておりますし、あまりにも唐突で心の準備が」
箸と茶碗をもっていた手が押さえつけられていてあっという間もなく当てられていた。
接近したときとは逆に、唇をはなすときはやけにゆっくりだった。
「・・・もう一回」
と傾いてきた三成の顔を鴎外の手の甲が押しのけた。
鴎外は涙目になっていて、三成がきちんと座ったのを見ると豪快に米をかきこんだ。
まさかあの夜以来はじめての接吻が朝、男が盛って、という雰囲気も何もないときに行われたからである。
「もう一回はいつになればしてよいのだ」
「存じませぬ」
鴎外はへそを曲げてしまって薬まで豪快に飲んでしまった。鴎外が湯呑みを置く瞬間まで無表情でうずうずしていたらしい三成。湯呑みを置いてふうと鴎外が息をついた瞬間に
「鴎外、そろそ」
「三成さまなど知りません」
「知らないのなら教えてやる」
「左近のようなことをおっしゃらないでください!」
三成を呼びに来た左近が障子の向こうに控えていたのだが、声をかける機を完全に見失ってしまった。
佐和山は未だ雪に覆われ、廊下で半刻も待機せざるを得なかった左近は珍しく風邪などひいたのだった。
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